表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八雲レポート  作者: 和尚
18/26

救済の障害と病魔の正体

「……結論から言うと……すいません、無理です」

「……どうして……?」


 予想……しないではなかったけど、できれば帰ってこないでほしかったその答えに、私の口は自然とそう動いた。

 どうやら、私は表情もまた相当に悲痛なものになっているらしく、八雲は先のセリフで意思を明確にしつつも、非常に言いにくそうにして続きを口にした。

「えっと……助けてあげたいのは山々なんですが……未来の痕跡を、なるべく過去に残してはいけないんです。未来技術(オーバーテクノロジー)の薬品とか精密機械とかはもう論外で……それに、仮にそこに目をつぶっても……そんな多種類の薬とか常備してないですし……」

「そっか……」

 まあ、なんだかんだ言っても、あんたも学生だしね……。

 ドラマなんかではここで、何を犠牲にしてでも食い下がるか、助けてくれない薄情さを罵倒したりするんだろう。でも……

 申し訳なさそうにしつつも、私の目をまっすぐ見て言ってくれるコイツの目に、曇りとかそういうのは一切感じられない。これは多分本当のことで、コイツ自身、本当に悔しがってくれてるんだ。知り合ってまだ一週間もたっていないけど……そのくらいはわかる。

 こいつは使うアイテムはすごいのに、所々でバカで間抜けだ。……でも、純粋で、正直だ。思いやりもある。だから……こういう場面での対応も、できる範囲内で精いっぱいやってくれるやつだ。

 その八雲が、ここまではっきり『無理』……って言ってるからには……無理なんだろう……。……残念だな……最後の希望だったんだけど……やっぱだめか……。

 悔しさをこらえ切れなかったんだと思う。私はふと目に入った、誰かが屋上にポイ捨てしたらしい空き缶を、思いっきり蹴った。空き缶は蹴りの威力に一瞬でひしゃげて、


 カァン!!


 快音を立てて夜空の彼方へ消えた。……やっぱり、全然気分晴れないなあ。

 と、再び座り込んだ私に対して、

 八雲はせめてもの協力とでもいいたいのか、携帯(?)を開いて、

「その……若葉さん」

「何……?」

「えっと……かなり規則ギリギリですけど、病名を調べるくらいなら……。症状を教えていただければ、それを手がかりにコレを使って探しますよ?」

 と、申し出てくれた。

 やっぱりというか、直接直してくれるわけじゃないみたいだけど……これはこれですごく魅力的な申し出だ……。ここで病名を突き止めてもらえれば、まだ治る可能性も出てくるし……たとえ無理でも、寿命を延ばせるかもしれない。

 でも……なんて『もしも』の弱音は封印して、八雲に向き直る。

「……うん、お願い」

「わかりました。では、どうぞ。順を追ってお願いします」

「えっと……症状は、風邪と同じ感じに、咳とか、鼻水とか……あと、発熱。ピーク40度」

「ふむふむ」

 相槌を打つたびに、結構な速さで八雲の指が動き、ホログラムのタッチパネルを叩いて携帯(?)に情報を入力していく。なんか……期待持てるかも。

 っと、他には……ああ、一番特徴的なのが残ってた。

「その他に、目のかすみと、手の震え。それから、一番きついのが……」

「のが?」

「体中が真っ赤なの。腫れてるわけじゃないのに、トマトみたいに」

 と、その時、


「…………え…………?」


 なぜか……八雲がキーボードを打つ手が止まった。え……どうしたの? 続きは?

「顔が……赤色? 真っ赤……?」

「うん。それとね、それが悪化して、こ……」

「待ってください」

 と、唐突に止められた。

 何だろうと思って八雲の方を見ると……八雲はなぜか、冷や汗を流して、顎に手を当てて何やら考えていた。お気楽と言っていい性格のこいつが、今まで見せたことのない、すごく必至というか……鬼気迫るような顔で。

「その先……もしかして、目の変色、呼吸困難、不整脈、関節痛……って感じの症状では……?」

 え!? な……何で知って……? まさか、病名わかったの!?

 と、私がリアクションを顔に出した次の瞬間、


 ギュオン


「っ!?」

 擬音とともにいきなり八雲の姿が掻き消えた。何の前触れもなく、本当にいきなり。

 呆然とする私がそれを認識し、ちょうど『何で? どうしたの!?』と混乱し始めたころ、再びの祇園とともに八雲が戻ってきた。

 ただし……その手に、手のひら大の小さなカプセル型のケースを持って。中には何やら薬品と思しき液体が入ってるけど……何それ?

