決着
感染して、飛んで、バラして、ビックリして、蹴った。
あらすじを作るとしたらこんな感じだろうか。いや、『はぁ? わけわかんないし』って思ってるそこのあなた、私もわかってないのよ。
とにかく……何でここにこの人がいるのか……て聞きたいんだけど、いいのかしら?
「だぁーもう! せっかく明日から連休だっつーのに……何だってこのタイミングでこんな超ド級の面倒事が起きるんだよ! 琥珀! 30字以内で簡潔に説明しろ!」
「30ページ以内でレポート提出じゃだめですかね、翡翠姉さん?」
「テメそれまで私にDVD我慢させる気かコラ。それから、今は先生と呼べ!」
「あなただって僕のこと呼び捨てじゃないですか」
「私はいいんだよ。先生だから」
たった今、白川先生に見事というほかない飛び膝蹴りを決めた葉桜先生。その先生と、何の違和感もなく未来人の八雲がくっちゃべっていた。あの……何これ……?
ていうか……またなんか八雲、葉桜先生のこと、名字でも名前でもない呼び方してなかった……?
「「…………?」」
とまあ、その場にいる残りの2人……私と白川先生(よく意識あったな……)がぽかんとしてることにようやく気付いた葉桜先生。
「あー、悪い悪い、放っぽって勝手に話っ進めちまった」
「は……葉桜……先生……?」
「こ……これはこれは葉桜先生! 奇遇ですね、こんな時間にこんな所で……」
と、あくまでこの時代の学校教師である葉桜先生に遭遇したために、白川先生は『白樺先生』に戻って話していた。自分の正体を、ここで起こっていたことを気取られないためなんだろうけど……。あの……白川先生? その……それ、もう何か違う……っていうか、その……葉桜先生、なんかそういう感じじゃない……ように見えますけど……。
ていうか、問答無用で飛び膝食らった時点でもう……
「葉桜先生、ほら、よく見てくださいよ、白樺ですって。決して常盤さんを襲ってる不審者とかじゃ……」
「黙ってろボケ。よくもまあこんなとこまで来て『赤鬼病』の病原菌の実験なんぞやりやがったなコラ。私の仕事が増えるじゃねーか」
「は……?」
と、白川先生を唖然とさせた葉桜先生の言葉の中には……気のせいではない、この時代の人間である限り、まず口にすることのないであろう単語が混ざっていた。
ちょ……葉桜先生って……まさか……?
すると葉桜先生は、私と白川先生の顔を交互に見て、
「あー……何が何だかわかってねえって顔だな。えーと……どこしまったっけ……」
と、何やら白衣の中をまさぐり始め……たが、一向に『探し物』が見つかる気配がない。
「あっれー……? ……おい琥珀、私アレどこやったっけ?」
「右胸の3番目の内ポケットは? 先生よくあそこにしまってませんでした?」
「おう、右、右……お、あったあった」
これはアレか? その家に住んでるズボラな本人よりも、よくその家に来る、しっかりした他人の方がその家のどこに何があるのか知ってる……ってやつか? 印鑑とか耳かきとか。いやでも、机の引き出しとかならともかく、何で着てる服の収納スペースまで他人の八雲が知ってるの? しかも『アレ』でわかるんだ……。
「コレだコレ。ほれ見ろ」
と、葉桜先生は何かのカードのようなものを取り出して、私と白川先生に見せた。えーと、なんて書いてんのこれ? 暗くてよく見えない……時……時空……保安庁?
…………ん!?
「なっ……じ……時空保安庁!?」
と、白川先生の顔が驚愕に歪んだ。どうやら白川先生には、相当ヤバい事態らしい。
その驚いた顔を見て満足げにニヤリと笑う葉桜先生は、それを再び白衣にしまって、
「そういうことだ。何を隠そう私は……あー、自己紹介めんどいな、琥珀、よろしく」
おい。
「えっとですね……」
と、律儀にも代わりに紹介を始める八雲。まるで姉貴分と弟分ね……。
「この人は、『葉桜翠』もとい、本名『桜井翡翠』といいましてですね、まあ、当然のごとく未来人です。僕の幼馴染のお姉さんであり、僕が在籍するIGSS東京校高等部の非常勤講師でもあり、時空保安庁の職員もされている方です」
や、やっぱり未来人……。しかも、なんか色々と設定あるのね……えっと、幼馴染で、学校教諭で、警察の方? んでもって、本名が『桜井翡翠』だから……桜井先生か。
……公務員2つ兼業してるみたいなんだけど……大丈夫なの?
