珍妙で不思議な死神(上) ※本編18話目読了後推奨
ネタバレがございますので本編小説『死神亜種』の18話目読了後を推奨します。
保健室でヒイラギと初対面を果たしたときのキリュウ視点の話です。
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
誰もいない廊下に一人の足音だけがコツコツと響く。
黒髪と赤目を携えた超絶美形の男__キリュウは不意に足を止めた。目的地に着いたのだ。
目の前には『保健室』のプレートがぶら下がっている。
「キリュウ」
後ろから名前を呼ばれ振り向くと、そこには予想通り腕を組んで立っている担任の姿があった。先程魔力を使う気配を感じた。空間魔法で転移してきたのだろう。
俺は黙ったままその男を見ていたが、そいつは特に気にしない様子で言葉を続ける。
「ここは講堂じゃねぇぞ」
「……寝る。面倒だ」
そう応えると担任はチッと舌打ちをしてガリガリと頭を掻いた。
俺が何をしようがいつも見逃すくせに今日はそうもいかないらしい。
「お前が来ねぇと勝率下がるじゃねぇか」
……そういやさっき講堂前で死学の女教師と何か喋っていたな。コイツにしては珍しく機嫌が良さそうだったのはその女教師と賭けをしていたからか。
黙ったままの俺に向かってこの男は更に言葉を続ける。
「悪魔の魅惑に抵抗できる死学の2年生が一人でもいるかどうか。因みに俺はいないに賭けた」
「……」
馬鹿らしいと無視を決め込み俺は魔力を練って、目の前にある死学の保健室と黒学の保健室の空間を繋げた。
今日はペア発表だか何だかで死学に来ている。俺はパートナーなどどうでも良い。実習でペアを組もうが相手に合わせるつもりはない……誰でも一緒だ。俺は好きにさせてもらう。
ガラリと音を立てて扉を開けるとそこは死学ではなく黒学の保健室が広がっていた。別に死学の保健室でも良いのだが邪魔が入ると不快なので態々(わざわざ)空間魔法を使って繋げたのである。面倒だったが普通に入れば死学の保健室に辿りつく様に小細工をし、罠もいくつか仕掛けた。これで空間魔法を使えない死神は勿論、悪魔も容易には此処に入れないだろう。
俺はそこへ足を踏み込んだ。
「こりゃまたえらく厳重にしたな。それ、引っかかったら死ぬんじゃね?」
恐らく仕掛けた罠の事を言っているのだろう。軽い調子で担任が言う。
俺が仕掛けた罠は5つ。それは進むほど強力なものになっている。4つは警告用の軽い罠だが最後のものは殺すつもりで仕掛けた。……まぁそこまで進める奴は後ろに立っている男くらいしかいないので最後はそいつ用なのだが。
「……寝る」
「あーはいはい。まぁお前が居なくても勝ちは決定だしな」
扉を閉める前、にやりと笑う担任の顔が目に入った。何を賭けたのかまでは分からないがアイツにとっては余程良いことらしい。
まぁどうでもいいが。
俺はベッドに入って目を閉じた__
__誰かが此処に来る。
結界に触れる振動を感じ、俺は目を覚ました。そして微かに眉間に皺を寄せる。
……何かがおかしい。
確かそいつはこちらに向かってはいるのだが罠が発動していないのだ。罠が発動しない為には空間魔法を使い、俺が通った道筋を寸分の狂いもなく辿らなければいけない。そんな所業はあの担任だって出来ないというのに。
……一体誰だ?
俺が横になったまま頭だけ扉の方へ向けた時、ガラガラとゆっくりそれが開く音が聞こえた。ベッド周りのカーテンが引いてあるのでまだその姿を見ることはできない。
ガタゴトと物音を立てながら少しずつこちらへ進んでくる侵入者……何をしているのだろうか。
眉を顰めたとき、侵入者の手がカーテンに掛かった。そしてそっと引かれる。
…………女?
そこにはえらく顔色の悪い女が立っていた。死学の制服を着ている……制服の色から同学年だと分かった。……でも何故空間魔法が使えない筈の死神が此処に?
