第11話 呪いの本質
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夜明けまであと僅か。すれ違う人も無く、俺は静まり返った街中をトボトボと歩いた。ロイヤルスイートで夢の様な時間を過ごしていたのが、まるで遠い昔の様に感じる。
人間は途方に暮れるとついつい慣れた道を選んじまうもんなのか、気が付くと婆ちゃんの武器屋にほど近い公園の前を歩いていた。深夜の公園には人気は無い。
少し歩き疲れたので、公園のベンチに座り込んでみた。まだ小学校にも上がらない頃、ここで幼馴染と冒険者ごっこをしたな。
――――オレ、せんし! おまえ、そうりょ!
――――えーっ! いやだよ、そうりょー!
懐かしいな。
ズダ袋から立ち昇る不吉な靄は、はっきりと人の形を取りつつある。身体が呪いに乗っ取られるのも時間の問題だろう。
自分の手で大切な人を殺すなんて絶対に嫌だ。マッチョも無口な魔術師も毒舌レンジャーも、ましてや愛する彼女をズタズタに切り裂くくらいなら死んだ方がマシだ。
――――俺はビーフィンを殺した。罰を受けるべきだ。
ズダ袋の中には魔導学院薬学科謹製、ナントカ草から精製した劇薬が入っている。
本来は矢尻に塗って毒矢として使う為の毒薬だが、「地下」に潜る際に「最後の手段」に持って行く生徒も多い。
何に使うのかって? モンスターに投げつける? お前らアホか? もしくは天然か? 飲むんだよ。
自分を残してパーティ全滅。足元ににじり寄るゾンビの大軍。お前らも飲むだろ?
学院都市は巨大な湖に囲まれている。身を投げる場所には困らない。身体に重石を括り付けて毒を呷り、このクソったれな呪物と共に湖の底に沈もう。限られた時間で「赤い短刀」を葬り去る手段を考えた結果、もうそれしか方法は無い。
正気のうちに「解呪の神聖術」をかけて貰えば良かった? だが「第七等級」レベルの呪物を解呪するには相応の時間がかかるんだ。その前に呪いが俺の身体を乗っ取る方が早い。
「赤い短刀」は装備したら外れなくなる、なんて分かりやすい呪物とは性質が違う。「呪物」と「呪い」は分けて考えなくてはいけない。
例えてみよう。お前らのうち、誰かが超美味い酒を手に入れたとする。一度に飲みきるには勿体無い。半分くらい残して、後日ひとりで楽しみたい。厳重に封をして「毒薬・飲んだら死ぬ」とでも貼紙に書いておこう。
さて、呪いがかかったのは酒か? 瓶か? 違うな。この場合は貼紙が呪われたんだ。
では、呪いをかけたのは誰だ? 酒を作った杜氏か? 瓶を作った職人か? 違うよな。呪いの文言を書いた誰かだ。
では、呪いにかかるのは誰だ? 封を破った奴か? こっそり酒を飲んだ奴か? 違うよな。貼紙を読んだ誰かだ。
頭が固い奴がいるな。もう一度整理しよう。
呪いにかかったのは誰だ? 紅い短刀を持って帰ったビーフィンだと? お前ら、俺の話を聞いてたか? 短刀の呪いにかかったのは俺だ。
俺が呪いにかかったのは、ビーフィンが開けた宝箱を覗き込み「呪物」に魅入られた瞬間だ。あの時、呪いにかかったのはビーフィンと俺の二人だったんだ。
魔導院鑑定科の連中がどんなに「鑑定眼」が良かろうが、あいつらには「呪いの内容」や誰が呪いにかかっているのかまでは判断出来ないんだ。石とか猫にでもなっちまう呪いでもなければ、誰が呪いがかかっているのかすらも判断が出来ない。さすがに猫になる呪いは無いか。
次に「呪いの内容」を考えてみよう。赤い短刀に呪いをかけたのは誰だろう? 殺人趣味の変態貴族だろうって? 誰がそんな事を決めた? 魔導院鑑定科だと? だから、さっきから言ってるだろう。あいつらは「呪いがかかっている」という事実までは感知出来るが、「呪いの内容」を知る術を持っていないんだ。
魔導院鑑定科は、短刀の由来や諸々の状況証拠から「呪いの内容」を推測しているに過ぎない。
では、紅い短刀に呪いをかけたのは誰だろう。殺人趣味の貴族様だって? お前ら、良い感じに外してくれるな。貴族様は満足して死んだんだ。そんな奴は呪いを残さない。
欲を掻いたばっかりに高価な短刀に魅入られて、全身をズタズタに切り裂かれた被害者は死の間際に何を、誰を呪ったと思う? 当然、自分をこんな目に遭わせた貴族様だ。そして紅い短刀に魅入られた馬鹿な自分だ。
呪いをかけたのは「殺された被害者」だったんだ。
紅い短刀の呪いの内容は「紅い短刀に魅入られた者が、紅い短刀に魅入られた者を殺す」。
正体が知れてみれば、割と単純な呪いだな。
なぜ魔導院鑑定科は、ビーフィンが死んで短刀の呪いが解呪されたと勘違いしたのか? 二度目の呪いが発動したんだよ。俺たちは再び呪いにかかっちまったんだ。
いつ、どのタイミングかって? 死体の安置所だよ。ビーフィンの遺品として短刀を見せられた時だ。あの時、俺を含む全員が赤い短刀に魅せられ、呪われてしまったんだ。
「呪い」ってのは性質の悪い風邪みたいなモンでね、心が弱っている時に罹りやすい。
酒の話に戻るが、紅い短刀の呪いは酒瓶に貼った紙「毒薬・飲んだら死ぬ」と同じ仕組みだ。貼紙を読んだ奴は「飲んだら死ぬ」と思い込む。だが貼紙を持ち去ってしまえば、そこに残ったのは酒が半分残ったただの酒瓶だ。
分かったかい? 「呪われた」貼紙を剥がして持ってたのはこの俺だったんだ。
じゃあ、俺をフン縛って動けなくして解呪するのは? お前ら、そんなに俺を助けたいか。優しいな。だが、お前らのうち誰かが「第七等級呪物」に呪われたら風紀委員会の特殊部隊が容赦無く抹殺しにくるだろう。それが最良にして最善だからだ。
仲間達なら俺を助けようとしてくれるだろう。だが、あいつらも紅い短刀に魅入られている。呪物の効果で各種ステータスが底上げされた俺は、あいつらを皆殺しにする。彼女も含めて。
呪物ってのはアイテムの姿を借りた怪物。お前らに分かりやすく言うと、アイテムに化けたモンスターだ。特に「第七等級呪物」なんてのは、正にフロアボス並みのモンスターだ。
じゃあ、どうやって魔導院鑑定科でも見抜けない「呪いの正体」を知ったのかって?
それが俺の「能力」だからだ。
俺には「呪いの内容」が「見える」んだ。