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八雲レポート  作者: 和尚
26/26

そして、夏

 2010年 ある夏の日 屋上


「…………暑…………」


 陽炎がそこらに見られるようになり、気温、湿度共に上昇し始めた今は、梅雨も初夏も過ぎた夏本番まっ盛り。……あいつが帰ってから、既に2ヶ月くらい経っていた。

 あの後、色々と変わったことや、元通りになったことがあった。

 白川先生の失踪については、『時空警察が来て未来に連行されました』なんて言えるはずもないので、桜井先生が手をまわして『実家の都合で帰りました』てな感じでまとめた。クラス担任教師の突然の退職とあってさすがに一時は話題となったが、代行の教師がすぐに来たので、みんな割とすぐ話題にしなくなった。

 クラスのみんなはあの後2、3日で全員が完全復活。無論、琴子も、青葉もだ。

 琴子は復活後、無事レギュラーとして大会に出場。地区大会、県大会を通過するものの、ブロック大会で惜しくも敗け、『秋の大会でリベンジする!』と意気込んでいた。

 青葉の方も復活し、約束通り作ってあげた『若葉特製フルコース』をぺろりと平らげ、満足そうに笑っていた。あの笑顔を思い出すと、ふっと口元がゆるむ。

 みんな元通りになって、前までと同じようにワイワイ騒いで楽しくやれている。無論、私もそういう風にやれてるけど……


 ……やっぱ、何か『足りない』っていう点は否めない。


「はー……未来人のくせに記憶消去とかしないで帰るんだもんな、あいつ……してほしくないけど」

「何ブツブツ言ってんの、若葉?」

「ん? ……ああ、琴子」

 と、私の視界に、逆さの……つまり、寝転んでる私の顔を頭側から覗き込んでいる、竹内琴子の顔が入ってきた。

「最近あんた、ここ来るの好きね? もう部の勧誘も収まったのに……」

「……ん、まあ、気まぐれよ」

「噂になったわよね? 宇宙人と交信してる……って」

「ああ……そーいえば、オカルト研の奴からインタビューされたっけ」

 全く……あたしゃ別にキャトられてもないし、頭にチップ埋め込まれてもいないっての。

 ……まあ、でも……

「未来人となら交信してみたいけどね」

「は?」

「なんでもない。それより……何か用?」

 と、琴子は私に聞かれてようやく思い出したように、

「あ、うん。葉桜先生が呼んでた。なるべく早くって」

「さく……葉桜先生が?」


☆☆☆


 変わったところ、まだあった。

 葉桜先生もとい、桜井先生と過ごす時間が増えた。既に事情を知ってるということで、色々と仕事を手伝ってもらう上で都合がいいらしく、たびたび呼び出される。まあ、別にいいんだけどね、どうせ暇だし、合間合間に未来の面白い話とか聞かせてもらえるし。たまにアイスとかおごってもらえるし。

 そういえば、最後まで謎だった『何で私にはステルスかけてる琥珀が見えたのか』っていう疑問の答えも、桜井先生に教えてもらった。

 どうやら、私が弟と同じく『赤鬼病』の病原菌入りジュースを飲んだ際、なんと私の体はその驚異的な免疫機能でもって抗体を作成し、症状が出る暇もなく自然治癒させてしまったのだという。

 ただ、その際に目にまで入り込んでいたウイルスの影響で、私の両目の構造が若干突然変異したらしい。……何だっけ? その……常人の約数千倍の偏角・偏波長光線を受容することができるように……まあ早い話が、普通の目とは違うすごい目になって、あらゆる光学ステルスを無力化する力を持つとのことだ。視力なんか両目4.0になってたし。

 『後遺症』と呼べる形でそのまま残ったそれは、ワクチンでも治らないらしい。まあ……別に日常生活に何ら差しさわりはないからいいけど。

 でもまあ……変な偶然ね。病気のおかげで手に入れた目のおかげで、八雲とであえた……そして、みんな助けることができた……。運命的じゃない?