「ちなみにあだ名は『白衣の核弾頭』『金剛石の膝』『ジェノサイドミサイル』等々……」
色々わかりやすい……。
でも……なんでそんな人がこの時代に?
「公開されていないが、時間跳躍を使って過去に誰かを送りこむ時は、その監視及びその人間を原因としたトラブルの処理のために、本人に内密に時空保安庁の職員が先行しておくんだ。あとはまあ、不正行為を取り締まったりとかもする」
つまり……八雲が何かしでかしたりしないように影から見張ったり、八雲がスムーズに動けるように事前に諸問題を片付けたり、その段階で発生したトラブルを処理したり、そういう縁の下の力持ち的な役割のために来た……ってことか。
「もっとも……その役目ゆえに、時間跳躍する本人には監視してることを気付かれちゃいけないんだが……琥珀、お前気づいてただろ?」
「はい」
八雲、しれっと即答。ダメじゃん。
「ったく……何で気づくんだよバカ。せっかく最新型の認識阻害装置使ってたってのに……やっぱ開発者には効かなかったってか?」
「そんなことありませんよ、『ちゃんと』見た目では気付けませんでした。けど……あの飛び膝蹴り見たら、そりゃ嫌でも気付きますって。小さい頃何百発も食らいましたもん」
「あー、ヤンキー連中ぶちのめしたあの時か……。迂闊だったな……」
何か2人の世界に入ってて、私たちが置いてけぼり……。
けど、今の説明で、今までわからなかった葉桜先生……じゃなかった、桜井先生の謎が解けた気がする。
なぜたびたび学校から姿を消すのか……それは、八雲・未来関係の仕事のためだった。
誰もその過去を知らない……当然だ、先生の地元は未来なんだから。
なぜ八雲を見ても私の『彼氏』扱いしなかったのか……違うってことを知ってるからだ。
ズボラなのに、白衣はいつもピカピカ……多分その白衣、八雲が来てる白学ランと同じ、自動的に汚れ落として、シワもできない素材のやつだからだ。
ここんとこよく出くわす……そりゃそうだ、八雲を監視してたんだから。
しかしまさか……八雲の幼馴染のお姉さんだったとは……。
「でも過保護だなあ、翡翠姉さんも。別に僕、監視なんてなくても平気なのに」
「どの口がそんなことほざきやがる。電気屋で家電製品何千万単位で買ったり、ヤンキー相手に暴徒鎮圧用の帯電光子銃ぶっ放したり、問題行動だらけだバカ! あの辺の後処理全部あたしがしてたんだぞ!? おまけに、あたしが監視してるの知ってて、竹内の介抱押しつけやがって……」
あ、琴子の介抱……先生がしてくれたんだ。さすが養護教諭……なのかな? そっか……あの時の『してくれますから』って、こういう意味か……いや、八雲、セコい。
てか、桜井先生……一人称が『私』から『あたし』になってますけど……こっち地?
「それにまあ、こうして時空保安庁の職員たるあたしがここにいるおかげで、このバカもきっちりとっ捕まえられるってもんなんだしな」
そう言って、懐に手を入れ……じろりと白川先生の方を見る。睨まれた先生は、びくっと体を震わせ、一歩後ずさりした。
そうか……白川先生は犯罪者。さっきまでは、警察の人が気付かないうちに私たちの間で自分が起こした事件を揉み消そうとしてたんだけど……たった今登場した桜井先生は、それを取り締まる警察側の人間。これでもう、事件を隠すことは不可能になったんだ。
しかも……八雲を監視していた桜井先生は、さっき白川先生が自分でバラした未来の研究所での一件も聞いているはず。泣きっ面に蜂……ってとこかな。
……ところで、いまだに先生が白衣から手を出さないんだけど……?
「……琥珀」
「左下、2番目には?」
と、言われたところをまさぐって、桜井先生は……手錠を取り出した。おお、本格的。
「あー、これこれ。うん、よかった」
冷たく光る銀色の手錠だ。……アレ多分、見た感じ、鉄じゃないな。何かの超硬合金か……もしくはマンガとかでよくある、相手の能力とかを封じ込める特殊手錠かな? この場合は、テレポートやタイムワープを封じるとか?
