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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
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第109話 その少年、暖かなひだまりのような

 ミササギだって? この少年、例の剣術道場の関係者なのか?


「君はあのミチャ、ミチャラ……ミタラシ道場の?」

「ミササギです。ミ・サ・サ・ギ・シ・ロ・ウ」


 少年は一言一言区切る様に説明してくれた。

 俺もそれに(なら)って発語してみたが、どうも口が回らない。いや、逆か? 大陸の言語に比べてヤマトの言語は、あまり口を動かさないようにして喋るのがコツのようだ。


「ミチャ、ミシャラギ・チロさん?」

「大分、良くなってきました。でも僕の事はシロウ、で良いです」

「チロヲさん」

「それはそれで……なんか嫌です」


 困惑したように苦笑いする少年。参ったな。ヤマト言葉はイントネーションからして独特だ。

 俺は、なるべく顔の筋肉を動かさないようにして「シ・ロ・さん」と区切るように言ってみた。


「これでどうかな?」」

「ちょっと良い感じです。でも『さん』付けなんてしなくて結構ですよ」

「じゃあ、シロちゃんで」


 シロちゃんと呼ばれ、少年は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに顔を綻ばせた。


「シロちゃん、懐かしい響きです。ずっと昔にそう呼ばれていました。でも、今ではそんな風に呼んでくれる者はいません」

「そっか……じゃあ、やっぱシロさん、が良いかな?」

「いえ。もし良かったら、シロちゃんと呼んで下さい。僕はその方が嬉しいです」


 寂しげに視線を落とした少年の姿に、妙な事を言っちまったかな、と思い頭を掻く。 


「それであんた、いや、シロちゃんはミカサギ道場の関係者なのか?」


 話題を変えようと思いつつも、一番知りたい事を切り出してみた。


「はい。未熟なれど御陵道場の師範代を、いや、師範をしております」

「へえ、剣の先生なんだ。若いのに凄いな」

 

 門弟十数人を斬り殺したという男ではなく、木刀しか握れない腰抜け師範代の方だな。

 では、あの親父の言ってる事が正しければ、この線の細い少年が代行とはいえ御陵流の現当主ということになる。


「でも、師範ともあろう御方が、どうしてこんな所に?」


 余所者の俺が妙に事情通では怪しまれるかと思い、定食屋のオヤジから聞いた情報を知らない風にして訊いてみた。

 俺の質問に、シロウは「ああ、それは」と返し、木柵に歩み寄る。そして、そこに立て掛けるように置いてあった、布で包んだ瓶らしき物を手に取った。


「これを未咲さんに頼まれまして。あ、ミサキさんというのは当家の奥向きを取り仕切ってくれている、それはそれは有難い女性です」

「奥向き、って?」

「家事全般の事です」

「ふうん。で、それは何だろう?」


 俺は大きな布に包まれた瓶を指差した。一枚布で包んだだけに見えるが、結び目が持ち手の代わりになる様に包んである。素晴らしい工夫だ。ヤマトの人は上手いこと考えるな。


「これは醤油と言います。シイナの村で作られた醤油は一味違うんですよ」


 シロウが左手に持った包み布を掲げると、布の隙間から覗く瓶の中で真っ黒な液体が波打った。

 ショーユ、ってのは一体何だ? 一味違う、と言うことは飲食物だと思われるが、見たところ鍛冶の師匠、ドワーフの爺さんが愛飲している黒麦酒に似ていなくもない。


「一味違うって事は、飲み物か何かかな?」

「え? あぁ、飲めなくも無いと思いますが、これは調味料なんです」


 その黒いのが調味料だって? 甘いのだろうか? それとも辛いのだろうか? だが、待てよ。いくら頼りにならない人物とはいえ、仮にも道場主が調味料のお遣いとはどういう事だろう?

