最終日・無形の『資料』
連休初日。私は今日もまた、純白に囲まれた部屋にいた。
集中治療室でなく、一般病棟なのがうれしい。目の前には……
「姉ちゃーん、リンゴまだー?」
「待ちなさいってば。今ウサギに切ってるから」
「んな細かいことしなくていいって! 腹に入れば一緒なんだから! 早く食いたい!」
全く……あんたは治ったら治ったでこれか。ま、いいけど。
全ての症状が治まり、肌の色もすっかり元通りになった青葉は、発病前と何も変わらない自堕落な顔で私がリンゴをむき終わるのを待っている。
担当医の先生の話だと、検査で異常が無ければ明後日にでも退院できるとのことだ。昨日の突然の体調悪化と、さらにその後の超回復が相当不思議みたいだけど、結局何もわからなかったようで先生は不思議そうにしていた。まあ……裏で私が暗躍してたんだけど。
でも大丈夫、もうすっかり治ったから!
あの後、桜井先生はすぐさま自体の収拾にとりかかった。
白川先生の携帯情報端末とワープユニットを没収し、そこから得たデータをもとに白川先生の研究所の居場所を特定した。
……その前に、なんか心肺蘇生法に似た動きが見えた気がしたんだけど……気のせいよね? 仮死状態になんかなってなかったわよね?
で、研究所にあったあらゆる細菌と薬品を押収し、さらに『新赤鬼病』の解毒剤を見つけて私に渡してくれた。で、私は八雲に手伝ってもらって、その時はまだ集中治療室にいた青葉に解毒剤を注射、完全に解毒した……ってわけ。
さらにその後桜井先生、ラボで押収したデータをもとに、白川先生が病原菌を感染させた生徒全員リストアップして、1晩で全員解毒したらしい。すごいな……。
もちろん琴子もその1人で、解毒後は桜井先生によって家まで送り届けられた。
そして白川先生は、桜井先生が未来から呼び寄せた仲間によって逮捕され、日付が変わるころにこの時代を去った。あ、一応解毒はしといたらしいよ。
「ほら、できた」
「おー、ありがと!」
「こらこらゆっくり食べな、喉つまらすよ?」
全く……たかがとは言わないけど、リンゴ一個でよくもまあこんな幸せそうな顔できるわね……。ま、むいたこっちも嬉しくなるから、別にいいけど。
「ははっ、まーねー。けどまあ……退院してからの姉ちゃんのメシの方が楽しみかな」
と、コイツは唐突にそんなことを言い出した。
突然のことだったので、私はちょっとびっくりして固まった。あら……何? 嬉しいこと言ってくれるじゃん、そんなこと初めて言われたわよ?
すると、またしても青葉は心を読んだような驚きのタイミングで、
「あーまあ、今までこんなこと言ったことなかったんだけどさ……、入院して姉ちゃんの飯食えなくなって……そんで一時は、飯食えないぐらいに死にかけて……初めてわかったもん、姉ちゃんの飯のありがたみ」
「あ……あら、そぉ?」
「ん……まあ、それでさ……」
そして青葉は、
「今更こんなこと言うのも恥ずいんだけど……俺さ、姉ちゃんの飯が世界で一番好きだよ、マジで」
褒められるのなんて、この身体能力のおかげでもう慣れっこになってるつもりだったのに……ふいに弟からかけられたその言葉に、思わず私は固まってしまっていた。
い、いちばん身近な奴に、こうやって褒められたりするのって……嬉しい……?
