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八雲レポート  作者: 和尚
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狂科学者・白川光晶

 はっきり聞いた今でも信じられない。だって……そんな……短い期間とはいえ、私達の担任をしてくれてた白樺先生が……八雲と同じ未来人……!? それも、違法な手段でこの時代に来て、青葉に奇病『赤鬼病』を感染させた……!?

 おそらく私は今、ひどく困惑した視線を彼に送っていることだろう。しかし、

「竹内さんに何を、ねぇ……」

 彼は全く気にする様子を見せず、淡泊な口調で話す。

「それこそ考える必要がないんじゃないかな? 1つだろう? 科学者が験体に対してやることなんて」

「科学者……?」

「そういうことです、若葉さん」

 えっと……いまいち話が見えないんですけど……?

 あ、そういえば、時間跳躍できるのは『科学者』のみ、みたいなこと言ってたっけ。つまり、白樺先生……もとい、白川先生は教師じゃなく科学者ってこと……?

 でも、それが一体何……?

「本名・白川光晶。西暦3263年生まれの未来人で、向こうでもかなり有名な科学者の1人です。化学・工学の他にも医学・生物学等を得意分野とし、ランクはAAA+。様々な新薬を世に送り出した技術的功労者です。もっとも……」

 誰に言われるでもなく説明を始めていた八雲はそこで一旦切って、

「1年前……西暦3284年に、実験中の事故で死んだはずですが……」

「ま、表向きはね」

 八雲の疑念に満ちた視線に、白川先生は悪びれる様子も見せない。ついでに……隠す気も特に無いようだ。

「まだ記憶に新しい事件です。特定危険病原体の観察・実験を行っていた『国立大69号研究棟』で、突如として原因不明の爆発が起こり、ケージの一部が破損。隔離されていた危険度6の病原菌が所内に拡散。警備局が異変に気付いた時には既に遅く、所員は全員死亡していた……あなたもその時死んだ、と聞いています」

 そ、そんな大変な事件があったんだ……。

 ……って、あれ? でも、白川先生は今こうして生きてるけど……まさか……?

「警察による捜査も虚しく、結局真相は不明のままだったのですが……」

「ああ、うん、それ僕の仕業だよ」

 言っていることがわかっているのかと聞きたくなるほど、先生はけろっと言ってのけた。

「証拠1つ、証人1人も残しておきたくなかったからね」

「……あなたほどの科学者が、なぜそうまでして?」

「理由は簡単。研究所の方針やら、道徳的・技術的規則やらに従ってちまちま研究を続けるのが面倒で仕方ないから」

 と、そこまで言って一旦切ると、白川先生は武器の光の刀身を引っ込めた。そしてそれを腰のホルダーにしまうと、今まで自然な感じに下ろしていた黒髪を後ろに撫でつけ始めた。

「おかしいと思うんだよね。規則だか人道だか何だか知らないけど、とにかく今の研究所のやり方は非効率的なんだよ。僕の提唱するやり方や方針に則ってやった方が、絶対に成果は多く上がる。だから、僕は僕という存在を一旦消すことにしたんだ。僕の優秀さを理由に、僕に自由を与えず、研究所に縛り付けていた彼らの命と共に」

「『一旦』? いつか再び表舞台に戻ってくるつもりだったんですか? 一旦『死んだ』人間に、そんなことが……」

「可能さ、方法や言い訳はいくらでもあるからね。それにしても……」

 と、髪を撫でつけ終えた白川先生が、再び視線を私達に戻した。

 意外だった。髪型をオールバックにしただけなのに、随分とその印象が変わった。

 今目の前にいる『白川先生』には、先程までの『白樺先生』の柔和な雰囲気はほとんど消え失せ、代わりに、まるで蛇か何かのような冷たく狡猾な雰囲気に包まれている。

「同郷とはいえ、一見で見抜かれるとは思わなかったよ。年には念を入れて、『認識阻害ユニット』で誰も僕の正体に『気付けない』ようにしてたはずなんだけど……」

「西暦3283年版の旧型ですね? 超音波と光の微屈折で他者の聴覚と視覚を狂わせて認識をまどわし、相手に自分が誰であるか『気付かせない』隠密用機械……しかし残念ながら、その程度の性能では僕の目は欺けません」