 黒い液体を眺めつつ、さり気無くシロウの武装を確認した。

 腰帯に差した木刀以外には寸鉄帯びていないようだ。木刀一本で十分と言うことか? だが、鍛えてあるとはいえ、何とも頼りなげな少年の姿は、ドワーフ爺さんから聞いた「死をも恐れぬサムライ」とは、どうも結びつかない。

 腰を折って瓶に顔を寄せ、中身に興味があるフリをしながらシロウを観察していると、少年は「あ、そうだ! 僕、いい事考えました!」と、大きな声を上げた。俺は思わず顔を上げて、素っ頓狂な声を上げたシロウの顔を見る。


「もし今夜、泊まる場所がお決まりで無ければ、当家にいらっしゃいませんか? ぜひこの醤油で味付けした料理の味を楽しんでいただきたい」

「宿のアテは無かったから、そりゃあ願っても無い話だけど……さすがに迷惑じゃないか?」


 「渡りに船」というヤマトの(ことわざ)を思い出したが、さきほどの定食屋での一悶着を思い出す限り、大陸出身者はヤマトの国では招かれざる客ではないのだろうか。


「とんでもない、むしろ大歓迎です。一度、大陸の方とゆっくり話をしてみたいと思っていたんです」

「そう言ってもらえるなら、お言葉に甘えて」


 決まりですね、と満面の笑みを浮かべるシロウ。その邪気の無い笑顔に、こいつは信用しても大丈夫なヤツだ、と直感した。


「あの、ところでお客人の事を、何とお呼びすれば良いのでしょう?」

「ああ、そっか。まだ名乗ってもいなかったな」


 自分の名前を名乗ってみたが、今度はシロウの方が上手く発音出来ないようだ。


「クッ、クロッ? クロロ? すいません、上手く口が回りません」

「はははっ、お互い様だ。俺の事は……そうだな、大陸モンとでも呼んでくれよ」

「そうは参りません。ク、ク、クロ……そうだ! クロちゃんと呼んでも構いませんか?」

「は? クロちゃん!?」


 確かに幼い頃に「クロちゃん」と呼ばれていた覚えはある。だが、小学校に上がる時分には「銀ちゃん」と渾名(あだな)されてれていた。婆ちゃんからは「おい、小僧」とか、そのまんま「おい、孫」って呼ばれてたけど……。

 

「そ、それはちょっと……」


 さすがに恥ずかしい、と言いかけたが、さも名案とばかりに目を輝かせているシロウの顔を見て、諦めることにした。


「ま、良いか。クロちゃんで」

「では、クロちゃん。改めて宜しく」


 シロウの差し出した手を握り返しながらも、女子供に見間違えるほどの華奢で小柄な少年の姿は、やっぱり俺の思い描くサムライには程遠いなぁ、と思った。


 俺たち二人、シロちゃんとクロちゃんは、仲良く連れ立ってトシマの街に向かって歩いた。今からならば、少し急げば夕食前には到着できるとシロウは言う。 

 蒸し暑さと歩き難さに慣れてくれば、ヤマトの風情を楽しむ余裕も出てきた。

 遠くに見える山々は、大陸の切り立った岩山とは違って豊かな緑に彩られ、ゆったりと雄大に構えていた。

 街道沿いに目をやると、水の張られた畑からは青々とした作物が天に向かって背を伸ばし、その上を黄色い蝶がひらひらと舞っていた。灌漑池を探してみたが、どうやら近くを流れる小川から直に水を引いているようだ。


「なんて言うかな、無理に農業してない感じが良いね」

「そうですか? 僕はここから出たことが無いので、良く分かりません」

「大陸はさ、もっと自然を『制圧する!』って感じで開拓するんだ」


 雑談を交わしながら歩いていると、休憩しなかったせいか、少し小腹が空いてきた。

 俺は定食屋でもらった菓子の包みを取り出し、シロウに差し出した。


 「食う? 俺にはちょいと甘すぎてさ」


 袋を覗き込んだシロウは「あ、饅頭ですね!」と嬉しそうに言い、中から一つ取り出し、さっそく一口パクついた。


「モンジュー?」

「まんじゅうです。中に甘く煮詰めた小豆が詰まっています。これを餡子(あんこ)と言います」

「へえ。やっぱ豆だったんだ」

「クロちゃんは食べないのですか?」

「じゃあ、その食いかけで良いからくれないか? そんくらいが丁度良いんだ」


 シロウからあと一口くらい残った菓子を受け取り、口に放り込んだ。

 うわ、やっぱ甘いな。しかし、なんでコイツ、そんな嬉しそうな顔して俺を見てんだ?


