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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
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第105話 朋あり東方より来る

 腹がいっぱいになったからか、エレクトラは大きく伸びをしてから休憩室に入っていった。そろそろ彼女はお眠の時間だ。


「――って時にはな、甘いモンをさり気なく差し入れろ。これで決まりだ」

「ほほう、勉強になります」

「――ってな場合には頭ポンポン、もしくは頭ナデナデが効果的だ」

「ふむふむ、なるほど」


 ちょっと待て。俺は小一時間、こうしてアッシュに恋愛指南をしているが、こんなイケメンを相手に何をしているんだろう。もしかして俺は、剣で例えれば達人を相手に講釈垂れてんじゃなかろうか? 気分良く武勇伝語っていたけれど、聞かせてた相手が実は伝説の勇者でした、とか?

 アッシュは、俺の語る一言一句を漏らさぬように手帳に書き残しているようだが、もしかしてコイツは、その澄ました顔の裏でせせら笑っているんじゃないだろうか。心の奥底では手を叩いて爆笑しているんじゃないだろうか?


「あの、どうかしましたか? 早く続きをお願いします」

「あぁ、いや、なんでもない。ところでお前さぁ……」


 俺は、カウンターの向かいに座るアッシュの顔をまじまじと眺めてみた。

 さらりとした金色の髪に、涼しげなアイスグリーンの瞳。

 甘さを残した少年っぽさを感じさせつつも、精悍でいて端正な顔立ち。

 このツラで、その高身長で、あの剣の腕で、モテないワケが無いだろう。


「あのさあ……難しいコト考えないで、四の五の言わずに直接攻撃で十分通るんじゃないかね」

「直接攻撃? 通る? ダメージの話ですか?」

「あー、うん。昔のツレに『恋愛ってのは戦いだ』、みたいな事を言うヤツがいてね」


 あいつはあの時、どんな心境で俺の話を聞いてくれていたのだろう。


「しかし、その考え方でいくと、僕の場合は不利になりませんか」

「不利? ああ、そうか。お前さんは守ってナンボの重装騎士(アーマーナイト)だもんな」


 重装騎士の戦い方は、防御を固めてカウンターや相手の攻め疲れを狙っていくのが定石だ。俺みたいに奇策で翻弄し、付け込んでいくタイプとは戦術がまるで違う。

 本人の性格と戦闘スタイルってのは意外に連動するモンだ。俺は常に最善の策を考えながら、時には速攻、時には遅攻と、戦況に応じて使う武器すら変える臨機応変さが身上だ。

 だが、アッシュの戦い方は基本的には「待ち」の戦術だ。前に本気で()りあったときも、「竜鱗の盾(ビオライン)」の発動後は徹底して守りの戦い方だった。

 そして近頃、俺の店に妙に通い詰めてくるせいでアッシュの性格はだいたい掴めちまったのだが、コイツはかなりの奥手で引っ込み思案、しかも愚直で不器用な一面がある。あと、天然も入ってる。


