青林裏路地捕物帳・前編
「「ありがとうございましたー」」
「ふーん……今日は意外と少なかったわね」
「まあ、薬品の成分自体はあまり代わってませんからね。この時代の『製品』のサンプルさえあれば」
青葉とフルコースの約束をした翌日である。本日は私たち、薬局に来ていた。
また大変な買い物になるのかな……なんて危惧したけど、意外にも今回の買い物は(今までに比べれば)少量で済んだ。
とはいうものの、確かにまあ、薬品の『成分』なんてものは時代が変わったからといって代わるものではない。塩化ナトリウムの成分が、100年前と今で違うなんてことは無いわけだから。塩は塩だし。
となれば、こいつが買うのは風邪薬などの『製品』に限られる。まあ、それでも1つの店で買うととんでもない量になるから、何件か回ったけど、今までよりは幾分常識的な量に収まった。といっても、中には高級な薬とかもあったから、結構な値段になったけどね。
いつもこんな感じだったらいいのにな……なんて考えながら、夕方で人通りがまだ少ない通りを歩いていたその時、
ひゅっ、ばっ!
「え?」
「あれ?」
突然、後ろから飛び出してきた若い男が、私が左手に持っていた鞄を無理やり奪い取って……そのまま走って逃げていった。
…………え!?
ちょ、もしかして……引ったくり!? 嘘!? さ、財布とか携帯とか色々入ってるのに!
「あの、若葉さん、あれって引ったくり……」
「見りゃわかるわよ! ここで待ってて!」
「え?」
八雲の返事を待たず、私はすぐに走り出した。人通りが少ないから『その人引ったくりですーっ!』なんていったところで捕まえてくれる人は多分いない。
なら……私が捕まえるしかないじゃないっ!
「待てコラぁ――――っ!!」
両足に全霊の力をこめて、私は地を蹴り、全力で走った。
☆☆☆
―裏路地―
「おう、どうだった?」
「やったぜ、うまくいった! へへっ、あのカップル、何でかわからねえけど、すげえ買い物してやがったからな……きっとどこかのお坊ちゃまとお嬢様だろ」
「へぇ~……そりゃまた、たんまり持ってそうだな? 男のほうは?」
「ポーチバッグだったんだ。ありゃとるのは無理だな」
「そうか。ま、いいさ。女のほうだけでも、十分……」
「ちょっとまったぁ―――っ!!」
「「「いっ!?」」」
ざざあっ!
曲がり角を曲がった所で、私の目に数人の不良風のチャラい男と、私がさっきまで持っていた鞄が映った。よしっ……追いついた!
ったく、何がお嬢様よ! 私はアイツの買い物に付き合ってるだけだっつーの! それをお金持ちのお嬢様って誤解とか……ああもうとばっちり!
それはとにかく、
「お、おい、もう追いついてきたぞこの女!?」
「くそっ、逃げるぞ!」
「あ、まてっ!」
再び走り出した男達を、私は再び全速力で追いかける。
どうやら奴ら、この辺は地元らしい。複雑な裏路地まで知り尽くしてるようで、せまい路地を右に左にすいすいと縦横無尽に走り回り、私を撒こうとする。
……が、
「げっ! まだ追ってくる!?」
「嘘だろ!? どんだけ速いんだよあのお嬢様!?」
「待て待て待て待て待て――――っ!!」
誰がお嬢様だ、って突っ込みはともかく、その程度の脚力で私を撒けると思うな! こっちは1年前に試しに参加したフルマラソン2時間半ちょっとで走ってんのよっ!
「へー、すごいんですね若葉さん」
「今褒めなくてもいいわよ! ともかく今はあいつらを……ん?」
と、ふと今の会話に違和感を覚えて隣を見ると……余裕の表情で私に併走している白学ランが目に入った。………………あれ?
「え!? 何!? あんた何その速さ!? あんたそんなに体力あったの?」
「あ、いえ、僕のはこのスーツのおかげでして」
「スーツ……って、その白学ラン?」
「はい。特殊合金繊維で作られてるCPU内蔵スーツです。防弾防刃衝撃吸収で、ガトリング銃でも傷1つつきません。電気信号で色も柄も自在に変えられるし、ナノマシンで汚れも即座に分解、シワも一切出来ないんですよ? おまけに、構造自体が人口筋肉になってて、重機なみの力が出せるし、電気刺激で装着者の駆動を強化したり出来るんです」
何か軍用兵装みたいなスーツね。てか、未来の洋服って全部こんな感じなのかしら?
「はあ……それでそんなムチャクチャ速く走れるんだ?」
「あ、いえ、これは……」
と、八雲が足元を指差す。何?
……ん? 何だか歩幅と進んでる距離が一致してないような気が……? そう、まるで滑ってるみたいな……ってこれは滑ってるんじゃなくて、
「ちょ、あんたまさか飛んでる!?」
「はい、高度3cmくらいで」
ああ……そうか、こいつ飛べたんだっけ。走ってるみたいに足動かしてるのは、あのチンピラ連中に対してのカモフラージュか。
その連中は、
「おい、何だあの2人!? 何であんな超余所見して普通に話しながらあんなに速く走れんだ!?」
「知るかよ……て、てか……俺達こそもう限界に近けーんだけど……」
「お、俺も……」
ふん、底が知れたわね。私はまだあと1時間は走れるわよ?
そもそもあんたらみたく根性がひん曲がってる奴らが私(達?)を撒けるはずないでしょ。さあ、体力も限界みたいだし、さっさとバックを返……
「くそっ、もう走れねえ! こうなったら……」
「ああ! 力ずくで黙らせてやる!」
「この際だ! 男のほうの財布もとってやれ!」
そう言いながら、男達は立ち止まって、懐からナイフやらメリケンサックやらを取り出してこっちを睨み……ってウソォ!? そういう展開!?