「そうだ、これに似た菓子が大陸にあってね」


 どうもいたたまれない気持ちになり、話を振ってみた。するとシロウは「ぜひ伺いたい」と食いついてきた。


 大陸とヤマトの違いについての話は実に楽しかった。だけど、俺が知りたいのは文化や風習の違いなどでは無い。俺が知りたいのは「サムライ」と、そいつらの振るう「カタナ」についてだ。

 だが、俺の隣りを歩く、この大人しそうな少年から「死をも恐れぬサムライ」と「驚異の斬れ味を誇る刀」について、果たして有意義な話を聞きだせるだろうか。

 俺は、このシロウというスッとぼけた奴が気に入ったんだ。友だちになれたら良いな、とさえ思っている。だから、少しでも失望するのが怖い。

 俺とシロウはトシマの街に着くまで興味深くて面白く、それでいて無難な話をし続けた。


 トシマの街は、シケた漁港や寂れたシイナの村とは打って変わって賑やかな街だった。

 魚や野菜が並ぶ店の前を通りかかると、「よう、若様!」とか「やあ、士郎さん!」と威勢の良い挨拶が聞こえてきた。シロウはその声に手を挙げていちいち挨拶を返していた。そして、その後を歩く俺の全身には、人々の視線が痛いほどに突き刺さってくる。暑いの我慢してでも、ずっぽりとフードを被りたい気分だ。

 しかし、多くの店屋が軒を連ねる目抜き通り、と紹介された大通り(メインストリート)は道幅が狭く、木材で建てられた建築物は皆、せいぜい二階立てだ。そのせいで、トシマの街からは何ともこじんまりとした印象を受けた。そして、それ以上に不思議に感じたのが防壁の不在だ。先ほど通り過ぎたシイナの村ですら、村を取り巻く申し訳程度の木柵があったのに、どうしてトシマの街には壁どころか柵すらないのだろう。


「それは、ここが軍事拠点では無いからです」


 俺の疑問に、シロウが答える。


「ここからもっと北に向かえば、ちょっとした石垣や堀を備えた砦もあります。ですが、この町には攻めてくるような敵がいないのです」

「でも、シイナの村には柵があったじゃないか」

「あれは夜盗や害獣避けです」

「ここにも来るんじゃないの? 盗賊団とか強盗団とかさ」

「トシマの街は剣術や武術の道場で成り立っているんです。腕に覚えのある武芸者が集まるこの街で、乱暴狼藉など働こうものなら、たちどころに仕置きされてしまうでしょう」

「なるほどね」


 ははぁ、なるほど。剣術道場が自警団のような役割を担っているという事か。

 

「そうか。道が狭くて入り組んでいるのも防衛の為か」


 木造住宅が連なる路地を見渡してみた。素っ裸のチビッ子たちが大きな(たらい)に水を溜め、派手に水しぶきを上げて大喜びしている。この狭い路地では水の跳ね返りを避けるスペースが無い。


「その通りです。この道幅では大勢での侵入は出来ません。それに建物が低いと弓兵を配置しやすいですし、また、倒壊させて道を塞ぐ事も出来ます」

 

 その時だ。(もっと)もらしい顔で語るシロウの横顔に突然、ばしゃー! っと水が浴びせられた。数秒固まっていたシロウは無言で俺に醤油瓶を手渡し、「まて、こらー!」と叫んで水桶を手にした糞ガキどもに襲い掛かった。

 きゃーきゃー歓声を上げて逃げ回る子供たちを、楽しそうに追いかけ回すシロウの姿は、子供好きな気の良い若者にしか見えない。

 やれやれ、と保護者になったような気分で駆けまわる子供たちとシロウ少年を眺めていると、シロウは捕まえた子供を小脇に抱え、片っ端からタライの中に投げ込んでいった。一段と派手な水しぶきと大きな歓声が上がる。

