白き黒幕
「あれ、若葉? 何してんの?」
土手の所で座っている琴子の所に、ワープ……するわけにはいかないので、ステルスを書けて八雲と一緒に飛んでいった。で、死角から、あたかも今通りがかったかのように話しかけた、と。
「あれ? そこにいるの……誰? 彼氏?」
「違うって……」
と、私の後ろにいる八雲に気がついた琴子が、恒例の勘違いをした。はあ……。
ところで、
「あんたこそ何してんの?」
「あたし? あたしは自主トレ。大会近いしね、やれることは全部やっときたいの」
「そっか、レギュラーだもんね。気合入るわけか」
「そゆこと!」
苦難苦闘の末に手に入れたレギュラーだしね、ベストを尽くしたいんだろう。しかし……陸上してる時のこいつって、やっぱりいい顔するなあ……。
と、八雲がここで口を挟んできた。
「あの……竹内さん?」
「ん? 君は……なんで私の名前知ってるの? 初対面だよね?」
「いえ、ジャージに書いてありますから」
「あ、そっか」
と、着ているジャージの胸元を見て琴子が納得する。
しかし……さすがは琴子。初対面の八雲にも物怖じ一つしないで話してるわね……。
と、八雲がおかしなことを聞いた。
「あの……それで竹内さん、僕の気のせいならいいんですけど、あなた……夕方にも同じ格好でこのあたりを通りませんでしたか? もしかして……ずっと走ってます?」
え!?
ちょ、夕方って……もしかして部活終わり!? いや、いくらなんでもそれはないでしょ。もしそうだったら、もう3時間以上になるよ? そんな長い時間……
「あー、見てたんだ。そういえばそのくらいになるかもね」
「は!?」
と、思ったら琴子が肯定しやがったので、私は度肝を抜かれた。
それを聞いて、なぜか八雲が目を細めたように見えのがちょっと気になったけど……後回し! ちょ、琴子!? それマジ!?
「琴子、何それ!? あんたどんだけ走ってんの!? 一体何してんのよ!」
「ちょ、何!? どうしたのよ若葉!? 怖いわよ!?」
「どうしたのはこっちのセリフよ! あんた部活終わりからずっとって……3時間越えるわよ!? 何十キロ走って……っていうかあんた短距離走でしょ!?」
素人の私でもわかる。自主トレはまあ立派だけど、それをこんな長さつづけるなんてのは、オーバーワーク以外の何物でもない。だって、部活と合わせると5時間越えるもん! あんた、この程度のこともわからないようなやつじゃないでしょ!?
「大丈夫大丈夫! なんかその……ランナーズハイってやつ? あんまり疲れないの」
……つ……『疲れない』……?
嘘とは思えない、真顔でのその一言に、私はいよいよ不安になった。な、何言ってんのよ……琴子……!? それだけの時間ぶっ続けで飛ばして、疲れないなんてことあるはずないじゃない!
と、その時、
「それにほら、汗の始末も、水分補給だってちゃんとやっ……て……」
ドサッ
そこまで言って……琴子は無言でその場に倒れた。
「こっ……琴子!」
私がそう叫ぶより一瞬前に、八雲が飛び出して倒れこむその体を支えた。汗でびっしょりのその感触を気にする様子も無い八雲は、琴子の顔を覗き込んで、
「これは……やっぱり、この子……」
なにやらぶつぶつ言ってるけど……何だろう? 何か嫌な予感がする……!
「ねえ八雲! 琴子は……」
と、
「あれ? そこにいるのは……常盤さんと竹内さんじゃないかい?」
……つい数時間前にも聞いた声が背後から聞こえた。この声……このトーン……
振り返るとそこには……
「やあ、また会ったね……って何、この状況?」
相も変らぬ白衣姿に、何故かまたポリ袋を提げている……白樺先生に出会った。
「せ……先生!? 何でここに……」
「や、学校に忘れ物しちゃって……取りに来るついでにほら、夜食も買おうと……ってそんなことよりさ、竹内さんはどうかしたの?」
と、先生は八雲が抱き支えている琴子の異変に気付いたらしい。さすが教師。
頬をぺちぺちと叩いたり、ゆすってみたりしても反応がないことを確かめ、額に手を当てて熱を見たりした後で、少し考えて……
「この症状は……脱水症状……かな?」
「え? でも、水分補給はちゃんとした、って言ってましたよ?」
「それでも足りなかったんだろうね、かいてる汗の量が尋常じゃない。ひとまず……これ飲ませようか」
と、先生はポリ袋の中からペットボトル入りのスポーツドリンクを取り出した。
……この人、色々持ってるな……。
そして、そのキャップに手をかけようとしたその瞬間、
ガッ!
