『赤鬼病』、その疑惑と謎
「『クリムゾン・オーグル・シンドローム』……?」
「ええ、あの病気の正式名称です。日本での通称は……『赤鬼病』」
集中治療室から再びワープした屋上で、八雲は聞きなれない病名を告げた。いやまあ、当然だけど。さっき言ってた前置きを考えればさ。
「『赤鬼病』……西暦2795年、この『現代』から785年後に、とある研究所での生物災害によって誕生した病です。全身の皮膚が赤く変色すると共に、一時的な衰弱を経て、性格が全面的に短気になり、凶暴化。個人差があるものの、人が変わったように破壊衝動を前面に出すようになる。同時に、身体機能が一時的に回復、むしろ強化される。そして凶暴化から約40時間後、再び衰弱。その時は回復することはなく、そのまま死に至る……少々不謹慎な気がしますが、赤く染まった体で暴れまわる患者の姿から、名付けられたそうです」
と、八雲は携帯に似た情報端末で検索した『赤鬼病』の説明を読み上げてくれた。まさか……そんなに物騒な病気だったなんて……。
「この病気は僕の時代では、ワクチンが完成していて滅多に見られません。この時代で言う狂犬病みたいなものですね。ですが、発症すると致死率100%の危険指定疾患でして、警戒を怠ってはいけない病です。僕も警戒のために貯蔵庫にワクチンを持ってきてあったんですが……それが幸運でした」
詳しく聞いたところ、八雲が注射したその『ワクチン』は、病原菌の殺菌と全症状の緩和、そして治癒に必要なだけの体力の回復を同時に行ってくれる優れモノらしい。
それはありがたい話だったんだけど……他に気になることがあったので、感謝の気持ちも早々にどいてしまった。
……『未来の病気』ってことは……つまり、故意にしろ知らず知らずにしろ、未来から来た誰かが持ち込んだ……ってことよね……? 研究所で生まれちゃったんなら、自然に、しかもこの時代に生まれるなんてことないだろうし……。
となると……あまり考えたくないんだけど、もしかして……
「あの……八雲? もしかしてあんたが……?」
「ご心配なく。それはありえません」
と、八雲は聴いた瞬間きっぱり否定した。
「僕はここに来るに当たって、持ち物は機材から小物まで、自分の体も髪の毛1本に至るまで完全に滅菌消毒を済ませてから来ていますからね。第一、赤鬼病は血液感染ですし……それに僕が来たのは、青葉君が発症した後なのでしょう?」
「あ、そっか」
そーいやそうだ……そもそも私がこいつを見たのは、青葉の病室からなんだっけ(ちょうど未来から来たとこだったらしい。プラズマの粒子だか何だかが体にまとわりついてて、流れ星みたいに見えたんだとか)。滅菌消毒だの血液感染だのはわかんないけど、そりゃ無理だわ。
と、思ったら、
「まあ……責任がない、とも言えないんですけど」
「? どういうこと? 持ち込んだの……あんたじゃないんでしょ?」
「まあ、僕じゃないんですけど……その『誰か』は、僕の時間跳躍に『便乗』してこの時代に来た可能性が高いんです」
「?」
えっとですね……と、八雲、説明モード。
そもそも『時間跳躍』というのは、八雲がいた時代でもかなり新興の技術で、しかも誰でも出来るものではないらしい。ごく一部の限られた人間だけが、研究などの特別な目的でのみ、定められた超ややこしい手続きを踏んだ上で使用が許されているという。普段は時空間の接続そのものにロックがかけられているんだとか。
「時間跳躍を使えるのは、AAAランク以上の実力とそれに見合った実績を持つごく一部の研究者だけなので、世界に100人もいません。それも、使用に当たっては徹底的な持ち物検査が行われ、使用した履歴も残る……そうなると、この病原菌を持ち込んだ者は、正規のルートでないルートで飛んだ可能性が高いですね」
「そんなことできるの? 厳重に警戒してるんでしょ?」
「正規のルートは。ですが……事前に他人が時間跳躍するのを知っていて、準備を完璧にしておけば……他人の時間跳躍で出来た時空の『歪み』をこじ開けて飛ぶことも、理論上出来るんです。もっとも……AAAランクよりさらに上の実力を持つ科学者でなければ無理ですし、実際にやったとしても、精度から何から最悪でしょうけどね」
情報端末が映し出していたホログラムをしまいながら八雲は説明を終えた。
なるほど……大体わかったかも。
つまり、あんたのタイムワープに便乗して誰かがこの時代に来た。その際に強引な方法を取ったせいで、こいつより早くこの時代に到着してしまい……そして、青葉はそいつが故意にか偶然にか持ち込んだ『赤鬼病』に感染した……と。
それが誰なのか、何が目的なのかはわかんないけど……その辺考えても仕方なさそうね。未来人が、しかもAAAランクだかの研究者が考えることなんて、化学『3』の私にはぜーんぜんわからな…………ん?
ちょっと待てよ……?
今の話だと……あんたもその、時間跳躍を使える『世界に100人もいないAAAランクの研究者』……ってことになるんだけど…………八雲? ん?
それを聞こうとして八雲のほうをむくと、八雲が何かに気付いたかのように屋上の下を見下ろしていることに気付いた。ん? どうしたのかしら?
その視線の先を私も見てみる。
そこには……何の変哲もない普通の景色が広がっているだけ。民家自体も少なく、川の近くの河川敷と、その土手の上の砂利道くらいしか見るもの無いんだけど…………あれ?
今、誰かその砂利道を走ってたような……?
暗くて超見えづらい中……目を凝らしてその顔を見てみると……あれって……
「琴子……?」
こんな夜遅くに……何してんだろ?