 専門用語が多いせいで、2人の会話の内容がよくわからない……。

 と、今まで私達2人を見ていた白川先生が、ここで八雲に視線を集中させた。

「ところで、そろそろ君の正体を教えてくれないか? どうやら君も認識阻害を使ってるみたいで、誰なのか『気付けない』んだけど……見たところまだ学生みたいだし、科学者としてここに来たとは考えづらいな」

 八雲の白い学ランに注目したのか、先生はそんな見解を抱いたようだ。

「どこかの大金持ちの御曹司が、親の権力に頼んで、ってところかい? 全く……時空保安庁の管理も随分とザルに……」

「あいにく」

 と、唐突に八雲が無理やりそこに割り込んだ。

「あなたのような人非人に名乗る名前はありませんね」

「やれやれ……どこの令息か知らないが、傲慢な物言いだ」

 呆れたように首を振って言う白川先生。八雲に結構な暴言を言われてたけど、特に気にした様子はない。このあたりは……『白樺先生』と同じだな。飄々として、つかみどころがない感じ。

 ふぅ、とため息をつくと、白川先生は再び私達2人に視線を戻し、

「さて、そろそろどいてくれないか? そこにいる竹内さんに、早くソレを飲ませたい」

 と、私の眼前に転がっているペットボトルを指差して言う。

「ちょ……琴子に何するつもりですか!?」

「ああ、誤解しないでくれ、それは本当にただのスポーツドリンクさ。ま、栄養価が高くなるように少しいじくってあるけどね。そうでもしないと……衰弱してる彼女には応急処置にもならない」

 と、その言い方に八雲な耳聡く反応した。

「やはり彼女のこれはあなたの仕業でしたか。この症状は……『仮想強壮症(ヴィジョンバイタル)』ですね?」

 また聞いたことない単語が出てきたわね……もしかしてそれも、未来の病気の一種? っていうか、まさか琴子のそれも白川先生が……

「ご明察。ただのボンボンかと思いきや、知識もあるみたいだね。すごいじゃないか」

 と、からかうような拍手を交えて先生が言う。が、八雲の反応は淡泊だった。

「何も嬉しくありませんね。倫理や道徳の大切さもわからない狂科学者に褒められても」

「口は相変わらず悪いな。しかし……君もそういう甘い考えを?」

「甘いともぬるいとも、何とでも言っていただいて結構。しかし僕は、科学者にこそ『倫理』や『道徳』は求められるべきだと思っています」

 そう言いきる八雲は、まっすぐな目をしていた。

「科学者・研究者は、生体実験や生体解剖など、実験1つで大小の命を左右する場面によく出くわす職業です。しかし、それゆえに『命』というものの本来の唯一性について認識がおろそかになることが多々ある……。だからこそ、科学者は、自分自身も1つの『命』であり、自分は決してその『上に立っている存在』などでは決してないということを、いつも心にとどめておかなければならない……そう思います」

「なるほどね……高説ではあるかもしれないけど、残念ながら理解できないな。まあでも……その心構えは陳腐ながら見事だね。ますます君の正体に興味が湧いてきたよ」

 と、薄笑いを浮かべる白川先生。今の八雲のセリフ、結構いいこと言ってた気がしたんだけど……微塵も心を動かされた様子はない。

「さて……その調査も兼ねて、君達には僕の研究所(ラボ)に来てもらおうかな? 大丈夫、殺すわけじゃない、ただ……記憶を消させてもらうだけだ。まあ望むなら、験体に使ってあげてもいいけどね」

「ご冗談を。生きた人間を、病原菌の感染実験体に使うような、狂った実験に付き合う気はありませんよ」

 今、八雲が言ったことで、ようやく私の中で全てがつながった。

 つまり……自分が開発もしくは改良した病原菌の人体実験っていうのが、先生の目的なんだ。元の時代でやるとバレかねないから、わざわざこんな遠くの時代まで来た。

 そして……青葉や琴子は、先生の人体実験用のモルモットにされた……。

 心の中にあった戸惑いが、徐々に苛立ちに、怒りに変わっていくのを私は感じた。何で……何でこんなことを……!? 何で青葉を……!?