「お前みたいなタイプなら、難しいコト考えないで先制攻撃ってのもありじゃないか? ほら、あのシールドラッシュみたいな」

「シールドラッシュは先制攻撃には向きません。あれは相手の呼吸を読んでから踏み出す技です」

「へえ、そいつは興味深いな」

「あの技は相手が息を吐ききった瞬間を見て突撃するんです。人に限らず呼吸をする生物は、息を吸い込む時に一瞬の隙ができます。そこを狙うんです」

「それだ。相手の呼吸を読み、隙を突くんだ」

「隙を突く? どうやって、ですか?」

「そうだな……まずは学食で二人きりになれる状況を作り出す」

「学食で、ですか。はい」


 すぐに手帳にペンを走らせるアッシュ。おそらく「学食で二人きり」とか書き込んでんだろう。


「別に学食じゃなくても良いよ。だが、学食って場所は気が緩む場所だ。ここに隙が生れる余地がある」

「気が緩む……では、風呂やトイレも有効ですか」

「お前、女風呂とか女子トイレに突撃するつもりか。色んな意味でアウトだぞ」


 完全武装で女子風呂に突撃する重装騎士。それはそれで面白い画だ。


「気が緩む場所ってのはなぁ……なんだその、天気の良い日の屋上とか、昼下がりの喫茶店とか、そんな場所だよ」

「分かりました! 敵勢力が休憩中に油断しているところを急襲する、そういう事ですね!」


 アッシュは、ぽん、と手を叩いて目を輝かせた。


「まぁ、間違いじゃないんだけどね……で、そこで奇襲を仕掛けるんだ」

「奇襲? 奇襲ですか……」


 俺はカウンター裏から出て、難しい顔をした悩める青年の右隣に席を移した。


「こんな感じにな、気になる女の子の右隣に座るのが攻略のセオリーだ」

「右隣に? 何故ですか?」

「人間、左に座られると無意識に警戒しちまうもんなんだ。その逆に右側に座ると、どうだ?」


 俺はバーカウンターに座る時のように、砕けた姿勢で両腕を開いてみせた。


「分かりました! すぐにでも反撃に転じることが出来ます!」

「お前……いったい何と戦ってんだ? 右側に座りゃあ右手で飲み物を持ちつつ左手で肩を抱いたり、さっき教えた頭ポンポンが出来る。この上なく自然、実にナチュラルな奇襲だ」


 実践してみせる為に、右手でポーション割の小瓶を弄び、左手でアッシュの頭をポンポンしてみせた。


「な、なるほど……これは確かに照れますね」


 頬を赤らめて顔を伏せる青年。


「アホか。お前が照れてどうする。で、次はな……」


 キメ文句の一つでも教えてやろうと豊富なボキャブラ倉庫から言葉を選んでいると、背後で咳払いが聞こえて俺は焦って振り返った。


「……すまん、取り込みだったようだな。出直す」


 東洋風の衣装を着崩した男が、引きつった半笑いを浮かべて踵を返した。俺はその男に向かって「ちょっ、お侍様!」と、慌てて立ち上がり制止の声を掛ける。


「待って下され! あんた何か盛大な誤解をしていらっしゃる!」


 男の東洋訛りのイントネーションに釣られ、俺の口調までおかしくなる。


「良いんだ、構わず続けてくれ。拙者の生国にも衆道と言って……」

「やっ、やめろ! 妙な誤解をするなっ!」

「衆道とは? ちょっと詳しく教え……」

「アッシュ、お前は黙ってろ。すいませんね。コイツのことは気にしないで下さい、お客さん……って、あれ?」


 腰に刀を差し、片手を懐に突っ込んで立つ飄々(ひょうひょう)とした風貌のこの男、どこかで会った覚えがある。


「忘れたか? この薄情者め」


 ニヤリと嗤った男の左目を覆う包帯に不穏な空気を感じたが、独特の口調と言い回しに何とも言えない懐かしさが込み上げてくる。俺はふと、昔旅した東の海の果てを思い出した。


「……あんた、もしかしてシロちゃんか?」

「人を犬みたいな名で呼ぶな。だが、懐かしい」

「忘れるかよ。久しぶりだな」


 俺は旧友の背を叩き、直前まで自分の座っていたカウンターの席を勧めると、アッシュは隣りに座った風変わりな男に興味深そうな視線を送りつつ「どうも」と頭を下げた。

 アッシュとシロウに互いを紹介する。挨拶を交わす二人を横目に「シロちゃん、何か飲むか?」と旧友に声を掛けると、シロウはカウンターの上のポーション割を指差した。


「止めとけって。それ、人間が飲んで良い代物じゃない」

「マスター、彼に同じ物を」

「誰がマスターだ。ここは飲み屋じゃないって言ってんだろ」


 ふざけた事を言うアッシュに毒づくと、ルルモニンの瓶を眺めていたシロウは「いや、それが良い」と言い出した。


「良酒の匂いがする」

「お前、正気かよ……」


 呆れながらも棚から回復ポーションを一本取り出してシロウの前に置くと、アッシュが嬉々として飲み方を説明し始めた。シロウはふんふん、と頷いて茶色の小瓶に口を付けた。すぐに軽く咳込んだシロウを見て、得意そうな笑みを浮かべたアッシュが、三分の一ほど減った小瓶にスキットルの中身を継ぎ足す。小瓶を眺めて眉をしかめたシロウは、意を決したように、クッとポーション割を飲み干した


