白衣のミステリアス・レディ
「ゴメン、待った?」
「あ、はい。少々」
「いや、そこは嘘でも『僕も今来たところです』でしょ」
「は?」
なんて頭の悪いやりとりは気にしないことにして。
学校終わり、屋上での私と八雲の会話である。買い物1日目で既に派手にやって、もう辞めたいとか思ったわけだけど……今日も今日とて予定があるわけで……そしてその目的地に向かうために、こうして屋上で待ち合わせしてたわけで……。
ま、モノローグでどんだけ愚痴言ったところで何かが変わるわけでもないわね。
「さっさと済ませちゃいましょ。今日は確か……食料品よね?」
「はい。えっと……どこで買うのがいいですかね?」
この時代、この地域の地理がない八雲にとっては当然の質問だ。ここで本来なら、『スーパーマーケット』など、多種類の食材をまとめ買いできる所を選択すべきなのだろうが……下手にそんな所に連れて行って自由に買い物させでもしたら、また……
『ここからここまで!』
あ、あり得る……。い、いや、下手すりゃ店のもの全種類買うとか言い出しかねない……。なので、私は授業時間を削ってこの男にまともな買い物をさせる手段を考えた。おかげで授業ノートが3時限分ほど真っ白になったけど、このくらい後ですみれの奴にでも見せてもらえばどうにでもなる。なので気にするは必要なぁーし!
と、いうわけで……ミッションスタート!
☆☆☆
「ヘイいらっしゃい若葉ちゃ……お? 誰だい隣の坊ちゃんは?」
と、私たちが一件目に訪れた八百屋のおっちゃんが、目ざとく私の隣の八雲に目をつけた。まあ、当然よね。私だいたいここには1人で来るし、白学ランなんて服装、ただでさえ目を引くもの。
おっちゃんは私と八雲を交互に見ると、合点が行ったように指を鳴らして、
「ははぁ、こりゃあたまげた! まさか若葉ちゃんにこんな『いけめん』の彼氏が……」
「違いますよ! こいつは……」
やれやれ、予想しないではなかったけど……やっぱり間違えられたか。あーやだやだ。
余計な勘違いが定着する前に、きちっと誤解を解いておく。八雲のことは、旅行でこの辺に来てる知り合いの男の子、ってことにしておいた。決して私の彼氏でも、それに準ずる深い関係でもないこと、そしてこいつはすぐに帰るがゆえに、顔や名前を覚えていても意味はないから私と買い物に来たことも含めてさっさと忘れるように、と釘を刺すことを忘れない。
ちなみに、
「どうも、八神です。以後お見知り置きを」
「お見知り置かなくていいからね、おっちゃん」
八雲は事前に決めておいた偽名『八神ハク』を名乗っている。未来人的にもあまり自分の名前がこの時代に残るのは好ましくないらしく、昨日から使っていた偽名だ。
活字的に『八』と『ハ』が被っているあたりコイツのネーミングセンスが嘆息ものだとわかるんだけど、気にするまい。
「そうかそうか、八神君ね。それで、今日は何にする?」
「えっとね……カレー作ろうと思ってるの、野菜たっぷりで。材料見つくろってくれない?」
「あいよっ!」
元気のいい返事とともに、おっちゃんは定番のジャガイモ、ニンジン、タマネギに加え、ナス、カボチャ、アスパラなどの野菜を選んでいる。よし、予想通り……。
八雲の欲しいものの種類は膨大な数だから、1つの店で買おうとすると富豪買いになってパニックになる。ならば……バラして買う他あるまい。
まずはこのおっちゃんの店で、カレーの材料と称して、定番3品とトッピング野菜を一通りゲット。 さて、次はホラ、あんたよ八雲。
「あ、じゃあ僕は鍋にしたいんですけど」
と、今度は八雲の夕食という名目で、鍋の食材(白菜、春菊など)をゲット。よし、これでこの店はクリアね。おっちゃんに挨拶して店を出る。さて次は……
☆☆☆
「やあ若葉ちゃん。彼氏?」
「違うってば、魚屋のおっちゃん!」
そう、魚屋。ここでもとりあえず誤解を解いた後、同じ手で行く。
「さ、今日は何にしようか?」
「私は今晩、焼き魚と海鮮のごった煮作ろうかなー、と」
「僕のとこはちらし寿司なんです。見つくろいお願いします」
「あいよっ!」
こうして、サンマ、マグロ、ホタテ、エビ、その他魚介類をゲット。
ところで、さっきからすごい量の買い物をしつつ、荷物はどうなっているのか気になっている諸君、鋭い。荷物は買い物の度に、裏路地に行って八雲が『転送』しているのだ。どこにって……どこかは知らないけど、多分、八雲の家の冷蔵庫に。
見せてもらったけど、6角形のトレー(折りたたみ式)みたいなヤツを展開した上にプラズマみたいなのがバチバチ走って、その上に荷物を置くと、一瞬でそれがかき消えてワープ、っていう感じだった。
そんな感じで、私たちは買い物を続けた。再び八百屋(別の)、魚屋、肉屋、和・洋菓子店、肉屋……(以下省略)と来て、怪しまれないように店舗の立地にも気を付けつつ、しまいには町の外にまで足を延ばして買い物を続けた。やれやれ、大体の食材は揃ったかしらね……。
「もういいんじゃない? 店出せるわよ、今まで買ったやつで」
「いえ、店は出すつもりないんですけど」
「それはわかってるから。もうこのくらいでいいんじゃないの、っての」
肉に魚、野菜に果物、和菓子洋菓子スナック菓子……全部合計すると、3、400種類にはなるだろう。さすがにもう……
「あ、でも最後にここで」
「はいはい……」
まだあんのかい。ま、『最後』って言ってたからいいか……。それで、どこよ?八雲が指さす先に目をやると……
「ここで買い物を……」
「却下」
「ええっ、そんな!?」
や、驚くなよ。未成年が酒屋で酒買えるはずないでしょーが。それとも未来では違うの?