ちゃらちゃらと手錠の鎖を鳴らしつつ、桜井先生は白川先生に向き直る。
「さて、白樺光もとい、白川光晶。いろんな罪でお前を逮捕する。大人しく腹を切れ」
「翡翠姉さん、言ってること滅茶苦茶です」
逮捕すんのに切腹させてどうする。てか、罪状がアバウト。
そんなツッコミを全く意に介さず、先生はじわりじわりと白川先生に近寄って行く。
「…………っ!」
「テレポートで逃げるなら逃げろ? 私の時空転移ユニットは、琥珀からパク……もとい、貰った特級品だ。どこに逃げよーが追跡するぜ?」
……そういうのが基本の人なんだろうか?
ふと見ると、八雲はその横で『まあ、別にいですけど、慣れてますし』とか言ってた。
まあ、入手経路に若干問題を感じるけど……その性能はさっき身をもって体感済みだ。八雲のユニットのテレポートからは、白川先生では逃げきれない。
白川先生もそれを悟ったのだろう。目立った抵抗はせず、大人しく捕まる……
……と思いきや、
「……それ以上こっちに来るな」
「? 何だそれ?」
白川先生、突如白衣の中に手を入れたかと思うと……先ほどとは別のカプセルを取り出し、水戸黄門の印籠のように目の前に掲げてみせた。……何、あれ?
「……まさか、また別のバイ菌か?」
「ええ、まあ。でも……さっきの『赤鬼病』なんかとはケタが違いますよ?」
と、白川先生は、指2本でつまんでいたカプセルを、手でしっかり握りしめた。
「まだ名前もない僕のオリジナルの病原菌ですが、こいつは凶悪ですよ? 100%の致死率に加え、非常に質量が軽く、非常に長命ゆえ、ひとたび散布されれば風に乗って広範囲に拡散……これ1本で周囲半径8km圏内のあらゆる生命体を死滅させられる代物です」
「「「!!」」」
なっ……こんにゃろ、土壇場で飛んでもない隠し玉を……!
私は体がこわばるのを感じた。せっかく桜井先生が来てくれて、勝負は決まったと思ったのに……そんなことをされたら、私も、八雲も、桜井先生も、白川先生自身も死ぬ。そして……ここから8km圏内にいる人たちも……。
その人たち全員を人質にして、交渉する……ってわけか、こいつ……!
「お礼はします。葉桜先生……いや桜井先生、この時代における僕の『実験』についての情報、証拠その他を残した記録媒体をお持ちですね? この場で破壊してください。そしてこのことも、僕のことも全て忘れ、上層部への報告は控えていただきたい」
「断ればそいつをばらまく……か?」
「ええ……あまりこういうやり方は好きではないのですが……研究のためなら」
手段は選ばない……か……。
手に持ったカプセルを見せびらかしながら、余裕たっぷりにとはいかないまでも、十分な勝算を持った様子でいる白川先生は、そのまま桜井先生の返事を待った。
ど、どうすれば……!? 白川先生の性格を考えれば、おそらくこっちが言う通りにすればちゃんとカプセルをしまってくれるかもしれない。けど……ここでそんなことを容認しちゃったら……こいつの悪事の片棒を担ぐようなもんじゃない! そんなこと……
答えを求めて八雲の方を見ると……八雲は身じろぎひとつせずに場の様子をうかがっていた。パニックに放ってないし、追い詰められてる感じも見られないけど……すぐに何とかできる……ってわけでもなさそう。八雲でもダメか……!
と、
「……か?」
「……はい?」
「……試してみるか? 私の蹴りより早く、お前がそいつを握りつぶせるかどうか……」
「「は!?」」
桜井先生の思いもしないセリフに、私と白川先生の声がそろう。
言うやいなや、桜井先生は姿勢を低くして攻撃体制を……ってちょっと本気!? ……何言ったこの人!? カプセル潰すより早く蹴っ飛ばすってこと!? んな無茶な!!
八雲の方を見ると……ちょっとあんた、その顔は『やっぱりこうなったか』って言ってるわね!? 止めなさいよ! 下手したらマジで大変なことに……ん?
何かしら……今空の方に何か光るものが見えたような…………流れ星?
そんなことには気づかない白川先生(残り2人も気づいてないっぽい……)は、わりと本気で飛ぶ気らしい桜井先生に戦慄しているところだ。
と、次の瞬間、
ヒュルルルル…………ゴン!
「いだっ!?」
「へ?」
「あ?」
「おろ?」
その謎の飛行物体が……白川先生の後頭部にクリーンヒットで着弾した。その衝撃で、ぐらりと先生の体が傾く。……と、それより一足早く、私の目はその飛行物体の正体を捕らえていた。
あれは……! わ、私があの時、屋上で蹴っ飛ばした空き缶!?
そ、そういえばここはあの時より過去の地点……ちょうど『今』、私が蹴っ飛ばした空き缶がここまで飛んできたってこと? 学校の屋上から?
