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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第七章 東の果てからきた男
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第104話 ウチが何屋か知ってやがりますか?

 よう、久しぶりだな、お前ら。なに? 三ヶ月ぶりだって? そんなに経ったか? まあ、俺も忙しかったのよ、ここ最近は。髪ぃ切りに行く暇もないくらいさ。

 ああ、そうそう。髪切るっていえば、コレ、髪結い店の割引券。これやるから、お前らサッパリして来いよ。お前らもさぁ、たまには激安カット店じゃなくて、ちゃんとした髪結い店で髪切ってきなって。その割引券の店、エルって名前の威勢の良い()が一人でやってんだけどさ。これがまた、腕が良いんだ。


 で、最近どうよ? 我が後輩たる学院の生徒たちは? なに、中退者が増えてるって? 卒業じゃなくて中退だ? そりゃあ、もったいない話だな。出るよりも入るのが大変ってのが定評の魔導院なのに。

 ……ああ、あれか。北部紛争か。魔陽石の採掘権争いが、もうどうにもこうにも治まんない、って話だな。


 こないだ酒場に行ったらさ、海王都の人間が派手に傭兵の募集をしてんだよ。ひと月の給金、いくらか知ってる? あんなに出されちゃあ、まともに働くよりも一発狙いたくもなるわな。俺も店が無けりゃあ、今ごろ応募しちゃってたかも知れないよ。


 そうか……魔導院の生徒を狙って傭兵団のスカウトが来てんのか。で、海王都と山王都、どっちに付くのが多いんだ? 山王都が人間族、海王都が亜人族の生徒か。やっぱりそうなっちゃうよな。

 ああ、嫌だね。こないだまで学食で一緒にメシ食ってたヤツが、敵に回るかも知れないんだぜ。俺なら魔導院に残って地下に潜ってる方が、よっぽど健全な気がするけどね。お前らもそう思うだろ?



 


 常連の団体さんを店の入り口まで見送った後、俺はカウンター席で子猫と戯れる竜人族(ドラゴニュート)の青年に声を掛けた。


「お前さん、いつまでウチの看板娘とイチャついてんだ。用が済んだらさっさと帰れ」

「あ、すいません。では、回復ポーションをもう一本追加で」

「……あいよ」


 俺は棚から「ルルモニン」なんて書かれたラベルが貼られた茶色い小瓶を取り出して、アッシュの座るカウンター席の前にワザとらしく乱暴な手つきで置いてやった。


「ほらよ。回復ポーションだ」

「いただきます」


 このふざけた名前の回復ポーションは、普通の回復薬より多少値は張るが、滋養強壮・栄養補給に効果抜群! ウチの人気商品の一つだ。

 だが、正体不明の材料で調合されたそのドロリとした怪しい液体は、決して美味い飲み物とは言えない。俺も疲れが溜まった時に飲んでいるのだが、喉に残るゾッとするような後味が、ちと苦手だ。

 憮然とする俺の目の前で、奴は小瓶の中身を一口飲み、そこに懐から取り出したスキットル(酒用の金属製水筒)の中味を継ぎ足した。水筒の中に入っているのは当然、酒だろう。しかも度数の半端無いヤツ。


「お前さぁ、よーく考えろよ。ウチを何と勘違いしてんだ? 俺の店は持ち込みOKの良心的な飲み屋か?」

「ですからこうしてお金を払ってます」

「金さえ払えば何しても良いって思ってやがんのですか? お客様ぁ、正気ですかぁ?」

「ちょっとお酒が入ってますが、僕はいたって正気です」


 駄目だ、酔っ払いの相手は苦手だ。

 しかし、なんなんだ? 最近、ウチを武器屋と思って無いような連中が増え過ぎだ。


 まずはシンナバル。あいつはウチをトレーニングルームと勘違いしている。

 次にディミータさん。彼女はウチを喫茶店か飲み屋と勘違いしている。

 それからセハト。あれはウチを室内ドッグランだと勘違いしている。

 そしてルルティア。あの女は最初っからウチを休憩所として利用していやがる。

 ……まともなのは、まさかのルルモニだけか? 