「………………ベッド」
その女はボソリとそう呟いて転がるように俺が居るベッドへ入ってきた。……どうやら俺が居るということを気付いていないらしい。先程もこちらを見てはいたがその虚ろな目にはベッドしか映っていないようだった。
危害を加えるわけでもなさそうなので俺はそのままその女を観察することにした。
女は一つ長い溜息を吐いた後、何やらごそごそし出した。顔色は相変わらず悪いままだが何故か幸せそうな表情を浮かべている。
「…………んふふ」
「……」
奇妙な声を発したと思えば、頭を枕へぐりぐり押し付け、足を小さくぱたぱたとばたつかせ、そして布団を愛しそうに撫でている……何がしたいんだこの女。
俺がその奇行を眺めているとゴロリとこちらへ寝返りをうち、身体同士がぶつかった。……これは流石に気が付くだろう。
そう思っていたのだがその女の目は閉じたまま何故か俺に抱き付いてきた。そして手をごそごそと動かし身体に触ってくる………………痴女だろうか。
しかし先程までの幸せそうな表情は消え去り、今度は眉間に皺を寄せ、たいそう不服そうな表情をしている。
この女は本当に何がしたいのだろうか。
じっと顔を見ているとそっと女の目が開いた。
明るい茶色をした二つの目と俺のそれがかち合う。
「…………人型の抱き枕とか……ないわー……」
意味が分からん。
この理解不能な女の行動と言動に俺は眉を顰めた。
そんな俺を女は相変わらずの不服顔で幾許か見つめる。そういえば初対面の女でこんな態度をとられるのは初めてだとどこか頭の隅で考えた。
「……悪魔だし」
怪訝な表情で溜息を吐き出し、心底嫌そうな声音で言葉を零す女。
悪魔と何かあったのだろうか。しかし俺はこの女に何もしていない……寧ろ現在進行形でセクハラ紛いな事をされている。
さてどうするかと考えていたら急に女の様子が変わった。今まで怪訝だった表情が不思議そうな表情になりこちらをじっと見てくる。……と思えば今度は自分の腕に目を遣り徐々に目が見開いていった。…………随分と忙しい顔だ。
「……すみません、ごめんなさい、お邪魔しました」
どうやらやっと状況が把握できたようだ。女はそう告げ腕を放し、もそもそとベッドを降りていくのを見送る。
床に足を付いて立ち上がった瞬間、呻きながらぐらりと身体が傾いていき、女の姿が俺の視界から消えた。
そして床にどさりと倒れる音と共に「ぶっ」という間抜けな声が聞こえた……どうやら顔面を打ったらしい。
直ぐ起き上がると思われたその女は中々起き上がらない。俺は身体を起こし、ベッド横の床を覗いてみるとその女がうつ伏せで倒れていた。女は心底悔しそうな顔で呟く。
「…………うぅー、くそう……鱗翅類め……」
……鱗翅類?
思いもよらなかった単語に俺は思わず首を傾げた。
…………コイツは蝶々と戦ったとでもいうのか?
そしてこの有様になったというのか?
しかしそんな凶暴な蝶々がいると聞いたことがない。ひらひらと宙を舞っているだけだ。
……やはり意味が分からない。
「……おい」
俺はついに女に声を掛けた。だが一向に返事は帰ってこない。
ベッドから降り、近寄るとすやすやと寝息が聞こえてきた……どうやら寝ているようだ。
俺は何をするでもなく再びベッドへと戻る。放置したまま寝ようとしたのだ。
寝転んだとき視界の端にうつぶせ状態のままの女が映る。
目を閉じても何故か気になり一向に眠気が訪れることはなかった。
「……」
……邪魔だ。
俺は起き上がり再びベッドを降りた。
そしてその安眠妨害をする女を抱え、今まで使っていたベッドへと下ろし、自分はベッドサイドにあった椅子に腰掛け、寝ている女へと視線を遣る。
……一体何者だろうか。
冷たく固い床から再び暖かく柔らかなベッドへ戻ったからか、女は顔色は悪いままだが幸せそうな顔ですやすやと寝ている。
その様子を暫し眺めた後、俺は棚から一冊の本を取り出しページを開いた。
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