【イズミ先生視点】 悪魔と賭け事(中) ※本編6話目読了後推奨
ネタバレがございますので本編小説『死神亜種』の6話目読了後を推奨します。
悪魔と賭け事(上)の続きです。
本日もどうぞ宜しくお願い致します。
取引関係は悪魔の十八番だ。気を付けてはいたのだがどうやら私はやらかしてしまったらしい。
全員が入り終えたのを見送ってから痛む頭に手を遣って深い溜め息を吐きだし、ジロリと睨みつけるように隣を見た。
「……さて、賭けをしましょうか」
「……私、一言も賭るだなんて言っていませんが」
「そうでしたっけ?でも俺は条件を呑みましたよ、ちゃんと」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる男。ちょっと抵抗してみたが無駄なようだ。何を言ってもあれよこれよと言い包められる気がしてならない。
私はまた深い溜め息を零し、口を開いた。
「……賭けの内容は何でしょうか」
「流石はイズミ先生。話が早い」
私が諦めた様子を認めた彼はニヤニヤとした顔のままそう言った。……どうしよう。物凄く切り刻みたい。
溢れる殺意を拳に力を入れて何とか止めた。
「賭けはそうですね……悪魔の魅惑に抵抗できる死学の2年生が一人でもいるかどうか……でどうです?」
「……」
……とても難しい賭けを出された。思わず眉間に皺が寄る。
教師としても私自身としても答えは『いる』だ。それは願いでもあるし、実際いるという確信でもある。しかし抵抗の度合いによっては抵抗と見なされないかもしれない。……例えば口では抵抗できていても態度、つまり顔が赤くなるなどしてしまえば抵抗と取られないかもしれないのだ。
どこまでが抵抗と取れるか。その線引きが重要となってくる。
「……抵抗とは何処までがそれと言えますか?」
「おや、用心深いですね」
「当たり前です」
何せ相手は悪魔だ。何処に穴を見つけて付け込んでくるか分かったものじゃない。
私がジロリと睨みつけると彼は少し考えた様子を見せ、「そうですねぇ」と一言置いた後話し始めた。
「……では逆にイズミ先生は何処までが抵抗と見做しますか?」
____しまった。
その言葉を聞いて目を見開く。用心するつもりが墓穴を掘ってしまった。これでは容易に低い場所へ線引きを提示することが出来ない。
………………やはり賭ってはいけなかった。
彼を見るとニヤニヤと意地悪く笑っていた。……これだから悪魔は嫌なのだ。
「まさか言葉だけで抵抗と見做すとは言いませんよね?俺からすれば顔が赤い時点で堕ちてますよ」
「……」
内心舌打ちをする。先手を打たれた。これではその条件を提示することなどできない。
彼は鬱陶しいくらい私の性格を把握している。ここで「それです」と言うのはプライドが許さないのだ。
何か、何か考えなければ……何処かに突破口が必ずあるはずだ。
「イズミ先生なら避ける、くらい言ってのけてくれそうですがね。生徒想いですし?あ、勿論赤面しない前提ですよ」
……何か、何かないだろうか。
「貴方の優秀な生徒さん達です。それくらいできないこともないでしょう?」
……………何か……。
「まさか全員揃って諂っちゃいます?それはとんだ笑い種で――」
「それで」
目の前の男の言葉に自分の言葉を被せ、それ以上は言わせないとばかりに遮る。
私の中で何かが鈍い音を立てて切れた。身体から静かに、だが確実に殺気が溢れていることは自覚しているが止めようがない。
罠にかかっているのは重々承知だ。……それでもこれ以上こんな男なんかに私の生徒を侮辱させるわけにはいかない。
「……へぇ?それってどれです?」
「貴方が先程提示したものです。物足りませんか?……――――何なら平手打ちも付け加えましょうか」
私のその言葉に目の前の男が息を飲む気配がした。私がそこまで言うとは予想していなかったのだろう。ナメてもらっては困る。いく時はとことんいかせてもらう。
「駄目ですかね?」
「……いえ、それで良いですよ。じゃあ俺は『いない』に賭けますね」
そう言って彼はまた元通りあの癇に障るニヤリとした表情を浮かべた。彼からすれば、期待以上の反応、といった所だろうか。
正直私も無謀な賭けだとは思う。だが確率はいくらゼロに近くともゼロそのものではない。
後はあの子達に託すだけだ。私の自慢の生徒達はきっとやってくれる。
「あ、俺が勝ったらデートして下さいね」
「……」
……やってくれる事を本気で祈った。
私の無言を肯定と取ったのか、彼は上機嫌で講堂に入って行った。その背中を射殺さんばかりに睨みつけた後、私も講堂へと足を踏み入れる。
「…………………………」
……本気であの男を鎌の錆にしてくれようか。
確かに彼は生徒を講堂へ詰め込んだ…………言葉通りに。
講堂内で自由奔放に騒いでいる生徒達を据わった目で見遣る。
「すみません、少し外しますね」
「――ッ!ちょっと待って下さい!」
生徒をぐるりと見回した彼はそう一言告げると私の制止の言葉を無視してサッサと講堂から出て行ってしまった。
「……」
私はもう本日何回目になるかわからない深い溜息を吐き出した。
暫く経ってあの男は帰ってきたが、手伝うはずもなく、結局彼等を着席させるのに時間を要し、予定時間に遅れてしまったのだった。
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