未来人の自由研究
待て待て、落ち着け私。そしてもう一度よく思い出すのよ、
こいつ何言った? 西暦3285年……未来人……確かにそう言った。時間跳躍機構とか何とかを使ってこの『時代』に来た……とも。
普通ならこんなこと言う人は、首かどこかに『この人は精神病患者です。病院外で見つけられた方は以下の連絡先まで』とか何とか書かれたカードがかかってると思うんだけど……見た感じそういった類のものは無いし、会話からもそんな様子は見られない。
すなわち、こいつはちゃんとした正気の状態で、大真面目に言ってることになる。
おまけに、今なんだかテレポートみたいな体験しちゃったし……。私の知る限り、現代科学の技術では学校からさっきまでいた砂浜までの約4kmもの距離を一瞬で移動するなんて真似は不可能のはず。ってことは……あながち嘘じゃないの……かも……?
とまあそんな自問自答(『答』ないけど)を繰り返しつつ、私はこの少年、八雲琥珀と共に浜を離れ、街へ続く砂利道を歩いている。
「……それで?」
「はい?」
私は私の後ろを歩く八雲に向かって乱暴に言った。
「まあ。1度引き受けたことだし、今更文句は言わないけどさ……取材って具体的には私何をすればいいわけ?」
漠然とな説明は受けてたけど、やはり未だにわかっていない事柄を聞いてみた。何なのかしら? 未来人(自称)が過去の人間に聞きたいことって。
「そうですね、まずどこから話せばいいのか……僕が未来人だという話は信じていただけました?」
「まあ、普通じゃないな、ってくらいの認識でならね」
「それで十分です」
そう言うと、八雲は懐から唐突に小さな長方形のプレートを取り出してみせた。
そこに変な紋章と『IGSS東京校高等部』と書かれているのが目に入り、これはこいつの身分証明書か何かなのだと気付いたその瞬間、
フォン、という音と共にその上に、
「立体映像です。ご存知ですか?」
「ま、まあ。見るのは初めてだけどね」
その始めて見る立体映像には、何やら生徒手帳に書いてありそうな事柄が網羅されていた。っていうか、それ学生証なのね。えーと……『IGSS』…………『International General Science School』……? 直訳で……国際総合化学学校? なんかスゴそうなとこね?
「ご覧頂けるとおり、僕、学生をやっているんですけど……今、夏休みの課題をやってるんですよ」
「うんうん」
今、春真っ盛りなんだけど。
でも、そこはまあタイムマシンで季節とかもすっ飛ばしたんだろうから、気にするべき所じゃないのか。こいつがいた『元の時代』が夏だったってだけだろうし。
「それで、その……自由研究の課題に迷ってたんですけど、ふと、昔の人の生活を研究するのが面白そうだな、って思って……」
……で?
「それで迷った末、21世紀初頭の人々の生活をレポートにまとめてみたいな、と思いまして」
今のこいつの隣に描き文字を入れるなら『てへっ』かしら。
つまりアレか、あんたは夏休みの自由研究のために1275年もの時を越えて現代に来たってのか。たかが学校の宿題のために。
何なのかしらこの感じ? 突っ込みどころなんだけど、スケールも思考も手段も何もかも色々アレすぎて何も言う気にならない……。自由研究なんて、私なんか最後にやった自由研究、軒下に巣作ってたよくわかんない鳥の観察だったわよ。文句あるか。
そして、その自由研究のための資料収集ってのが……
「はい、あなたにお願いする『取材』になります」
やっぱりか……。
そのあと、道中で詳しく聞いたところによると、
こいつがこの町に(というか、この時代に)滞在するのは、大体1週間くらいで、その間にできる限りこの時代の情報を集めたいらしい。整理してレポートにまとめるのは未来に帰ってからもできるから、とにかくいろんな種類の情報ができる限りの量ほしいとか。
とはいっても、地理もなく、この時代でどこに行けばどんな情報があるかなんてのもわからないこいつは、どうしたもんかと悩んでいたらしい。すると、そこに優しく声をかけてきてくれた女性が……ってコレ私か。
いやいやちょっと待ちなさい、私は別に昨日の夜、あんたを助けるつもりで声をかけたんじゃないからね? ていうか、あの流れ星あんただったの? 未来から来たまさにその時のっていう……ぐあ、真剣に祈って損した。
ともかく、あんたは私にそういうこと全般の情報、それに、どこに行けばどんな情報が得られるか、っていうことについても教えてほしいわけね?