 「士朗さん、またね~!」と、声を張り上げる子供たちに手を振りながらシロウが戻って来た。


「すいません、楽しんじゃいました」


 額の汗だか水だかを拭いながらシロウが言う。その顔からは何とも言えない満足感が漂っている。


「全身グッショリじゃないか」


 預かった包みを返しながら言うと、そこで漸く気が付いたようにシロウは己の全身を見回した。


「まずい……ミサキさんに怒られる……」


 一気に意気消沈するその姿からは、道場の師範の貫禄も、流派の当主の威厳も感じられない。

 青い顔で(うつむ)き歩くシロウに、「大丈夫、お前は間違っていない」と、我ながら意味の分からない慰めの言葉をかけて隣りを歩く。ミサキという女性はそんなに恐ろしい女性なのだろうか。

 路地を曲がると木目調の街並みとは全く雰囲気の違う、長大な漆喰塗の壁が左右に広がっていた。それを指差して「これが御陵道場です」と、シロウが言った。


「うはぁ、こりゃ立派だな……」


 素朴なヤマトの建築物に慣れた俺の目には、刺激的とも言える漆喰の白さに目を奪われていると、どこからか男女の激しく言い争うような声が聞こえてきた。何事だ? と思い、声のする先に目をやる。


「あの声は……」


 そう一言呟いたシロウは、醤油瓶を抱えて駆け出した。


「あ、おい! 待てよ!」


 瓶を抱え、サンダル履きとは思えないシロウの速度に付いていくので精一杯だ。

 漆喰塗の壁の角を曲がると、二階建ての家屋ほどの高さのある大きな門と、その前で押し問答をする男女の姿が目に入った。


「当家の主はただいま外出しております!」


 長槍のような武器を手にした少女が、背に刀を括った筋骨たくましい男性を前に立ち向かっている。


「ご当主はいつ頃に戻られる?」


 底低い声で言う男の体格は、背丈こそ俺よりやや高い程度だが、筋肉に覆われた身体の厚みは倍以上はある。俺でもドン引くような恐ろしげな筋肉ダルマに一歩も引かない姿勢の少女に正直感心した。


「だーかーらー! 何べん言ったら分かるんですか! って、あら、士郎さま。帰って来ちゃった」


 シロウは構える事も無く、つかつかと男の前に歩み寄り、ぺこりと頭を下げた。


「どうやらお待たせしてしまったようですね。僕が当主の御陵士郎です。御用件を伺いましょう」


 小柄なシロウを見下ろす男の目がギラリ、と光った。

 男の全身からは、今にも斬りかかりそうな殺気を感じる。俺はいつでも抜けるよう、長剣の柄を握った。


遥々(はるばる)東国より参った。最強無二とも名高い御陵真刀流と手合せを所望する」


 男はゆっくりと背負った刀に手を掛ける。

 まずい! 危険を感じて駆け出そうとすると、シロウは無造作にとも言える挙動で男との間を詰めた。男は意表を突かれたように一歩下がる。それに合わせてシロウはまた一歩踏み出した。


「申し訳ない。未だ未熟者ゆえ、生憎ですが他流試合はお断わりしております」


 懐に飛び込むほどの位置から男の顔を見上げるシロウ。あまりの近さに男は戸惑いを隠せないようだ。


「ですが道場の見学をご希望でしたら、ごゆっくり。未咲、お茶を用意して差し上げて」


 はい、士郎さま、と返事をした少女は、大門の脇にある小さな戸を開けて、中に入っていった。

 刀の柄から手を放した男は、毒気を抜かれたように「出直す」と言い放って、シロウに背を向けて歩み去った。

 シロウは、男が角を曲がり姿が見えなくなるまで見送ってから、「はぁ、疲れました」と小声で言い、大きく息を吐いた。


「週に一度はあんな感じに武芸者が訪ねてくるんです。正直、困ってます」


 複雑な笑みを浮かべたシロウは、「さ、どうぞ」と戸を開いて、俺を招き入れた。

 おじゃましまーす、と言いながらも、俺の脳裏には、男との間を詰めるシロウの姿が再生されていた。


 戦闘のセオリーを無視した一方的な直進。

 先制攻撃も反撃も許さない無造作な挙動。


 もしもシロウと戦闘になった場合、いまの「あれ」をやられたら、どうやって戦えばコイツに勝つことが出来るだろうか。

 そんな俺の気も知るはずもなく、前を歩くシロウは機嫌良さそうに鼻歌なんか歌い始めた。

 そして、俺は剣柄を強く握ったままだった事に、今頃になって気が付いた。

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