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お前ら!武器屋に感謝しろ!  作者: ポロニア
第六章 竜鱗の盾

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第102話 海星傭兵騎士団「シーザスターズ」

 **********


「雨でも降んのかねぇ」


 カウンターの上で一心に顔を洗う子猫に、俺は話しかけるようにして呟いた。


「なぁ、お前、知ってるか? 東洋にはな、『マネキネコ』なる聖獣がいてだな。そいつにゃ商売繁盛千客万来な御利益があるんだと」


 黒い子猫はその小さな顔をカウンター越しに座る俺に向けて、「みゅう」と返事をするように鳴いた。


「雨降っちゃうとさあ、客足が鈍んのよ。お前さんも自分の食い扶持くらいの御利益を宜しく頼むよ。あ、降ってきた?」


 学院都市の路地は、その殆どが石畳で舗装されている。タタタッ、と石畳を叩き始めた雨は、あっと言う間にバタバタタッと、盛大な雨音を響かせ始めた。

 子猫はビックリしたように目を見開いて、キョロキョロと店内を見渡した。


「あらららら、結構な雨足だ。こりゃあ、今日は早仕舞にするか。って、おや? 誰か来たな」


 扉の向こうに人の気配を感じる。出入り口の扉を身体で押し開けるようにして店に入って来たのは、赤い外套に身を包んだ勇者風イケメン騎士、アッシュだった。


「おう、びっしょ濡れだな。水も滴る何とやら。お前、傘持って来なかったのか」


 俺の腰で「鋼玉石の剣(コランダム)」が警告するかのように震えだした。何だ? 呪物でも持って来たのか?