「はい。さすがに1000年以上前ともなると資料が乏しくて、このあたり、一体どこがどういう感じになってたのかわからないんです。なので、このあたりの地理に詳しい現地民の方の協力者が欲しいと思いまして」
日本が世界有数の技術先進国って言われてるこの『現代』が、歴史の授業で見る日本みたいな言われ方してる。なんか変な感じ……。
ま、いいや。思ったよりは長いことかかりそうで大変そうだけど、そこまででもなさそうだし……部活も朝連もなしで比較的暇な私なら、空き時間にでも話聞いてあげるだけで十分でしょ。
自由時間が少なくなるのはちょっと嫌だけど……こいつの話だと、『取材に関して必要なサポートは全てこちらでさせてもらう』って。
つまり、資料館とか博物館とか見て回る時の入館料なんかはもちろん、食事代、交通費、書籍・資料代なんかの必要経費は全部こいつが出すってことらしい。しかも、必要ならあのテレポートも使ってくれるって。こりゃ好都合、取材と称してあれ使ってもらえば、勧誘の連中に見つかることなく学校を出られるし、その他の移動も一瞬になるじゃん。
それなら、私にとってのメリットも大きいし……引き受けてやってもいいかな?
けどまあ、さすがに今は放課後からさらに時間が経ってるし……これから青葉の病院にも行きたいから、今日はご勘弁願おうかしら。
と、話してみたら、
「あ、はい、そういうことでしたら構いませんよ」
恒例のスマイルで気持ちよく承諾してくれた。
そのあとすぐに懐から、今度は……昨日の夜に見た、折り畳み式の携帯のようなメカを取り出して何やらいじり始めた。よく見ると……これも立体映像だ。
「でしたら……明日またあらためて、ということでよろしいですか? 時間は放課後で」
「いいわよ? どこで待ってればいい?」
「今日と同じく屋上では? まあ、空間転移使えますから、学校から出る分にはどこで待ち合わせてもいいんですけど」
おお、明日もあれ使ってくれるってか。そりゃいいわね。
ていうか、それスケジュールとか入れられるんだ? やっぱ携帯?
「わかった、じゃあ明日ね。私これから用事あるから」
「はい、では失礼します」
と、そう言って八雲は踵を返して空を……ん!? ちょ……空飛んだ!?
うわ~……さすが未来人、そんなこともできるんだ……って待て待て! さすがにそれは目立つって! 大騒ぎになるでしょ……って、ああ、そういえば見えないんだっけ。
何でも光の屈折とか何とか使った特殊迷彩システムで、こいつの姿は見えないようにできるらしい。なるほど……普通の人に姿が見えないのはそういうわけだったのね。
でも、何で私には見えるのよ? もしかして、私がある種の『選ばれた存在』だから……うわ、何それ、ちっとも嬉しくない。
まあいいや、今度聞いてみよ。
そんなことを考えているうちに、八雲はどういう原理でか噴射も翼も何もなしに空中に浮かび、そのままどこかへ飛び去った。やれやれ……何でもありね。
ともかく、あいつを気にしてても仕方ないわ。今優先すべきは病院にいる青葉のお見舞いに行くこと。約束してた時間には……ちょっと遅くなっちゃったか。穴埋めにフルーツでも買っていこうかな。ちょうどいいや、あの商店街とおると近道だし。
頭の中を未来少年から病気の弟にきっぱり切り替えて、夕方の時間帯に突入して安くなっているかもしれないリンゴとモモを買うために、私は100mを11秒ちょっとで走る足をフル稼働して八百屋さんへ走った。