 ……とまあ、だいぶ脱線したけど、今日の仕事は『資料整理』だった。それがまた結構な量だったせいで、すっかり暗くなってしまった。時刻は……午後6時55分。

「さて……すっかり遅くなっちまったな、悪いな常盤」

「いいですよ、今日は青葉も夜練で遅いんで」

 夜は冷蔵庫の中にドリアがあるよ……って言ってあるしね。

「ああ……剣道部だっけか? 全国で準々決勝行ったらしいじゃん、すげーな」

「えへへ……私も練習の相手してあげた甲斐がありました。」

「相手? 大丈夫なのかお前、怪我とか。剣道初心者なんだろ?」

「大丈夫ですよ? 今のところ生涯戦績196対4で勝ち越してますし」

「全中ベスト8相手に何だその数字……?」

 と、先生はため息をついたところで、

「ま、いいか……ところで常盤。今日の礼ってわけじゃないが……」

「はい? 何……え?」

 と、先生はポンと肩に手をやって、次の瞬間、


 ギュオン


「!?」

 耳慣れた音と、体に染みついた浮遊感が私を包み……暗転した視界が回復すると、私は見慣れた学校の屋上にいた。

 えっと……何でテレポート? しかも屋上?

「あの……先生……何を……」

「上、見てみ?」

「上?」

 言われた通り上を見る。そこには……特に何の変哲もない、満天の星空。

「夏の大三角形、見えるか?」

「? ええ……見えますけど、よく」

 デネブ、ベガ、アルタイル……3つの特に輝く星からなる3角形が、きらりと夜空を彩っている。私……昔っからこういうの好きだっけな……やっぱきれいだし。

 でも……それが何か? お礼とか、意味がよく……

「見ててみ? アレ今から、夏の大平行四辺形になっから」

「は!?」

「いいから……お、10……9……8……」

 !? あの……全く意味わからないんですけど。

 怪しげなカウントダウンを始めた桜井先生は、何を聞いても応えてくれない。仕方がないので、黙って空を見ていると……

「2……1……ピカッ! ……ってか」


 ……ん?


 何か今光った……っていうか、アレ!? ホントに明るい星が一つ増えて、三角形が平行四辺形に!? ちょ……何これ、超常現象!?

 ていうか……だんだんあの星大きく明るくなって……え!? もしかしてアレ、落ちてきてる!? まっすぐこの辺に!? アレ流れ星!? 隕石!?

 ちょ、ホント待て! 学校とかこの辺に隕石なんて落ちたら大変なことに……ん!?


 『流れ星』……そのフレーズに私が妙な違和感を抱き、思考がその一瞬だけ停止した間に、

 その『流れ星』は、目も眩むほどの強さの光とともに……この屋上に一直線に落下した。ただし、異様なことに……何も破壊することなく。

 飛来の際に巻き起こった爆風にひるんでいる私が、全く動揺していない桜井先生の分も動揺しながら、未だ強烈な光を放ち続けているその流れ星をどうにか見ると……

 その光はすぐにおさまり……その中から…………



「あ、ども、若葉さん」

「………………………………………………は?」



 いや、ちょ……こ……こ…………



「琥珀―――――!!?」



 2か月前に未来に帰っていった……八雲琥珀がそこに立っていた。

 特徴的な白学ランといい、その明るい茶髪といい……間違いない。私とともに数々のクラスメイトを死の危機から救った、見た目はただの天然少年、その実態はSSランクの超天才科学者、っていうか未来人、八雲琥珀本人だ。

 あの、ちょっと、話がまだ見えない……え!? 何で琥珀がここに!? 帰ってきたの!?

「ちょ……何で!? 何でまたこの時代に来てんの!?」

「え? いやほら……夏ですから」

「理由になってないよ!? 日本語話そう!?」

 私の脳内辞書にある限りでは、『夏』という単語にそれほど深い意味はないはず。

 と、パニック状態になってる私を何とか落ち着かせようと、ぽんぽんと両肩を叩きながら琥珀は、

「いや、だからほら、僕……前回春に来た時に、色々買い物したじゃないですか?」

「え? あ……まあ、そうだったわね?」

「それでほら……夏は夏で、夏しか手に入らないものがあるじゃないですか? ほら……かき氷とか、水風船とか」

 なん?

 え、ちょ……まさか……

「あとはまあ、旬ものの夏野菜とか……そういうもの買いたくて、また来ました」

「お前は!」

 また『ちょっとデパートまで』感覚で時間超えて買い物に来たんかい! いや、どうせ研究のためなんだろうけど!

 ていうか、もう自由研究終わったんじゃないの!? まさか、あんた趣味で……

「あ、いえ、まだ自由研究終わってませんし……っていうか、僕的にはまだ、若葉さんや翡翠姉さんと別れて1日経ってないので」

「はぁ!? 何言ってんの、もう2カ月……」

 と、そこまで言って、気付いた。たしかコイツ……季節とか、時間軸とか関係なく飛んでこられる……。ということはまさか……

 その疑問にため息交じりに答えてくれたのは、桜井先生だった。

「要するにコイツ、未来に戻った『次の日』の琥珀なんだよ。こいつは向こうに戻って、1日かけて集めた資料全部整理して、かんたんにレポートの草案書いて、で、すぐこっちに戻ってきたわけ。こっちの季節が『夏』にシフトしてる時期を選んで」

 ……つーことは何か、私や桜井先生はあんたと会わずに2カ月過ごしたってのに、あんた的には昨日私たちと別れたばっかりなわけか?