 ちょ……何なの? いきなり消えたり、戻ってきたり……どこ行ってきたの? と、聞こうとしたが、

「や……八雲……?」

 戻ってきた八雲の、質問することも躊躇われるような真剣な顔を前に……聞けなかった。

 いつものんきなこいつが今まとっている、ただならぬ雰囲気。それらに私が気を取られていると、八雲は唐突に私の手をとり、何も言わずに見たこともない腕輪をそこにはめた。

 そしてこれまた唐突に、その腕を握って、


 ギュオン


 再度の空間転移(ワープ)。ただし……今度は私も一緒だ。

 そして、私と八雲が舞い降りたのは……


(えっ……ここ……集中治療室じゃ……!?)


 真っ白な内装に、何だかよくわからない機材の数々。せわしなく動き回る看護師さん達。

 そして何より……目の前のベッドに横たわる、全身真っ赤の青葉。すでに赤色は指先にまで広がっていた。

 ど、どうしてここに? ていうか……何で来れたの? ワープって登録した場所以外にはできないんじゃ……

 いや、それ以前に! こんな場所に、しかも医者とか看護師が大勢いる中にいきなりワープなんかして現れたらパニックに……あれ、ならない?

「その腕輪をつけていると、簡易型のステルス迷彩が起動して、あなたの姿が見えなくなります。長くはもちませんが、十分でしょう。そこ、動かないでくださいね」

 と、言いながら八雲は、看護師さん達を上手くよけて(やっぱり見えてないんだ)青葉が寝ているベッドに近寄っていく。そして、青葉のベッドの傍らに立つと、八雲は眉をひそめて、一言、

「…………やっぱり……」

「え?」

 私が『何が?』と聞くより前に、八雲は持っているカプセルの片方の先端を押す。すると、カプセルのもう片方の先端から、細くて短い針が出た。

 八雲はおもむろに針を下にしてカプセルを逆手に持ち、針を青葉の腕に向けて……ってちょっと? な、何する気? ま、まさか……

 その『まさか』だということは……すぐに分かった。

 八雲は何の迷いもなく、カプセルから突き出た針を青葉の腕に刺し……中の液体を注入した。

 すると、私が何か言うより先に……異変が起きた。


 青葉の体から……目を覆いたくなるほどの惨状だった赤い色が、すっ……と消えたのだ。それも……ほんの数秒のうちに。


(……え…………!?)

 まさか……今の……薬? 八雲あんた、ひょっとして青葉を助けて……


『せ、先生! き、急に脈搏が安定しました! 体の赤みも引いてます!』

『何ぃ!? どういうことだ、何か注射したのか!?』

『わ、わかりません、本当に突然……呼吸も正常に……』


「………………」

 確かめるまでもなかった。今の……やっぱり薬だったんだ……青葉の病気の。

 素人目にもわかる。さっきまでの滝のような汗がスッと引き、呼吸もスムーズになった。痙攣もぴたっと止まってるし、心地よさそうな寝息も聞こえる。何より……あれだけ見苦しかった赤い色が、もうどこにも見られない。

 八雲……。あんた本当に……本当に青葉を……!

 よかった……青葉、助かったんだ……!

 しかし、安堵の涙よりも先に、私の心にふと疑問が浮かんだ。

 でも……何で? あんたさっき、規則でダメだって言ってたじゃない……? 『この時代に未来の痕跡は残せない』って。青葉を助けてくれたことにはそりゃもう感謝するけど……大丈夫なの? 規則破って。

 すると、八雲は少し間をおいて応えてくれた。

「そりゃ、普通はやばいですよ、こんなことしたら。でも……」

 ……? でも?

「今回は特例です。未来の薬を使ってもいい……いや、使わなければいけない事例でした」

「? どういうこと?」

 話が見えない……っていうか、言いたいことが分からないんだけど……?

 さっきから変わらずシリアスモードの八雲は、カプセル注射器をもとの形に戻すと、ひとまず青葉のそばを離れて私のところに戻ってきた。姿が見えないとはいえ……一応触れるんだから、そこにいたら邪魔になるしね。

 そして……私の疑問に対して答えるべく、口を開いた。

「今の投薬は……痕跡を残すためではなく痕跡を『消す』ための処置です。だから……この場合は規則に引っかかりません。まあ……」

 そこで一度切って、

「超非常事態ゆえの緊急措置……ってのも理由ですけど」

 非常事態って……? 青葉が生死の境をさまよったこと、じゃなさそうだけど……? 言い方悪いけど、そんなくらいで特例出しそうにないし。

 てか、その前に言ってたあれ、どういう意味? 『痕跡を消すための処置』って……何で薬使って青葉を治すことが痕跡を消すことになる……


 …………え?


 青葉を……青葉の病気を、『治す』……?

 それが『未来の痕跡を消す』ことになるってことは……ま、まさか……

 私の脳裏によぎったあまりにも突飛な、笑いたくなるほどに吹っ飛んだ最悪の予想は……

 次の瞬間、八雲によって肯定され、現実となった。


「ええ……。今、僕が治療した青葉君の病気は…………この時代にはまだ存在するはずのない、はるか未来の病気なんです」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