鉄道、病院、また白衣
場所はとあるホームセンター。
私は今日も、八雲の買い物につき合ってここに来た。今日の目当ては……家具&雑貨。
「どちらにいたしますかお客様? 赤と青がありますが」
「そうですね……塗料の成分に差異がわずかにある程度ですから、僕は別にどちらでも問題はないのですが……」
「だからもっと視覚的な判断要素に目を向けなさいよ」
頭上に『?』を浮かべる店員さん。すいません、どうか物事を成分分析なしには考えられない化学バカとでも勘違いなさって下さい。
これまで、ソファにベッド、デスクに本棚、物干し竿にリクライニングチェアと、1人暮らしするにも多すぎるだろ、ってくらいの量の家具を買い揃えた。これはさすがに『持って帰ります』って言うと不自然というか物理的に無理があるので、偽名を使って郵送してもらうことにした。コイツが郵送用に用意していた仮の住所に。
そして、さすがに家具ともなると何と言い訳しようが無理があるため、今日は私を知ってる人が誰もいないであろう遠くの店まで来た。特急で1時間半近くかけたし……大丈夫よね?
……その車内で、
「これがこの時代の特急列車ですか! うわー、すごいなー! 初めて乗りましたよー!」
とまあ、コイツは5歳児ばりにはしゃいでいたんだけど。まあ……車の排気ガスにびっくりしてたこいつだから、別に予想通りだったけどさ……(未来では100%電気自動車らしい)。
さて……そろそろいいんじゃない? さすがにこれ以上は『1人暮らし始めるんです~』って言い訳でもキツいわよ?
「そうですね……まあ、差し当たってはこんなもんですかね」
「そっか。じゃ、帰りましょ?」
下手に長居してこれ以上何か思いつく前にね。
いやしかし、今日は上手くいったわ。相変わらず1つの店で全部買おうとする八雲をどうにかこうにか諭して、今日もまた3件のホームセンターをハシゴ、ようやく満足したか……。でもまあ、上手く言い訳もしたから怪しまれてもないし、さすがにこんなとこまで来れば知り合いにも会うこともなかっ……
「あれ? もしかして……常盤さんかい?」
……ったらよかったんだけどな……。
店から出たとたんに、ばったりと見覚えのある人物に遭遇してしまった。
見ると目の前に立っていたのは……他でもない、私の担任、白樺光先生だった。
男性教師にしてはやや長めの黒髪と伊達メガネ、いつも来ている白衣がトレードマーク。結構イケメン。今年から入った新任の生物学の先生だけど、いつも笑顔で、気だてもよく、性格もフランクなのでクラス中に人気がある。いわゆる友達先生ってやつだ。
変わってる所があるとすれば……学校内に限らず、いつでもどこでも白衣姿……ってとこぐらいか。何? 昨日の葉桜先生といい……流行ってんの、白衣?
その白樺先生は、学区からだいぶ離れたこの地域に私がいることを、一応不思議には思ったような様子を見せたけど、そんなに気にはしていないようで、
「珍しい所で会うねえ。何でこんな遠くに?」
「あ、そ、その……ちょっと用事で、親戚に会いに」
と、適当に言ってごまかしておく。
幸いにも白樺先生に、特に何も怪しんだ様子はなかった。に、にしてもびっくりした……何で昨日は葉桜先生、今日は白樺先生に会うのよ……!? 何なのこの教師エンカウント率は!? 私買い物中毒の問題児として監視でもされてんの……あれ、心当たりメッチャある……。ヤバい、ホントにそうだったらどうしよう……。
まあ、人権尊重国家である現代日本でそんなことは無いと信じつつ……
「先生はどうしてここに?」
「ああ、ちょっと知り合いに会いにね。じゃ、待ち合わせしてるから、これで」
そう言って先生は、ひらひらと手を振って歩き出し、その場を去った。よ、よかった……何も聞かれなかった……。
と、先生は一度だけ振り返って、
「あ、そうだ、この前あげたジュースどうだった? 美味しかった?」
ジュースって……ああ、あれか、この前先生の手伝いした時にもらったアレ。
「あ、はい。とっても」
「そっか、それはよかった、うん」
そう言ってにっこり。そして、今度こそ先生は歩き去った。
……ってあれ? また八雲スルー? いや、それはそれで助かるけど、葉桜先生を除いて今までことごとく彼氏疑惑をかけられたアイツを何で……ってあれ!? 八雲いないし! どこ行った!?
あー、そりゃいなけりゃ疑惑もヘッタクレもないか……って、感心してる場合じゃないって! 早く探さないと、常識知らずのアイツ野放しにしたらどうなるか……くっ、どっち行った!? 右か左か……
と、
「あ、すいません若葉さん、やっぱりコレも買っていいですか?」
後ろ!?
見ると、八雲はホームセンターの入り口入った所に置いてある花や野菜の種を見ていて、まだ店から出てきてなかった。な、なんだ……びっくりさせないでよね……。
と、ともかく、運悪く先生に出くわしはしたものの、運良く八雲見つからないで済んだ……よかった……。
「じゃ……帰るわよ……」
「あ、はい。じゃあ早く駅に……」
「いや、あんたのテレポートでよ」
「えぇえ!?」
何驚いてんのよ、今からまた特急列車乗って帰ったら遅くなっちゃうでしょ? テレポートに距離制限も無いってあんた言ってたし……その方が効率いいじゃない。
「で、でも、その……」
「? 何か……不都合とかあった?」
「いや、無いんですけど、その……もう1回電車乗りたい(こつん)あ痛っ」
「子供かあんたは」
悪いけどそんな理由だったらダメ。今からまた駅行って電車の切符買って電車待って電車乗ってだと、確実に9時過ぎるわ。それに……
「病院の面会時間が終わっちゃうからだめ」
「へ? 病院? 若葉さん……病院に用があるんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ? 私の弟、今、病気で入院してんのよ」
ああ、そういえば……わざわざ話す必要も無かったし、言ってなかったかも。
只今入院中の、弟の常盤青葉。まだ中1で微妙に子供。だから、さすがに泊まりこみでっていうのは無理だけど、せめてと思って、私は毎日お見舞いに言ってる。昨日も、一昨日も、こいつの買い物が終わった後でね。病状に影響ない範囲で、アイスとか嗜好品のお土産も持っていってる。今日はここに来る途中、中古のマンガを買っておいた。まああの子、闘病の疲れで9時前には寝ちゃうんだけど……暇つぶしにはなるでしょ。
にしても……ホントに長いな……。いつ退院できるのやら。
「そうですか……わかりました。今日はテレポートで送りましょう」
「理解してもらえたみたいで何よりだわ。ありがと」
事情を聞いて、八雲もきっぱり諦めてくれたらしい。腕時計(型の何か別の機械なんだろうけど)をいじくって、テレポートの準備。……っとと、いけないいけない、裏路地入らなきゃ。
「それにしても……あんたそんなに電車楽しかった? 何回も乗りたがるくらいに」
「そりゃもう!」
八雲は歩きながら答える。
「僕の時代のは全部リニアモーターカーで、旧式のは資料館でしか見たこと無いんです。蒸気機関車……SLなんて、国宝指定されてるんですよ? あー、乗ってみたい……」
ふーん……わざわざ? あたしにしてみりゃリニアの方がよっぽど魅力的ですけど。時速500km超えるんでしょ? 超いいじゃん。
まあ、その辺考えても仕方ないか……。
人通りのまず無い裏路地に来たところで、もうだいぶ慣れた浮遊感と共に、私と八雲は住みなれた私の町へワープし、この日の買い物は終わった。