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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
108/206

第108話 受けた恩は倍返しだ!

 *


 ヤマト訛りが強過ぎて、店主の話す内容の細かいニュアンスまでは掴み切れなかったが、大方の事情は把握する事が出来た。


 このシケた漁港の近辺はヤマトの国でも端っこの端っこ、辺境ド田舎の地にあたるそうで、そこそこに魚が獲れる以外は地力が貧弱で収穫が期待出来ず、目立った特産物も無い。それが幸いしてか領土争いに巻き込まれる事も少なくて、割合に平和な地域らしい。だが、六英雄「隻眼のサムライ」所縁(ゆかり)の地として名高く、武術や剣術が盛んな土地柄でもあるそうだ。

 数多(あまた)の流派が(しのぎ)を削るなか、古くから「御陵真刀流」という流派が隆盛を誇っていたそうだが、つい先頃に剣聖と名高い先代当主が病で亡くなり、その跡目を継いだ現当主がどうした事だか突然失踪しちまったらしい。今は道場の師範代が当主を代行しているそうだが、こいつが今ひとつ頼りにならない男だという。

 当然の成り行きだが、我こそは! って気合いの入った連中が御陵真刀流に取って代わろうと躍起になっている。その急先鋒が「簓一刀流」を名乗る一派だという。

 なんでもその簓流の当主「簓染之助」ってのは、身の丈うん尺うん寸の大男で、数々の戦場で多くの武功を上げた武芸者なんだと。


「それこそ本物のサムライかな? 会ってみたいな」


 俺がそう言うと、店主は驚いたような呆れたような顔をした。


「お客さん。あんたァ少しは腕に覚えがあるようだけど、悪いこたァ言わねえからお止めなさい。簓染之助って男は、そりゃあ気性が激しいので有名でしてね」


 店主は腕を組み、うんうんと頷きながら続ける。


「先の戦じゃあ百人相手に大立ち回り、『血染めの染之介』なんて渾名(あだな)する剛の者たァ言いますが、いったん頭に血ィ昇っちまったら敵味方の見境無しに暴れ回るってェ、悪鬼みてえな男だと伝え聞いてます」


 百人を相手に見境無し? そりゃ、いくら何でも盛り過ぎだろう。


「それに簓の道場には、さっきのチンピラみたいな輩ばかりが集まってるそうで。ノコノコ出掛けて行こうモンならあんた、身包み剥がされ簀巻(すま)きにされちまいますよ」


 話の内容よりも店主のテンポに乗った口上に感心しながら「じゃあ、御陵道場に行けば本物のサムライに会えるかな?」と尋ねてみた。

 

「残念ですがね、御陵の先代はそりゃあもう大剣豪として名高いお人でしたが、半年前に亡くなりましてね。いかな剣の達人だろうが、病は刀じゃ斬れませんしね」


 店主は目を瞑り、ウンウン言った。


「その後を継いでスッポンしたって人は?」

「お客さん、スッポンじゃなくって出奔ね。跡目を継いだ次のご当主も、先代には及ばすとも御陵流を継ぐに相応しい剣客、ってな評判でしたが、跡継いだその日に何がどうしたってのか、門弟十数人を斬り殺して姿を眩ましちまったって」

「ふーん、恐ろしい話だね」


 折角なんで茶と一緒に供された、掌サイズの白くて丸い菓子を一口齧ってみた。甘いなぁ、こりゃ。中に入ってる黒いのは何だろう? 豆か?


「で、その師範代ってのは?」


 菓子の残りを茶で流し込みながら訊いてみると「師範代? ありゃダメだ」と、店主は大袈裟に肩を竦めた。


「そのいなくなっちまったご当主の実弟なんですがね、これがまぁ昼行灯みたいな男でしてね」

「ヒル・アンド・オン?」

「ひるあんどん、ですよ。点いてんだか点いてないんだか分かんねえ灯りみてえな男って意味ですわ」


 やっぱりヤマト言葉は難しい。首を捻る俺の前で、店主は茶で口を湿らせてから話を続けた。


「その昼行灯ですがね、真剣持つのが怖くって木刀しか握れねえ腰抜けだって話だ。こりゃいよいよと見限った御陵の門弟が、続々と簓道場に流れちまってるって話ですな」


 どっちにしろ、その「ミチャチャギ」やら「チャチャラ」の道場まで行かないと、この辺ではサムライには会えなさそうだ。そして道場のある「トシマ」という街へは、ここから北に半日も歩かなくてはいけないらしい。こんな事になるなら、もうちょっと我慢してホウライまで乗せて貰えば良かったか。