……と、それを理解した瞬間、
気付かないうちに……私は足を動かしていた。
予想外の一撃に、私以外の全員があっけにとられて動けないこの状態の中、私はありったけの力で地面を蹴って接敵し、
「……ん?」
「らああああああああっ!!」
バキィ!
「うごぁ!?」
白川先生の顎に渾身のアッパーカットをたたき込んだ。
その拳は、自分でもびっくりするくらいに鋭く決まり、白衣の白川先生の体をふわっと浮かせて地面にたたきつけた。
へぇ……私ってこんなマジの殺気でパンチ出せるんだ……ボクシングの助っ人はしたことないんだけど。青葉や琴子、それにクラスのみんなの分の『ふざけんな!!』がこもった会心の一撃かしら。人間ってすごいわね。
と、私は気付いた。殴られた衝撃で、例のカプセルが白川先生の手を離れ、宙を舞っていることに。
慌てて私はスライディングの要領で跳び……よし、キャッチ成功!
「とったぁあ―――っ!!」
と、いまだに唖然としている八雲と桜井先生に見えるように、病原菌入りのカプセルを見えるように掲げて持……あれ? なんか……いきなり暗くなったような……?
と、影が差した方向を見ると……げっ!
そこには、今の一撃で口の中を切ったのか、口から血を一筋流している白川先生が、直立ではないけれども、私を見下ろして猫背で立っていた。き……気絶してなかった!?
そして、もはや微笑みとはかけ離れた冷たい表情になっている白川先生は、ふいにその懐に手を入れると、
「本当に君は……僕の邪魔をっ!」
さっきも見せた光の短剣……フォトンソードを出し、私めがけて振りおろした。
カプセルをキャッチする時、無理な姿勢で着地したせいだろうか。私の体はさっきの超反射とは対照的に、今度は私は全くその場を動けなかった。
と、その瞬間、
私と白川先生の間に、すさまじい速さで桜井先生が飛び込んできた。
そしてすぐに白川先生に対峙する姿勢をとる。と、その右手の指につけている特徴的なスカルの指輪が光を放ったかと思うと、次の時間、その右手の手刀が一閃し、白川先生のフォトンソードを、鉄をも切り裂くエネルギー体の刀身を真っ二つに叩き割った。
え……? あの……その指輪も武器なの? 手、オーラみたいなのまとってますけど。
今ので完全に度肝を抜かれたらしい白川先生は、桜井先生の返す刀の手刀で威嚇され、大きく後ろに飛びすさって距離をとった。
……が、それがまずかった。
その行為により……彼女が『必殺技』を使うだけの助走距離を与えてしまったのである。
気付いた時にはもう遅く、桜井先生は距離をとりつつもいまだ必殺の間合いを出ていない白川先生を照準に定め、飛びかかる寸前の肉食獣のごとく姿勢を低くした。
「ちょ、ちょっと待……」
「「却下」」
と、2つの声がバッサリ。……ん? 2つ?
同時に、私の視界の隅に、今まで静かだった八雲が疾走を始めたのが映った。しかも……白学ランから火花が散っているような……?
もしかして、電気刺激で着用者のパワーを強化するっていうアレか……!? ……ってあれ、桜井先生の白衣も同じ感じで光ってない……?
「こりゃあ……公務執行妨害も追加だなコラ!」
「思いっっっきり……歯、食いしばっていただけます? しなくても結構ですけど」
次の瞬間、2人は同時に地面を蹴った。
そして……
ドバキャァッ!!
「――――ぁ――!?」
八雲と桜井先生、2人の飛び膝蹴りが白川先生の顎と鳩尾にクリーンヒットし、その体を盛大に吹き飛ばした。
白川先生、どうやら悲鳴を上げる余裕すらなかったと見える。その体は無駄に綺麗に宙を舞い、子供が遊びで川に投げた石の要領で川面を何度も跳ね、ついには向こう岸に到達し、攻撃後の2人が優雅に着地すると同時に土手に激突してようやく止まった。
「…………………………」
特撮顔負けの今の飛距離に唖然とする私の目の前で、
勝った方の白装束2人は、今しがた放った非情の一撃(二撃?)が嘘のように清々しい顔で、夢を語る同級生2人のように川岸にたたずんでおり、
負けた方の白装束1人は、しばらくピクピクとわずかに痙攣した後、やがて『ガクッ』という効果音が似合いそうなリアクションとともに動かなくなった。
えっと……一応……決着……かな?