「「え?」」
「……何をするつもりですか?」
そのスポーツドリンクを掴んだほうの手を……八雲が止めるかのように鷲づかみにした。え、ちょ……八雲!? 何してんの!? いや、その人不審者とかじゃなくて、私たちの担任の先生……
と、声に出して言おうとして……言えなかった。
先生の腕を掴んでる八雲の目。その目は……今まで見たこともないぐらい冷徹で、真剣な目だったから。こ、これ……小動物が怪獣に変身したくらいの衝撃かも……。
で、でも何でそんな……?
私と同じく困惑気味の白樺先生は、そこで八雲の存在に初めて気付いたかのように、
「えーと……君誰? 彼女達の友達か……あ、もしかして彼氏……」
「僕のことなんかどうでもいいんですよ。それより質問に答えてください」
「……?」
ちょ、ちょっと八雲……先生が何を……
「何をしようとしたんですか? いやそもそも……」
と、そこで八雲は一旦切って、
「何でここにいるんですか? 白樺先生……いや、『白川光晶』博士……?」
「……っ!?」
……え……?
八雲、あんた今白樺先生のこと、何て……? 『白川光晶』……?
そう呼ばれた瞬間、白樺先生は……ぴたりと動きを止めた。
いや……動きだけではない。いつも自然な笑みが浮かんでいるその顔の、その表情すらも、何らかの衝撃や驚愕に硬直したように見えた。
そして次の瞬間、
「…………フッ」
「……っ!?」
いつも菩薩のごとく温和だった白樺先生の笑み。その笑みが……同じ笑みでも全く違う、ひどく冷たい、まるで見下すような微笑に変わった。いや……これは最早、『嘲笑』とでもよぶべきものかもしれない。そんな感じが伝わってきた。
(な、何なの……一体……!?)
初めて見た……先生が、あの白樺先生がこんな顔するなんて……!
先生はその不気味な笑みのまま、ひどく落ち着いた声で口を開いた。
「これは驚いたなぁ……君、ホントに何者? 僕の本名を知ってるなんて……」
「『知ってる』時点で、わざわざ聞く必要もないでしょう?」
八雲も八雲で、いつものケラケラ笑っている軽い感じとは180度違う印象になっていた。目から何から真剣そのもので、目の前にいて微笑を浮かべている白衣の男性教諭に、一分の隙も見せまいとしているように見える。
その白樺先生は、
「なるほど、それもそうだ……ならこうしよう」
と、表情をいっさい崩さずにさらりと言った。そして、
次の瞬間、事態が急に動いた。
凄まじい速さで白樺先生の手―――八雲につかまれていない方の―――が動いて、どこからか昨日八雲が私に貸したものと同型の、短めのラ○トセイバーを取り出し、そのままの勢いで逆手に振るう。
咄嗟の判断で、八雲はそれを腕で防いだ。そして白樺先生が剣を引く間を与えず飛び上がり、カンフーのように派手なアクションで右脚→左脚と連続空中回し蹴りを放つ。
その際につかんでいた腕が自由になり、白樺先生は俊敏なバックステップで蹴りをよけつつ後ろに間合いをとった。
な、何、今の……?
唖然とする私のすぐ目の前に、今さっき白樺先生が琴子に飲ませようとしていたペットボトル入り飲料がごとりと落ちた。
(一体どういうこと……? 何で八雲と白樺先生がバトってるの……!? ていうか、『白川』が本名って何……!?)
もしももう少し私に冷静に物事を考えるだけの余裕が残っていたら、今までのやりとりから一体これが何なのか簡単に理解出来たかもしれない。けど……パニックに陥っていた私がそれを理解できたのは……
「……聞こえなかったんなら、もう一度聞きますよ……」
これに続く八雲のセリフを聞いた後だった……。
「竹内琴子さんに何をしようとしたんですか? 白川博士……西暦3285年に不当に時間跳躍を行い、この時代に『赤鬼病』を持ち込んだ張本人さん……!」