「で、でも、資料としてはその、ぜひ欲しいんですけど……」
「そう言われても、こればっかりはねー……」
協力の約束はしたけど、さすがにそのせいで補導されかねないような危ない橋は渡りたくないなぁ……。自販機で買おうにも、人目が多いし……第一それだと、せいぜいビールとカップ酒くらいしか買えないだろうし……。はあ、やっぱここは諦めてもら……
と、
「おいコラ、何してんだ少年少女」
「「!」」
酒屋の前にたたずむ私たち(どうみても未成年)に、背後から突然かけられた声。真っ先に頭をよぎったのは『警官!?』だったけども、その一瞬後、私はその声が聞き覚えのあるものであることに気付いた。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは……
「げっ! は……葉桜先生!?」
「まてコラ、2年1組出席番号19の常盤若葉。テメ教師に向かって『げっ!』とは何だ」
「あっ、や、それはその……」
な、何でこの人がここにいんの~……!?
この人の顔を誰が見間違うものか。青林学園の養護教諭兼生活指導・葉桜翠。今年から入った、ちょっとした『名物先生』だ。
まず、言動と風貌。女教師らしからぬぶっきらぼうな口調に、養護教諭らしからぬ長い金髪をポニーテールにまとめ、伊達眼鏡とスカルの指輪をつけている。性格はフランクというよりズボラで、職場であるはずの保健室からたびたび姿を消す。本人いわく、好きな言葉は『独立独歩』『自然淘汰』『弱肉強食』……だそうだ。
の割に、いつでもどこでも着ている白衣は常にピカピカでシワ1つ無く、頭も良くて全校生徒の顔と名前と所属と番号を覚えているらしいという、よくわからない先生だ。噂では元ヤンとか何とか言われてるけど……なぜか他の先生方を含めて真実を知る者は誰もいない。ミステリー。……って解説してる場合じゃなくて、
「で、何してんだお前ら? 酒屋の前でコソコソと……挙動不審だぞ。指導室行くか?」
「い、いいいいえっ! 何でもないんですっ! そ、その……私たち、みりん! みりん買いに来たんです! お酒じゃなく!」
「え? みりんならさっきスーパーで買ってモゴモゴ」
黙ってろ!
「ほー……?」
ジト目で見てくる葉桜先生。うう……お願い、信じて……!
そのまましばらく私が動かずにいると、葉桜先生はふぅ、とため息をついて、
「ま、そういうことにしといてやるか。さっさと帰れよ、お前ら」
よ、良かった……しのげた……。
先生はそれ以上何も言わず、あくびをしながらすたすたとその場を去……ると思ったら、
「買い物もいいけどな、あんまり目立ち過ぎんなよ、怪しまれるぞ?」
と唐突に言い、私を、そして八雲をチラ見して歩き去った。いやその……今まさに怪しまれましたけど、あなたに。まあ、忠告だと思って受け取っておこう。
ともかく、酒を買うのは無理ってことで八雲にしぶしぶ納得してもらって、今日はお開き、っていうことになった。続きはまた明日。
……しかし、明日は今日以上に慎重にいかないとな~……葉桜先生にも見られちゃったし……。
……ん?
そういえば葉桜先生……私が知らない男子学生(八雲)と一緒にいるとこに触れもしなかったな……何でだろ?