珍妙で不思議な死神(下) ※本編18話目読了後推奨
ネタバレがございますので本編小説『死神亜種』の18話目読了後を推奨します。
珍妙で不思議な死神(中)の続きです。
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
体調が悪いからだと答えた女。
……まぁ確かに此処は保健室だ…………死学ではなく黒学の保健室だが。
今まで普通に話していたので何とも思わなかった、女の顔色は悪い。確かにかなり体調が悪そうだった。
……そういえば倒れる前に鱗翅類がどうとか言っていた。
まさか蝶々のせいでこのような事態になったとは思えないが……。
……。
…………無性に気になる。
「恐ろしく顔色が悪いな。…………風邪か何かか」
蝶々にやられたのか?とは流石に聞けず、少し考えてから風邪かと問う事にした。これなら普通の会話になっているはずだ。
……何かという部分に蝶々が入らないかと少しの期待を込める。
俺が問いかけると女は「へ?」と間抜けな返事を返してきた。
それと同時にこちらに目を遣り、ぱちぱちと瞬きを繰り返している。
…………まさか本当に?
「……あー風邪じゃないですよ。講堂で今日ペア発表があったんですけど……そこの空気に酔って気持ち悪くなったというか…………多分悪魔が撒き散らしていたフェロモン酔いです。私には強烈過ぎるみたいですね」
あれ何とかならないかなと忌々しそうにぼやく女。
鱗翅類………………鱗粉は魅惑の力のことか。なるほど、理解した。
気になっていた蝶々の正体は悪魔だとは分かったが……この女、本当に何者だ。
魅惑が効かない……しかもあの数の悪魔相手に、だ。
しかしそれに関しては少数ならいるだろう。いないとは言い切れない…………が体調を害するというのは聞いたことがない。
それに悪魔の魅惑に対抗するには強固な意志、又は強い魔力を要する。
俺の目に映っている髪と瞳は有り触れた色、女から感じる魔力も高いとはとても言えない。……意志が強いのか?そうは見えないが…………本当に何処までも異様な奴だ。
……まぁ此処へ来る事が出来た時点で普通ではないのだが。
「そういえば悪魔が近くにいても全然気持ち悪くなってないのが不思議です」
考え込んでいると不思議そうにそう女が言った。
言われてみれば…………確かにそうだ。他が異様過ぎて気が付かなかった。
俺は現在魅惑の力は使っていない……というより使うわけにはいかない。
俺のそれは強すぎる。それを喰らった相手は惹き付けられる所か下僕と化してしまうのだ。
まぁ使っていない通常状態でも、そこらの悪魔が魅惑の力を使ったような状態だから使う必要もないのだが……。
……そういえば、悪魔以外で普通に話せるのはコイツが初めてだ。
改めて気が付いたその事を新鮮に感じながら、今俺がそれを使っていないことを話すと女はピシリと固まった。
……まさかこんな常識も知らなかったのか?
「……押さえられるんですか?」
「寧ろ出そうと思わなければ出ることはない」
投げかけられた質問に事実を告げれば驚きながらも凄まじい殺気を発しながら勢い良く上半身を起こした…………と思えば、苦しそうに呻いてまたベッドへと帰っていった。
自分の状態を一瞬忘れたのか……間抜けだ。
「…………気持ち悪……っ」
目を硬く閉じてうーうー唸っている女を見下ろす。どうやら眩暈を起こしているようだ。
これがただの眩暈ならばどうしようもないが、原因が悪魔の使う魅惑なら何とかなるだろう。……ただ残っている毒気を取り除いてやれば良い。
女の額に手を当てると、女は目を開けて額の上に置かれたものに視線を遣ってから今度はそれをこちらに向けた。
その瞳を見ながら言う。
「……楽にしてやる」
そう告げて毒気を抜こうとした時、一瞬女の目に好戦的な色が浮かび、右足が僅かに動く気配がした。何故か蹴り上げるつもりらしい。
ギリギリで避けるつもりだった俺はそのままでいたのだが、俺に向かって繰り出されかけたその蹴りは俺に届くことは無かった。…………避けたのではない。途中で止まったのだ。
見下ろしていた女の顔が徐々に驚きのものに変わり、目をそろそろと逸らし始める。
その顔にはありありと「しまった」と書いてあった。
……。
…………楽といってもそういう意味合いではない。
バツが悪そうに礼を告げてくるので、こちらも毒気を抜いただけと告げる。
決して殺そうと思ったわけではない。
再度告げられる礼に「あぁ」と返事をしながら先程そろそろと定位置に戻されていた右足を思わずチラリと見ると、女の顔が引き攣った。
……バレバレだというのに隠せるつもりでいたらしい。
分かりやすいくらい表情がころころと変わるのに、何を考えているのか今一分からない……不思議だが面白い女だ。
そう思っているとはははと引き攣った笑いをしていた女は何故かマジマジと俺を凝視してきた。
……本当に飽きない。
ふと時計を見ると13時を指す所だった。
そういえばアイツに呼ばれていた時間が13時……面倒臭いが流石にこの呼び出しを無視するわけにはいかない。
俺は「そろそろ行く」と女に告げ、立ち上がって出口に向かった。
……ベッドから出口までの短い距離で色々なものが倒れたりズレたりしている。
これはもしかしなくてもあの女が入って来た時の惨事か。
……。
…………惨事といえば。
俺は肩越しに女を振り返った。
「……口元を拭いておけ」
今更ながらに注意をすると女は未だに付着していた涎を手の甲で平然と拭った……恥じらいはないらしい。
その妙に漢らしい仕草を見届けてから俺は空間魔法を解除し、目の前の扉を開けて保健室を出た。
勿論、足を踏み入れた先は黒学の保健室前の廊下だ。
「……」
このままだとあの女も此処から出てくる事になる。
もう一度繋げようと魔法を発動させようとしたが______止めた。
……あの女が何者であるか確かめたい。
扉横で少し待っていると中から「あーッ!!」という叫び声とドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。
何をやっているんだと思いつつ扉に目を遣ると小さな影が映り、次いで取っ手に手を掛ける気配がした。
……さぁ、どうする?
「――――――……ッ」
____女が横の扉から出てくることはなかった。
…………あの女は先程俺が切った魔力を辿っていったのだ……残ったとても微弱な魔力の気配の道筋を。
……恐らく今頃は死学の階段を駆け上っているだろう。
目を見開いたまま立ち尽くす……やはり空間魔法が使えるようだ。
…………それも恐らく無意識に。
「…………」
あの女が着ていた制服のラインは赤……同学年だ。
明日から実習が始まる。また会う機会も多くあるだろう。
俺は久しぶりに自分の口角が上がるのを感じた……面白いものを見つけた。
…………退屈だった毎日が変わる。そんな気がした。
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