「お恥ずかしい。外套に頼ってばかりで傘は持ち歩いていないのですが、これほど強く降るとは思ってもいませんでした」

「学院都市の辺りは天気が変わりやすいんだよ。湖のせいかね。……そういえば海王都は雨が少ないよな」

「……何故、海王都の話を?」

「さぁな」


 アッシュから見えないようにして、カウンターの裏に仕舞った魔術儀典プセウド・エピグラファの数本をポケットに押し込んだ。


「この子は、あの時の猫ですね」


 アッシュは子猫に話しかけるようにして訊いてきた。俺の動きは気に留めていないようだ。

 外は雨、黒い子猫は相変わらず顔を洗い続けている。


「そいつ、シンナバルに懐いちまってね。寮じゃ飼えないからウチで面倒見ることになったんだ」

「そうですか。名前は何と?」

「なまえ? ああ、名前か。なまえ……名前ねぇ。えーっと、エレクトラ。うん、エレクトラだ」

「エレクトラ。では、女の子ですね」

「そうそう、良い名前だろ? 可愛いだろ? 美人だろ? いや、美猫っていうのかな。な、エレクトラ?」


 子猫はエレクトラという名前が気に入ったのか、「みゃおう」と短く鳴いた。


「今日は――」


 俺の惚気(のろけ)を無視して、アッシュは(おもむろ)に腰に下げた長剣に手を掛けた。


「お願いがあって来ました」


 その流れるような一連の動きに反応が一歩遅れる。

 躊躇(ためら)いも無く長剣が抜き放たれる。


「あなたは今、僕の間合いの中にいます」


 こちらに向けられた切っ先に対して、俺は護身用のショートソードの柄に手を伸ばすまでが精一杯だった。


「お前、何のつもりだ」

「手荒な事をするつもりはありません。僕の話を聞いて下さい」

「ざけんな、十分手荒だ。言っとくけどな、俺の足元には警報スイッチがある。踏めば巡回員が飛んで来るぞ」

「お言葉ですが、警報ベルのスイッチはそこにはありません。セハトのマップで確認してあります」


 あいつめ。そんなモンまでマップに書き込みやがって……。


「話ってのは何だ」


 俺はショートソードに手を掛けたまま、カウンターの端に置いた青い鱗盾(スケイルシールド)を横目で見た。釣られるようにしてアッシュは同じ方向に目を向けた。


「それが何なのか、御存じですね」


 盾に注意を逸らすつもりだったが、切っ先は俺の喉元を狙ったままブレもしない。悔しいが、さすがに隙が無い。


「裏に大海竜(シーサーペント)と星の刻印があった。お前、わざと置いていきやがったな」


 大海竜と七つ星の刻印、それは海王都の傭兵騎士団「シーザスターズ」の紋章。

 そして、あのシールドラッシュ。あれは即撃急襲を是とするシーザスターズが得意とする戦法だ。


「あなたの反応を確認しておきたかったのです」


 聖女王直属の軍団を擁する山王都に対し、海王都は常設軍を持っていない。その代わりに海王都は海洋貿易で得た巨万の富でもって大陸中から傭兵を募っている。軍事情勢に応じて軍団の規模を変えられるのは実に合理的だ。

 その傭兵団の中でも実力を認められた者が、海女王の私兵団とも言える「海星傭兵騎士団(シーザスターズ)」にスカウトされるって仕組みだ。


「探しましたよ、『千の刃のエッジス』。あなたの事ですね」

「俺は武器屋だ。武器屋さん、って呼べ」

「中肉中背でいて特徴の無い風貌。強いて言えば銀髪。剣の腕は中の上。ただし、あらゆる武器に精通したその男に付いた渾名(あだな)は『千の刃(エッジス)』。武器屋さんにはぴったりですね」

「……確かに俺は昔、短い間だったがシーザスターズにいた。だから何だ」

「エッジスは卓越した状況判断力で、数々の作戦を成功に導いたと聞いています」

 

 カウンターの上でエレクトラが大きく欠伸をする。悪いな。いま、取り込み中なんだ。


「今さら戻れとか言うんじゃないだろうな。シーザスターズも人手不足か?」

「違いますよ。シーザスターズは退団者を追いません。去る者を追わず、傭兵なんてそんなものでしょう。僕も今では退団した身です」

「そんじゃあ、なんだ? 先輩後輩、お互い古巣の思い出話しに花でも咲かせましょう、ってか」

「記録を調べたところ、エッジスが参加した作戦には全て呪物が絡んでいました。そして、彼は剣身の無い不思議な武器で呪物を破壊していたとか」

「俺があそこにいた理由はな、呪物が絡んだ事案を最優先で振ってくれるからだ。そういう契約だったんでね」


 鋼玉石の剣の振動が激しくなる。こいつは一体、何を持っていやがる? 見たところ呪物らしきアイテムは見当たらない。


「貴方はシーザスターズに在籍した最後の作戦で、ある強大な呪物を手に入れましたね」

「……そうだったかな? 昔の事だから忘ちまったよ」

「譲っていただけるとは思っていません。だからこうして実力行使で奪いに来ました」


 ガチャリ、とアッシュの着込んだ鎧が音を立てる。

 なるほどね。だが、短絡的思考にも程がある。時間があったら諭してやりたいくらいだ。


「いいか、お前。よーく考えろ。仮にだ、仮にそんなヤバい呪物(モン)がウチの店にあったとする。そいつは多分、地下室の倉庫に仕舞ってあるだろうな。だが、その倉庫の扉は盗賊科の凄腕セハト君でも開けられなかった。開けられるのは俺だけ。でもって、俺は死んでも開けない。そして、俺が死んだら倉庫の中には永久に誰も入れない。どうだ、お前の詰みだ。諦めろ」