「……ほう、いけるな」


 満足そうに息を吐いてシロウが言った。俺はその姿に「本気(マジ)か」と呆れるしかない。


「下戸なお前には分からんだろう。この奥深い妙味は」

「そんなモンを美味いと感じるくらいなら、俺は一生、下戸で結構だ」

「相変わらず酒は飲めんか。変わらんな」

「お前が変わり過ぎなんだよ。髪は短くなってるし、全体的に、なんか……ねぇ」


 俺の知る「ミササギ・シロウ」という男は、もっと何というか中性的な線の細い若者だったと記憶にある。だが、いま俺の目の前でポーション割の瓶を掲げ、名残惜しそうに瓶底を眺めている東洋の青年はどうだ? 着崩した東洋の衣装、確か「着流し」って言ってたか。その隙間から垣間見える鍛えた肉体と、身体中に走る刀傷が男の潜り抜けてきた死線を容易に思い起こさせる。それに飄々とした雰囲気とは似つかわない鋭い目付き。そして、光の無い瞳。

 

「で、シロちゃん。いつ学院都市に来たんだ?」

「ああ、先ほど到着したばかりだ」

「へえ、それですぐ俺んトコに来てくれたのか」


 変わり果てたかつての相棒の姿に違和感を感じつつも、再会の喜びには変わりは無い。この歳になっても旧友が訪ねて来てくれるってのは、嬉しいもんだ。


「じゃあさ、こんな得体の知れない液体じゃなくて、ちゃんとした酒の飲める店に行こう。と、いう訳でアッシュ、お前はもう帰れ」

「えっ? この流れで僕だけ帰らされるんですか!?」

「だってお前、ただの客じゃん」

「ひ、酷い!!」


 言い争う俺たち二人の間に、シロウは軽く咳払いをして割って入った。


「まあ待て。そこな御仁には一杯馳走になった。ここは拙者からも返盃したいところだ」

「まぁ、シロちゃんがそう言うなら、なあ」


 俺はアッシュの方を見たが、どうも妙な顔をしている。東洋訛りの独特な言い回しがよく分からないようだ。


「えーっとな、お返しに一杯どうだ? ってよ。シロちゃん、優しいよな」

「御一緒しても良いんですか?」

「間の悪い時に来てしまったからな。お主ら、その……(ねんご)ろな仲なのだろう」

「頼むから止めてくれ。その著しい誤解を」

「懇ろとは? ちょっと詳しく教え……」

「だから、お前は黙ってろって」


 俺が閉店準備をしている間、シロウとアッシュは各地の銘酒についての話を始めたようだ。酒飲み同士、気が合うのだろう。

 片付けを終えて休憩室を覗き込むと、エレクトラはお気に入りの毛布の上で丸くなっていた。念の為に水皿を換えて「留守番頼むな」と、小声で言っておく。


「じゃあ、行こうか」


 声を掛けると、二人は(おもむろ)に立ち上がった。

 アッシュとシロウを先に店の外に出し戸締りを確認していると、何か言いたげなアッシュの目配せに気が付いた。俺はそんなアッシュに向けて、分かってる、と言う代わりに頷いておいた。

 俺の腰で鋼玉石の剣(コランダム)が警告するように小さく震える。

 神聖術を扱う事の出来る「騎士」は、本職の神聖術師ほどでは無いが呪いが感知することが出来るという。

 アッシュも気づいたようだ。シロウは「呪物」を持っていやがる。それも、相当に強力な代物だ。

http://blogs.yahoo.co.jp/lulutialulumoni/11375373.html


風変わりな男「ミササギ・シロウ」の画像をヤフーブログに投稿しました。

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