お世辞でも何でもなく、そのままの気持ちを言ったんだとわかるこいつの『~♪』な顔に、思わず顔がにやけてしまう。っとと、いかんいかん、姉の威厳が。
「ふふふ……ありがと! なら、退院したらあんたの好きなものベスト5(ドライカレー、ビーフシチュー、オムライス、生姜焼き、ちらし寿司)全部作ったげるか!」
「マジで!? やった……絶対明後日の朝一番で退院してやる!」
「ふふっ……そうしなさい。じゃ、あたし用事あるからもう行くわよ」
「おう、じゃーな!」
と、言う具合に弟に見送られて、私は病室を後にした。
さて……よし、十分間に合うわね、今日の『予定』に……
☆☆☆
「あ、待ってませんよ?」
「いや、何も言わないうちからそう言うのもね……」
「そうなんですか? うーん……難しいですね……」
いつかに私が言ったダメ出しを忠実に守り、コイツなりに考えた改訂版の返答は、なんともコント的なものだった。
さて……昨日の夜に河原で戦ってた時の八雲とは、雰囲気から何からまるで別人なんだけど……まあ、これがこいつの地だし……気にしても仕方ないわね。
それよりも……聞きたいことがあったのよ。
「あのさ……八雲?」
「はい?」
「その……あんた、今日もう帰るの?」
「はい? ……ああ……まあ、そうですね、9時には」
別に何の感情もこめるわけでもなく、八雲はさらりと言った。
やっぱりか……あの八雲が『降ってきた』夜から数えて……今日で7日目。八雲は自分で、この時代に居られるのは、大体1週間くらい……って言ってた。つまり……今日がこいつがこの時代に居られるタイムリミットだ。
……こいつには今まで散々な目にあわされてきた。数千万単位の買い物で妙な噂流されたり、商店街に彼氏持ちの噂が流れちゃったり、ポンとラ○トセイバー渡されて危うく人斬りそうになったり。
でも……それ全部引いても足りないぐらい、世話になった。青葉に琴子、クラスのみんな……みんな、命を救ってもらった。
人間って言うのは現金なもので、いざいなくなる……っていうと寂しく感じるのね。
ちなみに、琴子の病気『仮想強壮症』は、身体能力・身体駆動が一時的に強化されると同時に、疲労・筋肉痛などをほとんど感じなくなるという、いうなれば体のオーバードライブを誘発するような病だったという。
どうやら琴子の100m走のタイムの非常識なまでのスコアアップもその病によるものだったらしく、今朝の朝連ではもとのタイムに戻っていたとか。
けど……もともとレギュラーとる実力持ってたんだし……大丈夫よ琴子なら。
それに……どうやって調べたのか桜井先生の話だと、どうやら器の小さそうな先輩がストップウォッチを遅く押してたらしい……。その先輩も、この前の琴子の『火事場の馬鹿力』(と認識されてる)に自信喪失し、小細工する気力も失せたとか。
ともかく……そんだけお世話になった八雲に、こんなあっさり帰られても……私の気が済まないのよ。
完全に自己満足だけど、もう少し何か……コイツの役に立つようなことをしてやりたいと思う。
けど、コイツはここまでの買い物に加え、自力で役所や図書館で情報を集め、さらに難関だったアルコール類や車、そしてタバコまでも、桜井先生経由で手に入れた(見返りに桜井先生が高級外車を手に入れたという噂があるが……あえてスルー)。
そうなると、どうしたらこいつの役に立てるか……とまあ考えたのは、
「八雲」
「はい?」
「今日はね……」
☆☆☆
「うわっ!? 何ですかここ!?」
「んー、お花見」
私は八雲を、学校の近くにあるとある公園に連れて行った。
この公園の桜は遅咲きだから、この時期がちょうど見ごろなのよね。
そのせいで、公園のいたるところに花見客目当ての露店が乱立してて、中高生のたまり場と化している。絶好の遊び場ってわけ。ここで何をするかって言うと……
「えっと……ここで何を買うんでしょうか?」
「ん~……何買おっか?」
「は?」
要するに……今日は資料うんぬんじゃなく、直にこの時代の高校生の遊び方を教えてやろうってのよ。『生活』を調べたい、ってんなら、そうする方がいいレポートかけるでしょ?
という建前のもと、
「ほら! 今日は思いっきり遊ぶわよ!」
「は、はい!?」
今まで散々振り回してくれた分……今日はたっぷり引っぱり回してやるわよ!