「やれやれ……まるで僕が悪者みたいな言い方だね?」

「悪者以外の何だってのよ!」

 と、知らないうちに堪忍袋の緒とか、いろんなものが切れていたらしい。目の前にいる狂科学者に対し、私は自分でも意外なほどの大声を出していた。驚きでキョトンとする八雲と白川先生。しかし、私は構わず続けた。

「何の罪もない人を……何も知らないうちに、そんな物騒なバイ菌の実験台にして! 琴子に、青葉……私の弟まで、よくも……」

 と、その時、


「? 『青葉』……? たしか、君の弟がそんな名前だったね……彼がどうかしたの?」


 初めて、白川先生が明らかに戸惑った様子の表情を見せた。

「とぼけないで! あんたが青葉に赤鬼病を感染させたんでしょ!」

「……? 僕が弟くんに? 何を言ってるんだ? そもそも僕は君に…………! ああなるほど、そういうことか!」

 と、今まで戸惑いを見せていた白川先生は、唐突に何か納得したようなことを言って手をたたいた。

「そうか、どうりで……ようやく謎が解けたよ、常盤さん」

「謎……? どういう意味よ?」

「簡単なことさ。君……この間僕があげたジュース、飲まなかったね?」

「は?」

 ジュースって……手伝いのお礼に、ってもらったやつ? いや、半分だけど飲んだことは飲んだわよ……てか、何でそんなことを今?

「全く、嘘つきはよくないな。あれ、君じゃなく弟くんが飲んだのか、どうりで……」

 と、八雲が何かに感づいた。

「……まさか、それに?」

「うん、混入させてたんだよ、赤鬼病の病原菌をね」

「!?」

 ちょ、ちょっと待って! それじゃあまさか……先生は本当は……

「そういうこと。僕は本当は、常盤さん、君を赤鬼病の験体にするつもりだったんだ。が、君じゃなく弟くんが病原菌入りのジュースを飲んだせいで、弟くんが発症した……」

 つ、つまり……青葉は、本当は無関係でいられるはずだったのに、私が持ち帰ったジュースのせいで、あんな風になっちゃったってこと……?

「おかしいとは思ったんだ。病毒を弱めていたとはいえ、僕の計算では、摂取から1、2時間程で顕著な症状が現れるはずなのに、いつまでたっても君が発症する様子がないからね。しかし……なるほど、つまり弟くんの方に……」

 と、白川先生はそこで虚空をにらみ、再び何やら不気味な笑みを浮かべた。

「よし、予定変更だ。今からその弟くんの所に行ってくるとしよう。どんな風に病原菌の効果が現れたのか、この目で見てデータを取りたい」

「なっ!?」

 ちょっ……今何て言った!?青葉に何する気!?

「常盤さんの住所から考えると……弟さんは青林総合病院かな、さて……」

「ちょ……ちょっと待……」

「待たないよ」

 とだけ言うと、


 ギュオン


 最早聞き慣れたテレポート時の擬音を残し、白川先生は一瞬にして姿をくらました。

 誰もいなくなった眼前の空間を見て、私はへたりと座り込んだ。

 そ、そんな……どうしよう……。このままじゃ……ここままじゃ青葉がどうなるか……!

 消える前に言ってたセリフからして、白川先生は青葉のところ……青林総合病院に行ったはず。ここから走って、私の足で……いや待った! ここは八雲にテレポートで送ってもらえば……あっでも、力尽きて動けない、意識もない琴子をここに放っておくわけには……ああもうどうしたら……。

 と、

 ふと、さっきから同じ姿勢のままピクリとも動かない八雲が、何かブツブツ言ってるのが聞こえた。




「…………これ以上……好き勝手できると思うなよ……!」






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