 礼を言い定食屋を後にしようとすると、店主はさっきの丸っこい菓子を幾つか袋に入れて持たせてくれた。どこの国、どこの街にも親切な人ってのはいるもんだよね。

 てな訳で俺は、一路北へと向かった。



 *****



「なるほど、その門弟数十人を斬り殺して姿を消したのがシロウさんなのですね」

「お前、どこをどう聞いてたら、この流れでそう思えるんだ。飲み過ぎじゃねえか?」


 くいくいっ、と調子良くタンブラーの中身を減らしていくアッシュの飲みっぷりに、俺は呆れて毒づいた。


「でも、シロウさんはどうみても真剣が持てないような腰抜けには見えませんよ。どちらかと言えば、百人相手に立ち回る悪鬼の方に……おっと、口が滑りました」


 シロウに向かって頭を下げるアッシュ。酔っ払っているようで酔っ払って無いような。相変わらず喰えない男だ。


「構わん。むしろ褒め言葉だ」


 口の端だけで笑ってタンブラーを傾けるシロウに、俺は思い切って訊いてみた。


「なぁシロちゃん。左目、どうしたんだ? お節介かもしれないけど、学院都市には良い医者がいっぱいいるんだ。もし良かったら相談してくれよ」

 

 シロウは無言でタンブラーを置き、煙管を手に取り淀みの無い手順で煙草に火を点けた。


「左目はすでに(めし)いた。兄者を斬った時にな」

「……斬ったのか、実の兄を」

「兄者は強かった。今まで戦った者の中で最も強かった。この左目、冥土の土産に持って逝かれたわ」


 まるで天気の話でもするかのように事無げに言い、煙を吐き出すシロウ。


「だが、拙者の方が強かった。ただそれだけの事」


 ほんの少しの沈黙。

 店内の照明が暗くなったようにも感じた。


 ……これだ。これがサムライって連中の死生観だ。あの狭苦しい島国で何百年もかけて互いを殺しあう事ばかり繰り返してきた連中が至った到達点(こたえ)

 彼らには余りにも「死」が身近過ぎて、余りにも「生」への意識が薄い。それは己自身だろうが他者だろうが分け隔てが無い。笑いながら人を斬り、笑いながら死んで逝く。そこには一切の容赦も無く、微塵の後悔も無い。

 だけどさ、シロちゃん。お前はそんなサムライの「強さ」に疑問を感じていたんじゃなかったのか。


「それで、お二人はどのようにして運命的な出会いを?」


 沈黙を破り、焼串を手にモグモグしながらアッシュが訊いてきた。空気を読んだのか? それとも天然なだけだろうか?


「……ああ、さっきも言ったようにそんなに大した出会いじゃないさ。ホントに成り行きだったんだよ」


  

 *



 ところでアッシュ、お前、ヤマトに行った事は無いだろ? これは行った事があるヤツにしか分かんないかも知れないけど、ヤマトの国は湿度が高いんだ。気温は学院都市とそんなに変わんないと思うんだけど、なんか蒸し蒸しするんだよ。だから良く覚えてんだよね。俺が船から降りたのは蒸し暑さがピークを迎える初夏の頃だった。


「……なぁんか、蒸れんよなぁ」


 革鎧の下に着こんだ綿シャツのボタンを一つ緩めて、薄雲のかかった空を仰いだ。それほど日差しは強くないのに、なんなんだ? この蒸し暑さは? 

 俺は長旅に出る時には、出来るだけ革鎧を装備する事にしている。防御力って点では金属鎧には及ばないが、何より軽いし通気も良い。だが、どうしたことだ? 今日の革鎧は異様に蒸す。


 日の傾きからして三時間も歩いただろうか。街道の周りに民家がちらほらと増えてきた。

 定食屋の親父から、トシマの街へ通じる街道の途中に「シイナ」という名の小さな村があるので、そこで一服してからトシマの街に向かうのが良いと教わったのだが、このままでは余りの蒸し暑さに休憩する前に心が折れちまいそうだ。

 しかし、ヤマトの道ってのはこれが普通なのか、それともこの辺が整備されていないだけなのか、大陸の街道とは違って土が剥き出しだ。地面に目をやると幾筋かの(わだち)が見えた。荷馬車を使うんだったら、平石でも敷いて舗装すりゃいいのにな。まったく、歩き難いったらないぜ。

 頭の中まで蒸し上がってきた自分に喝を入れて歩き出したのも束の間、足裏に違和感を感じて立ち止まった。どうもブーツの中まで蒸れてきた気がする。

 俺は背負ったズダ袋の底から革サンダルを取り出して、履き替える為にしゃがみ込んだ。サンダル履きでは何かしらのトラブルの際に踏ん張りが効かなくなるのが気になるが、靴擦れで動けなくなるよりはマシだろう。