 な、なんでそんなトンボ返りな……ていうか、今の話だと……つまり……

「今……つまり、『夏』また来た、ってことは……この後帰ったとして、『秋』と『冬』もまた来ると?」

「もちろん! 旬ものをその他、有力な資料をコンプリートしに。あと、夏の風物詩なども経験しに。自由研究は完璧にしたいですから!」

「………………………………」

 なんか……何も言えない……。

 この男……どうやら向こうでのひと夏(しかもその数日)のうちに、この過去の世界の春夏秋冬全部を訪れるつもりらしい。で……その案内を私にやれと……?

「ご安心ください。今回は、若葉さんの夏休みが1カ月ということを考慮しまして、その期間にあうように1カ月超の期間をとってありますから」

 夏休み全部使ってお前の案内しろってか!? どのへんで安心すんのよ!?

 ああもう……全然ゆっくりできなさそう……夏休み、来週からなのに……。

 ため息をこらえられなかったけど……本心の中では、私は既に『どこに連れて行ったらいいかな』なんてことを考えていた。……なんだかんだ言って、コイツといると退屈しないし……賑やかでいいのよね、なんか。

 しゃーないな、やってやるか……もう、乗りかかった船だ!

 と、いつの間にか顔が笑っていたらしい私を見て、

「よし! んじゃ、せっかく久しぶりに3人そろったんだし、飯でも食いに行くか!」

「「賛成―――っ!」」

 金はお前持ちな、と付け足すのを忘れない桜井先生の提案で、私たちは手始めに『夏のカラオケ屋(メニュー片っ端から注文)』から、八雲のレポートの『夏編』をスタートさせることにした。……って、絵日記になりそうね。


 色々と予想外すぎて正直パニクってるけど、こうなったらもう、本気でやってあげる! 海にプール、夏祭りに花火大会、肝試しにキャンプ、そして夏休みの宿題の分担作業まで、余すことなくとことん2010年の夏を堪能させてやるわ! 軍資金はコイツ持ちで!

 またいつか未来に帰っちゃうその時まで、絶対忘れられない夏をあんたに経験させてあげようじゃないの! 秋も冬もねっ!



「そんじゃまあ! コイツの2カ月ぶりもしくは1日ぶりの帰還を祝って!」

 生ビール(ジョッキ)を手に、桜井先生が、

「3人でこの夏も、秋も冬も楽しく過ごせることを祈って!」

 琥珀はアイスミルクで声を張って、

「琥珀の未来の世界での素晴らしいレポートの完成を願って!」

 で、これ私ね。Withコーラ。



「「「乾パァ―――――イ!!!」」」



 借り切ったパーティルームで、私たちは何も考えずに、ただその場のノリで前払いの祝杯をあげた。

 高校生らしく、楽しむことだけ考えて……。




 ……これもいつか、コイツの……八雲琥珀のレポートの1ページになるんだろうな……。

 その時、私はどんな風にそこに書かれてるのかな……?

 私がそれを読むことなんてないんだろうけど……なんだか楽しみになるから不思議よね。





 せいぜい……いいレポート書きなさいよ、天才科学者さん♪






☆☆☆






 八雲レポート…………完








八雲レポート、読んでいただきありがとうございます。


いや~……自分のSF処女作ですが、自己満足ではうまくいった方だと思ってたり……あ、すいません、調子乗りました。

ともかく、とりあえず伏線も全部回収できたし、自分の全力をぶつけた作品を書いて、それを皆さんに読んでいただけた、と思うと、とてもうれしいです。

もちろん、これを読んで『面白い!』と思っていただけたのならなおさらのこと。作者冥利に尽きます。


これにて、八雲琥珀と常盤若葉の非日常ストーリーは終わりです。続編は……今のところ考えていません。

いかがだったでしょうか。彼らの冒険(?)が皆さまの心の内にどのような印象で映ったか、サイコメトラーでもない僕には知るすべはありませんが、笑顔になっていただけたことを切に祈っている次第です。

感想など、ドキドキしながらお待ちしております。


それでは、またいつかご縁があれば。和尚でした。


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