 俺の長口上を無言で聞きながら、アッシュは瞬き一つもしない。切っ先も微動だにしない。

 生唾を一つ飲み込んだ。くそ、分が悪いのは俺の方か。


「剣の腕より口が立つ、と聞いていましたが噂通りですね。だが、僕は――――」


 アッシュは長剣の切っ先を子猫に向けた。


「僕は今、この子を斬ることですら躊躇(ためら)いを持ちません」

「……いつから騎士科は強請(ゆす)りのやり方まで教えるようになったんだよ」


 子猫は無邪気な瞳で、魔陽灯の光を反射してギラギラ光る切っ先を、興味深げに眺めている。

 俺はショートソードの柄から手を離して両手を上げるしか無かった。


「地下に案内する。だから、そいつに剣を向けるのだけは止めてくれ」

「分かりました。では、早速お願いします」


 アッシュは長剣を子猫から俺に向け直す。子猫はその動きをジッと見つめていた。

 まったく、エレクトラなんて名前を付けるんじゃなかった。情が移って仕方が無い。



***


 ランタンを持つ俺を先頭にして、俺とアッシュは倉庫のある地下室へと続く隠し階段を下った。

 先日までは頼れる勇者様だった男が、今では子猫すら人質、いや、猫質に取る様な下衆に成り下がった。俺の「人を見る目」スキルは、あんまり優秀では無いらしい。

 

「随分と長い階段ですね。どのようにして掘ったのですか?」


 アッシュの低く抑えた声が階段の壁に響く。

 俺の持つオイルランタンの灯りが届く範囲には、緩やかな下り階段が延々と続いている。


「俺が掘ったんじゃない。この階段は大昔のモンだ」

「どういう事ですか」

「俺の婆ちゃ……祖母が、この階段の入口の上に店を作ったんだ。階段の先は魔導院の地下に繋がっている」

「この先は地下室では無いのですか?」

「ウチの地下室は、地下訓練施設の一部でもある」


 俺の背後に続くアッシュが「驚きました」と、独り言のように言った。

 俺たち二人は、それから(しばら)く無言で階段を下った。靴音が壁に、天井に反響する。

 

「地下訓練施設からモンスターが上がって来れない理由って、考えた事はあるか?」


 俺は立ち止まらず、背中越しに問いかけた。多分、俺の背には長剣が突き付けられているだろう。不用意に立ち止まるのも危ない。


「不浄の輩が上って来れないように、強力な結界が敷設されていると聞いています」

「その結界を見た事は?」


 今度は返事が返って来なかった。

 外の雨音は、もう聞こえない。聞こえるのは俺とアッシュの靴音だけだ。


「結界はあるんだ。例えば地下一階と二階の間にな」

「中二階、という事ですか?」

「ああ、要するに、結界でフロアの蓋をしてるんだ。そして、結界を敷いた場所には、各階のフロアからは侵入出来ないようになっている」

「それで誰も見た事が無い訳ですね。……もしや、この先の地下室が結界になっているのですか?」

「そうだ。そのついでに結界の力で呪物を抑え込んでいるんだ。そして、その結界は地下六階の下にある」


 アッシュの靴音が乱れた。少なからず動揺したのだろう。


「地下六階の下、ですか。生徒の間では地下六階が最下層だと思われています」

「地下訓練施設は地下七階が最下層だ。ウチの地下室には、魔導院から派遣されてくる神聖術師が、定期的に結界を敷き直しに来ている」

「そうまでして魔導院は、一体何を抑えているのですか? そんなに危険な魔物を封じているのなら、誰も立ち入れないように埋めてしまえば良いのでは?」

「何を封じているかまでは俺も知らない。だが、モンスターとは限らないんじゃないか。ウチの倉庫だって封じているのはの呪物の山だ」


 アッシュは一言、「呪物……」と呟いた。

 婆ちゃんでさえも砕けなかった程の高等級呪物。アッシュがどうして「あの呪物」を欲しがっているのか理解出来ないが、「あの呪物」が「ウチの倉庫に有る」という事実が外に漏れるだけでも問題だ。こんな風に無茶苦茶やらかすお馬鹿さんが、大挙して押し寄せて来ることになりかねない。


