聖堂の景色はあまりにも最悪だった件
依頼者の青年、グリスに言われて向かうことになった聖堂までの道のりは地獄そのものであった。
歩く人はみな服を着ていない。下着であればまだ耐えるが、全く何も着ていない者は見るに耐えない。同性であってもあまり心地よくないものを、異性であれば吐き気を催すほどだ。そのくせ彼らは服を着るメイたちを見て怪訝な顔をする。心地良い風が吹き川のせせらぎが耳をかすめる自然豊かな村で、自然に回帰しすぎた村人の様は狂気そのものであった。
「着きましたわ。ここが聖堂です」
メイが村への不服を脳内で唱えるうち3人は聖堂の前に着いた。村の中でもひときわ目立つ聖堂。本来のタルト村では、この聖堂で人々が交流しているだろうことが建物の壮大さから伝わる。
「ほんとに入らなきゃなんねえのか?」
至って真面目な顔をしたシエラが言う。メイは心底その言葉に同意した。「問題を解決したい気持ちは、その問題を目の当たりにすることでより強化されるのです」。目を輝かせながらリオンはそんなことを言った。
やっぱり彼女は3人で旅に出たいだけかもしれない。別に裸の村人を見なくともメイは問題を解決する気である。
「では、扉を開きますね」
メイは姫の言葉に頷きも否定もしなかった。代わりにシエラと軽く目があった。「何を言っても仕方ないだろう」という感情が彼女の瞳から溢れているような気がした。
そこから先は、メイにとって狂気の世界でしかなかった。
「時代遅れのエセ医療に、天罰を!」
開くと同時に歪んだ思想が耳を襲いかかる。次いで視覚を怒涛の肌色が支配した。
最悪の気分だ。
それ以降の聖堂における儀式について、メイはこと語るも想起する気もおこらない。
端的に述べれば、聖堂の奥に立つ女は「裸であることが健康の美徳」だと信じてやまないらしい。その思想が村人全般に伝播した結果、この村における惨状が形成されているようだった。
◆
「ひでえ景色だったな」
聖堂を出たシエラがまっさきに述べた言葉がメイの表現したいことを全て語っていた。
「非常に深刻な事態と思われますわ。やはり早急に解決する必要が」
「来る前からそれは分かっていたような⋯⋯」
メイの言葉にリオンは何も答えなかった。
ところで、メイ達はいまタルト村を後にし、近くにある『救いの森』と呼ばれる森林へと足を踏み入れている。グリスとリオンが会話を交わしていた、『森林にいる妖精』討伐のためだ。
「グリスさんから村の状況以外に妖精の話を伺っていたのは、その妖精が村の問題を引き起こしている可能性があるからです」
リオンが救いの森へ向かう途中そんなことを言っていた。
「魔物が、村における怪奇現象を引き起こしているってこと?」
「そういうことですわ」
「魔力によって人間が支配されるのはよく聞くが、それにしても変わった趣味の魔物だな」
「タルト村における異変が確認された頃と森林にその妖精のごとき生物がギルドへ報告された時期が一致します。論理はあまり強くありませんが、討伐することに越したことはありません」
「その魔物が根源と分かっていたなら、村に行かなくとも討伐するだけで問題を解決できたんじゃ」
「メイさん、あなた何も分かっていませんわ。グリスさんのあの困ったような顔を覚えていますか? 聖堂における景色を目に焼き付けていますか? 根本原因を解決するだけでは得られないものもあるのです。そもそも現場における問題と向き合って初めて分かることもあるわけで⋯⋯」
「あーごめん。あたしが悪かった」
また話が長くなりそうなのでメイは先出しで謝罪した。「ワイバーン問題を抱えるラズベリア王国の王女がそれを言うのか」とシエラが皮肉めいた。
「⋯⋯とにかく、わたくしの事前調査によるとこの辺りに、かの妖精がいるかと。––––シエラさん、見つけ次第お願いできますか」
「あいよ」
シエラはえらく軽い返事をする。
そのタイミングで、メイは周囲の波の変化を感じ取った。
波動を扱うものに訪れる、敵の”音”。
「何か⋯⋯いるっ」
メイの言葉でシエラとリオンが戦闘態勢に入る。「あっちだ」とシエラが小さく呟いて、見ると赤ん坊ほどの妖精が開けた草むらの上を羽ばたいている。
「何あれ⋯⋯」
その妖精の見た目は、メイがこの世界で見てきた妖精とは大きくかけ離れていた。顔のようなものはなくて、楕円形の機械じみた二重層の殻に透明の羽が6つほど、左右3つずつ生えている。殻の下部には、目なのか口なのか分からないけれど、なにか膜のようなものがパクパクと蠢いていて、そこに僅かな湿り気がある。妖精といった綺麗な字面からは想像し難い歪んだ生物が眼の前にいた。