 脱いだブーツをズダ袋に括りつけてサンダルに履き替えると、足元がすっきりしてちっとはマシな気分になった。そして再び歩き出すと、行く手に木の柵に囲まれた粗末な家々が見えてきた。多分、シイナの村だろう。

 休憩の二文字が脳裏に浮かんだ途端、定食屋で食べた丸くて白くて甘すぎる菓子の味を思い出した。早くも俺の味覚はヤマト味に適応し始めたか。さすがは俺の環境適応スキル。

 歩きながら食べちまおうか? そんな誘惑に耐えていると、自然に歩くペースも早くなった。

 いったい何から村を守っているのか分からない貧弱な木柵に沿って歩いていると、柵の切れ目が見えてきた。あれが村の入口だろうか。木材で建てられた民家からは、炊事のものらしき薄煙が立ち上っていた。

 だが俺は、長閑な村の様子よりも入口の辺りで立ってはしゃがんで、しゃがんでは立ち上ってを繰り返している人物に目を奪われた。あんなところでスクワットだと? ヤマトの風習なのだろうか?

 その低速スクワットを続ける華奢で小柄な人物は、遠目では髪の長い女の子のように見えたが、近づくにつれ男性、それも俺より年若い少年だと気が付いた。先ほどのチンピラどももそうだったが、ヤマトの若い男性は、長髪をポニーテールのように結ぶのが流行りのようだ。

 一歩踏み出しては頭を傾げ、再びしゃがみ込むその少年に興味が湧いてしまい、しばらく観察してみてようやくスクワットの理由が分かった。


「あの、お困りでしたら手伝いましょうか?」


 ついつい持ち前のお人好しスキルを発動させてしまい、スクワット少年に声を掛けてしまった。

 しゃがんだまま俺の顔を見上げた少年の顔には驚きと困惑の色が浮かんでいる。まぁ、ムリも無い。突然、見知らぬ大陸モンが声を掛けてきたんだもんな。

 

「俺、そういうの修理するのが得意なんです。良かったら手伝いますよ」


 俺は、少年の履いている草で編んであろう右足のサンダルを指差した。足の指を固定するストラップが切れてしまっているようだった。少年はそれを何とか直そうしては上手くいかなくて、立ったり座ったりを繰り返していたのだろう。


「あの、その、僕……」

「えーっと、怪しい者じゃァございやせん。通りすがりの武器屋見習いでさァ」


 言葉が通じて無いのかと思い、定食屋の親父の口調を真似してみると、少年はやっと笑顔を浮かべてくれた。遠目で女の子に見間違えたが、近くで見ても少女のような顔立ちと体格だ。


「失礼しました。大陸の方と話をするのは初めてでして緊張してしまいました」

「そっか、通じたみたいで良かったよ。で、それストラップが切れてんな」

「はい、ご覧の有様です。僕、不器用なもので、こういうの直すのが苦手なんです」

「ちょっと貸してもらって良いかな?」

 

 少年は片足立ちになってサンダル脱ぎ、俺に手渡してきた途端、バランスを崩して片足飛びを始めた。

 うわっ、おわっ、とぴょんぴょん跳ねまわる少年の姿に苦笑いしながら植物で編まれたストラップを解いて、その代わりに革紐を取り付けてみた。何度か強く引っ張ってみたが強度に問題は無いだろう。


「ほら、直ったよ」


 俺が声を掛けたのと同時に、少年は力尽きたのか派手に尻餅を突いた。


「はぁ……足が疲れました」

「ははは……大丈夫か? ほれ、掴まりなよ」


 手を差し出すと、少年は照れ臭そうに俺の手を握り返してきた。だが、その細腕からは思いも寄らない力強い握力に驚いた。それに、掌に浮いたボコボコしたマメは、何千何万と素振りを繰り返した証拠だろう。

 立ち上がった少年は、修理の済んだサンダルを履いて、その場をグルグルと回り始めた。


「おぉ、これは壊れる前より良い具合です。ぜひ、お礼をさせて下さい」

「そんなの良いよ。困った時はお互い様だ」


 改めて少年を観察する。無邪気な笑顔は年相応にも見えるが、小柄ながらも引き締まった全身からは、相当な鍛錬を積んだ者特有の雰囲気を感じる。この少年、外見と中味は別物だ。


「そうはいきません。僕の一族の家訓では、受けた恩は倍返し、受けた恥辱は三倍返しとあります」

「……ずいぶんとアグレッシブな家訓だな」

 

 俺と少年は顔を見合わせて笑った。


「あ、名乗るのが遅れました。僕はミササギ、御陵士郎と申します」

すいません。作者、風邪ひきました。

次話投稿が遅れるかも知れません。正直しんどい。

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