嵐の前の静けさ
「あ……ありがとうございました……」
外に出る直前、店員の乾いた挨拶が背中に降りかかる。……もう慣れたけど。
今日は化粧品屋と楽器屋と、スポーツ用品店で買い物して今出てきたとこ。
荷物は昨日までと同様に郵送で設定した。何か知らないけど、こいつはカモフラ用に小さな一軒家まで用意してるらしい。便利な……。
「ところで……若葉さん? その……何かあったんですか?」
「え?」
どゆこと?
「はい、その、何というか若葉さん、今日ちょくちょくうわの空だったような気がして……学校で何かあったんですか?」
心もち眉をハの字にして心配するように言ってくる八雲。あら……私そんな感じになってた? まあ、確かに……さっきからちょくちょく脳内にすみれが言ってた噂がリピートするのよね……そのせいかも。
けどまあ、わざわざ話すほどのことでもないでしょ、噂だし。
「ん、大丈夫、何でもない」
「そうですか? それならいいんですけど……」
これ以上追及するのも野暮だと思ったのだろう、それ以上何もいわなかった。
「で、次どこ行く?」
「そうですね……あ、その前にトイレ行ってきていいですか?」
「ん、いいわよ、行ってきな」
八雲は一礼すると、手近にあったコンビニに入って行った。まあ……トイレ借りるくらいなら大丈夫でしょ。さて、私はゆっくり待ってると……ん?
通りの向こうに、見覚えのある人影が見えた。あれは……葉桜先生?
相変わらずの白衣姿で、早足で歩きながら周りをきょろきょろと見回している、若干挙動不審の葉桜先生が見えた。何してんのかな……?
と、
「おや? そこにいるのは……常盤さんかい?」
背後から、いきなり聞き覚えのある声が聞こえてきた。え……この声、まさか……?
ゆっくりと声のした方を振り向くと、今度はそこに別の白衣がいた。
「あれ、白樺先生?」
「やあ、奇遇だね。買い物かい?」
学校の外でも相変わらず白衣の白樺先生が立っていた。手にスーパーの袋を持ってるってことは……仕事終わりの買い物帰り?
で、でもよかった……ちょうど都合よく八雲のやつがいない時に会えて……あいつが一緒だったら100%ややこしいことになってたし。
と、
「ああそうだ、ちょうど聞きたいことがあったんだよ常盤さん。君、体は大丈夫?」
「は?」
いきなり変なことを聞かれた。え? どういう意味ですか?
「いやほら、最近風邪が流行ってるみたいで、学校全体で欠席者が結構な数になってるでしょ?」
「ああ……そういえばそうみたいですね」
「うん。特にうちのクラスなんか、欠席の連中に加えて柏木と松田が早退したからさ。窓側から3列目のあの列、常盤さん以外全員休みで君が休むとビンゴなんだよ」
んな、人をビンゴブックか何かみたいに言わんで下さいよ。
「ついでに今なら君が休むと学級閉鎖も付いてくるんだけど、どう? 休んでみない?」
「こらこら、教師がズル休みを教唆しちゃだめでしょ先生」
そんなテレビショッピングか何かみたいに言ってもお得感ないです。学級閉鎖って……それたしか後で補習入るでしょ。
「ははは、まじめでよろしい。そうだ、そんなまじめな常盤さんにはご褒美をあげようかな」
「はぃ?」
言うやいなや、先生は袋の中に手を入れ、缶コーヒーを取り出して差し出してきた。
「え、いやあの……いいんですか?」
「ああ。実は僕ブラック飲めないんだけど……間違えて買っちゃってさ。捨てるのももったいないし、常盤さんさえよければ」
あ、そういうこと? それなら……いっか。うん。
素直にそのコーヒーを貰うことにした。ブラックだから……夜食にしよっかな。
いやー、しかしこの人やっぱいい人だわ。この前も手伝いのお礼にってジュースもらったし。
「じゃあ、僕はこれで。気をつけてね」
「はーい、先生」
私の返事に微笑みで返すと、先生は横断歩道を渡って去って行った。ふふっ、得した♪
小さくなっていく白樺先生の後ろ姿を見ていて、ふと私は、向こうの方に葉桜先生もいたことを思い出した……ってあれ、いなくなっちゃった。
この間といい、今日といい、よく見るなあ……何でこんな所にいるんだろ?
そういえば……葉桜先生って、妙な噂あるのよね……。ときどき保健室から消えるだけじゃなく、学校からも消えたり、かと思えば、学校とは全然関係ないところにいたって目撃情報があったり……。普段何してるのかわからない先生っていうのが、あの人の印象だから。
う~ん……微妙に気になる……でもまあ、気にしても仕方ないか。他人のプライベートのことだし、特別変なことしてるわけじゃないだろうしね。
それにしても……遅いわね、あいつ。
「いつまでかかってんのかしら……八雲のやつ」
「呼びました?」
「おわ!」
と思ったらなんてタイミングで帰ってくんのあんたは!? 何!? タイミングでも測ってたわけ!?
「……?」
くっ……素で『?』な顔……。怒るに怒れない……。
無駄にまぶしい白学ランのそいつは、トイレ借りた礼儀か、それとも単に欲しかったのか、大量の食玩とカードゲームを買い込んできていた。あと、別の袋に100円しない安いお菓子が大量に。また目立つ真似を……。
ま、いいか。この程度のこと、気にしても仕方ないし。
……割とたくましくなったわね、私。
「さて、じゃ、次はどこに……」
と、
ヴーッ ヴーッ
「?」
と、私のポケットで携帯が震えた。電話? 誰からだろ?
八雲に『ちょっと待ってろ』と合図してから携帯を開くと……ん? 母さん?
「あーもしもし、何? いきなり……」
………………と
私の言葉はそれ以上続かなかった。
電話の向こうで母さんが早口に言った『内容』を聞いた途端、全身に摂氏-30度の吹雪が吹き付けたかのごとき衝撃とともに、私の思考は完全に停止した。
「……若葉さん、どうしました?」
「…………あ……あ……」
「……『あ』?」
「…………青葉……が……」