「あれが目標物か⋯⋯?」
「ええ」
リオンはシエラの問いへ冷静に回答する。魔物かどうか判別し得ない生き物に困惑するシエラと対照的に、リオンはやけに見慣れた様子である。
「なら、手短に済ませる」
リオンの合図を受けたシエラは剣を抜く。抜刀したシエラの細剣が、メイに向けられていたときの数倍、光り輝いて見える。それ以上に、鞘に収まっていたときからは想像もつかないような鋭さと、魔力を帯びている。
「幻想起動!」
リオンが呟く。メイにとって噂の範疇でしかなかった、勇者固有のスキル。––––使用者の念に応じて、武器の様相を切り替える《幻想起動》。
「確実に仕留める。––––幻想の聖剣」
居合い切りよろしく剣を構えたシエラは、剣が幻想起動によって魔力を帯びると同時に、刹那で妖精に接近する。メイの視覚で気味の悪いその妖精とシエラの聖剣が接触したのを認めたとき、既に妖精は本来あるべき姿を失ってバラバラになっていた。
「これが勇者の力⋯⋯」
「想定通りと言ったところでしょうか」
妖精の詳細な戦闘能力までは把握しえない。ただし、まだ生態の詳細が掴めていない魔物をシエラが一撃で仕留めたことは事実だ。何食わぬ顔で討伐を終えたシエラは剣を納刀し、「お見事でしたわ」とリオンが労う。
メイは生で見たシエラの驚異的な戦闘能力に呆然とする。それから遅れて、現状に思いを馳せた。
––––「タルト村の異変はこの妖精によって引き起こされている」。
リオンのこの言葉が事実であれば、村における裸の問題はもはや解決だ。与えられた任務は終了を迎えたはず。
メイの出番など一切迎えることなく、タルト村の問題はあっさりと解決した。
ように思われた。
◆
タルト村に滞在して3日目になる。驚くべきことに、まだメイ達はタルト村を離れていない。正確には、離れられていない。
村ではさらに奇妙な事態が生じていた。
メイ達はこの3日間ずっと依頼者の青年の家を借りている。男1女3で住んでいるといえば嫌な響きであるが、実際は宿屋のごとき広い家なのでみな異なる部屋での個人生活だ。
「どうでしたか、グリスさん」
「いいや、全く駄目だ」
「そうですか」
出かけていた青年グリスとリオン共に曇った声色をしていた。ちょうどそこにシエラも帰って来る。
「あら、良い頃合いにシエラさんも。⋯⋯いかがでした?」
「いたよ。この前仕留めたはずのやつが」
「やはり⋯⋯となると、わたくしの仮説は確実」
ここに至るまでの経緯をまとめる。
結果として、タルト村における裸の異変は、シエラが妖精を討伐した後も一向に解決の兆しを見せなかった。それどころか、また何名か下着では満足できず全裸になるものが増えた。それもこれも健康のためらしい。意味不明である。
問題が解決しないのでメイ達はタルト村に残ることになる。その間、メイとリオンは家に待機し、グリスが村の様子を、シエラが森林の様子を観察し、異変や妖精の動向を伺うことになったのだ。
依頼者のグリスが村の様子を調査しているのは、彼自身の要望による。あまり喋りたがらないので真実は分からないが、彼なりに村を救いたい気持ちがあるようにメイの目には写った。
調査するうち、村では一向に改善に傾向が見られないし、森林ではまた同じ妖精が再度出現したことが明らかになった。今日の2人の報告もそれを意味する内容だ。
妖精が異変の根源であったはずのタルト村問題は全く解決する様子を見せない。それなのに、リオンは現状を見て「やはり」と答えた。
「メイさん、シエラさん。少しよろしいでしょうか」
報告の後、リオンは自らの部屋に2人を呼ぶ。
部屋に向かうと、馬車でかつて見た真剣な眼差しがメイをとらえた。
「この村に来た意味を、ようやく説明できるときが来たようです。わたくしが、世界が、もしかしたら向き合わなければならない、深刻な問題」
動かないツインテールから、いつもより低い声が紡ぎ出される。その結論を早く知りたいはずのメイは、リオンの空気に飲まれて、慎重に話を聞く心持になる。シエラも、何かかったるそうにしながら、座り込んでリオンの方を見た。この部屋には依頼者のグリスがいないから、リオンを含めた3人だけ。
ここで語られる話が、今後のメイに与えられたこの世界での主要業務となる。
【人物】リオン・ラズベリー
王都ラズベリアの王女。世界に生じた未知の異変を解決するため、メイの家に乗り込んできた。丁寧な言葉遣いから察する印象とは裏腹に、自ら進んで現場に出たがるのが好き。