「なあ、ウチの倉庫にある『アレ』ってさあ、お前が探している物とは絶対に違うと思うんだけどね」

「またお得意の攪乱ですか」

「攪乱じゃねえ、交渉と言え」


 正しくは、交渉じゃなくって謀略って言うんだけどね。


「大体だな、『アレ』はお前には絶対に使いこなせない。使えないモンに何でそこまで熱くなる必要がある」

「使いこなせないと決まった訳ではありません。では聞きますが、貴方のいう『アレ』とは何ですか?」

「言える訳ないだろ。『アレ』を封じるのに何人も犠牲になったんだ」


 あの「呪物」に魅せられ、身体どころか魂まで奪われた男を抑えるのに、手練れの傭兵が十人も殺されたんだ。あんな悲劇を繰り返す訳にはいかない。正統な所有者の手に返すまでは、ウチの倉庫で厳重封印だ。


「お前の欲しがっているモンの名前を言ってみろよ。『竜鱗の盾』とか言うなよ。ウチじゃあ模造品(レプリカ)で精一杯だ」

「それはもう、持っていますよ」


 長い階段を下りるうちにアッシュの警戒が緩んできている。ペラペラ喋った甲斐があるってモンだ。

 こいつは確かに剣の腕は立つようだが、この手の駆け引きには素人だ。大体、俺が猫を飼っていなかったらどうするつもりだったんだ。


「お前の欲しがっている物と、俺の考えている物が同じとは限らない。お前の望みの物は何だ?」

「それは言いません。交渉術に長けた貴方の事だ。平気な顔で模造品を渡して来かねない」

「ははっ、言うねえ」


 丸っきりの馬鹿では無いな。だが、アッシュの反応は俺の予測の範囲内だ。知恵比べなら負ける気はしない。


「それに、あの剣は元々は僕の一族の物です。必ず僕を受け入れる」

「ふうーん、そんなモンかねぇ」


 ……剣だと? どういう事だ? 「アレ」は確かに武器だが「剣」では無い。だが、今は考えている時間は無い。もうすぐ階段の終着点、地下室に到着する。

 

「お前さんの一族、ってことは竜人族(ドラゴニュート)って事だよな」

「ええ、あの剣は僕の手の中にあってこそ、本来の姿を取り戻します――――僕にとっても」


 階段の終わりが見えてきた。自然と前に出る足が速くなるが、ここが正念場、絶対の勝機だ。焦るな。

 地下室は最後の砦であると同時に、俺の切り札でもある。アッシュは油断しているはずだ。勝てる。

 

「その剣ってのはさあ、大剣(グレートソード)なのかね? それとも長剣(ロングソード)なのかねえ?」

「大剣だと伝え聞いてます」


 他愛の無い話を繰り出しながらタイミングを計る。魔陽灯を利用した錬金ランタンじゃなくて、わざわざオイルランタンを持ち出したのも、この瞬間の為だ。


「ほれ、着いたぜ。ここが当店自慢の地下室だ」


 俺たちは最後の一段を下り、長い階段を下り終えた。


「なっ――――こ、これは!?」


 アッシュが目の前の光景に驚きの声を上げ、呆然と立ち尽くす。

 学生食堂よりも広い地下室の床には、赤く明滅を繰り返す巨大な魔導結界が敷かれている。赤黒く照らし出された岩盤剥き出しの壁は、得体の知れない生き物の臓腑が脈動しているようにも見える。

 巨大な生き物に飲みこまれたと錯覚するような光景を前に、初見で平静でいられる者はいない。


「おい! アッシュ!!」


 俺の声に我に返ったアッシュの顔に目掛て、オイルランタンを思いっきり投げつけた!

 (あらかじ)め蓋を緩めておいたオイル容器から中味が飛び散り、火の付いた液体がアッシュの全身に降り注いだ。


「――――くうっ! このような手で!」


 完全に虚を突かれた格好のアッシュを背に、俺は切り札の元へ走った。

 如何に剣の腕の差があろうとも、あれ(・・)さえ手にすれば俺の勝ちだ。

 アッシュ、お前が竜人族であればこそ、な。

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