 いや、良く考えたらルルモニ様は、ウチで一番買い物をして、しかも回復薬の取引まであるじゃないか。そうだ、もっと優しくしてやろう。


「だいたいお前はさぁ、俺にあんだけ怪我させといて、どの面さげてポーション割なんて気色悪いモン飲んでんの?」

「ですからこうしてお詫びも兼ねて、買い物に来ているんです」

「買い物ってお前、昼から回復ポーションだけでどんだけ粘ってんだ。この暇人が」

「今日は学院が休みでして、回復ポーションで身体を癒しているんです」


 ねえ、とカウンターの上で丸まっていたエレクトラに声を掛けるアッシュ。俺の愛猫は奴の手元で気持ちよさそうに丸まっていた。


「まったく良く言うぜ。ウチの可愛い可愛いエレクトラを猫質にまで取ったくせによ」


 エレクトラ、早く離れなさい。そいつは見た目が良いだけの爬虫類ですよ。


「ですから彼女にも、こうして猫缶を持ってお詫びに通っているんじゃないですか」


 悪びれもせずにアッシュは鞄の中から高級猫缶を取り出した。敏感にもその気配を察したのか、エレクトラは、はっ、と顔を上げてミャーミャー言い出した。


「きったねえよなぁ……エサで釣るなんてよぅ」


 俺の嫌味をサラリと受け流し、アッシュはツールナイフの缶切りを使ってキコキコと猫缶を開け始めた。


「お皿、貸してもらえますか?」

「……あいよ」


 エレクトラ専用の猫のイラストが描かれた皿をアッシュに渡すと、奴は皿に猫缶の中味を出してカウンターの上に置いた。エレクトラは、もうたまらんと猫まっしぐら。彼女のその小さな頭ン中には「アッシュ=高級猫缶」って構図になっちまっているんだろう。


「アッシュさんよぅ。お前さんのお探しのモンは、ウチには置いて無いって分かったんだろ。まだ学院都市に用があんのか」


 アッシュの向かいに肘を突いた俺は、一心不乱に高級猫缶の中身を平らげる愛猫に目を細めながら訊いてみた。

 俺と同じ顔してエレクトラのガッツキっぷりを眺めていたアッシュは、腕を組んで天井を見上げた。


「実は……折り入って相談がありまして」

「相談? どんな?」


 折り入って、なんて言われたら、聞いちまうしかねえじゃねえか。

 まったく、俺のお人好したる真骨頂だよね。


「ちょっと気になる女性がいまして」

「おいおいおい、そういう相談かよ。しかも俺に?」

「ええ……身の周りに相談が出来そうな相手がいないんです」


 確かにシンナバルやセハトが相手じゃあ、相談するだけ無駄だろう。

 腕を組んだまま目を瞑るアッシュは真剣に悩んでいるように見える。ったく……しょうがねえなぁ。


「まあ、俺も得意なジャンルじゃないんだよね。語れる事って言えば、失敗談しか思いつかないし」

「この際、失敗談でも良いです。いえ、どちらかと言うと成功例より失敗例の方が参考になりませんか? こういう場合」

「お前、本人を前にして、良くそういう事が言えるな」

「あぁ、気を悪くされましたか? これは申し訳ない」


 慌てたように頭を下げる青年に、悪意や悪気は微塵も感じられない。悔しいが、俺は割とコイツの事が気に入ってしまっているようだ。


「んで? その気になる女性ってのは、やっぱり竜人族なのか?」

「いえ、僕はこんな見た目のせいなのか、同族の女性が苦手でして……」

「へぇ、そんなもんかねぇ」

「その女性、人間族なのですが、それは清楚で慎ましく美しく、まるで聖女のように清らかでいて……」

「おいおい、ちょっと待て。あんまりこじらせるなよ」

「はい? こじらせる、とは?」

「女ってのは女神や天使じゃないんだ。俺も若い頃、好きになった女の子を天使か妖精さんみたいに崇めちまった事があってさ。そうなると上がっちまって、まともに話も出来なくなる」

「なるほど、やはり失敗談は参考になりますね」


 うんうんと頷くアッシュ。皿をキレイに舐めとって満足げなエレクトラ。

 まったくもって平和なこった。

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