どうやらこの村の人々は服を着ないらしい
王都ラズベリアから、村人が裸になる怪奇が起きているというタルト村まで、草原を馬車で駆け抜けていく。実際に引っ張っているのは魔力に優れたユニコーンだから、正式にはユニコーン車だ。
しかしそれでも馬車の乗り心地は悪い。ある程度魔力で軽減されているとはいえ、揺れが直接伝わって疲れる。この世界は文明が発達しているのだから、もっと快適な乗り物が開発されるべきだ、とメイは思った。おそらく、移動魔法や転移空間の存在が公共交通文明の発展を妨げたのだろう。シエラが「空飛ぶカーペットは便利だぞ」としたり顔で言っていたが、寒そうなので何が良いのかメイにはわからなかった。
そうして馬車の中。メイはまだ知り合って浅いシエラやリオンと共に揺られている。温度や匂いは気にならない。狭いのと沈黙が苦痛であった。
退屈そうに馬車の窓から景色を眺めるリオンへ、メイは話しかけてみる。同じくメイも暇だったからだ。
馬車の揺れに合わせて彼女のツインテールはぴょんぴょんと跳ねていた。王女様といえど、こう隣に並ぶと同世代のような親近感が湧いてくる。
「あのさ、リオン」
退屈そうに外を見ていたリオンはゆっくりとこちらを見た。
「どうされました?」
自らが呼びかけられたと認めたリオンは静かに座り直して、綺麗な背筋で私の方を見た。育ちの良さが現れる所作である。
「リオンは⋯⋯国の人たちはさ、ラズベリア山脈奥地のワイバーンについて知っているの」
ふと、疑問に思う。ずっと解決されていない、山脈奥地のワイバーンの件。受付嬢のドロシーもクエスト結果報告時に話していたことだ。王都ラズベリアで今最も重要な課題で、向かっている『裸の村問題』より、よほど大事に思う。
メイの質問に対して、リオンは特別表情を動かさない。何を考えているのかも分からない彼女は、静止して、5秒ほど経ってから口を開いた。
「知っています。そのワイバーンが、どうかされましたか?」
「えっと」
若い見た目をして、やけに冷静なリオンとのやり取りにメイは軽く狼狽える。
––––落ち着け。あたしはリオンと喧嘩をしたい訳じゃない。お互いだけが知っている情報を元に、自らが知りたいことをやり取りしようとしているのだけだ。これくらいの緊張感は生まれてもおかしくない。
「いま、私たちは村人が裸になる村に向かっているわけだけど」
「ええ」
「勇者シエラを連れられるなら、それこそ国で問題になっているワイバーンの討伐を優先することもできたんじゃないかな? 国の安全を守るうえでの本質がワイバーン討伐にどれだけかかっているか分からないけれど、少なくとも討伐できれば、この件をエサに国政へ文句を言いたいだけの人へのアピールになる。募る国政への不満を減らせることは国家維持にもつながるのかな、って考えたの」
馬車はさらに酷く揺れる。街から遠のいて魔物地帯の真っ只中だから当然であるのだが、これでは歩いて向かうよりも疲れる。
「山脈奥地のワイバーンを、討伐することはできません」
乗り心地の悪い馬車の中で、リオンが随分興味深いことを言った。
「討伐が⋯⋯できない?」
「ええ」
「でも、リオンには、王都ラズベリアにはシエラが」
「シエラさんが居ても、です」
驚いたメイは反対にいるシエラの方を見た。車内にもたれて揺られるがままの彼女は、壁際でずっと武器の手入れをしている。あまり動かない表情から、自らがワイバーン討伐できないことは認めているように思える。
「どうしてシエラでも討伐できないの? 原理が何であれ、それほど強大な力を持った魔物なら、なおさら優先して処理への働きかけを行った方が良いんじゃ」
リオンはまた表情を変えないで、前を見たまま、今度はあまり考えずに口を開いた。
「どうして倒せないのか、どうして裸の村の問題を優先するのか。それらは全て、これから向かう村での問題と向き合うことで明らかになりますわ」
メイはもどかしい気分になった。同じパーティとして行動すると説明されておきながら、実際は自分だけ情報格差の中、弱者として位置づけられている。これではチームを信用するにし切れない。せめて伝えられない理由を教えてくれるだけでも助かるのに。
「できれば、今から向かう裸の村でも、ワイバーンの発生でも、起きていること全てをメイさんに教えてあげたいのです。ただしその詳細が複雑ゆえ、経験を経てから説明をしたほうが、説得力を持たせられるかと思っておりまして。隠す気は毛頭ございませんわ。これから村を見る過程で、メイさんにも情報共有はさせていただきます。その辺りはご心配なさらぬよう、ご認識くださいませ」
メイのモヤモヤした表情はよほど分かりやすかったのか、リオンは追記で説明を行った。隣で、「私もあんまり分かってねえんだよな」とシエラが呟く。
「勘違いなさらないで欲しいのが、わたくしも山奥のワイバーンを討伐すべきだと考えている、ということ。決して放置するつもりはありませんし、これからの課題と向き合うことで逃避している訳ではありません。わたくしは本気なのです。だからこそあなた、メイさんと、勇者シエラさんをお呼びしているのです」
リオンは随分と真剣な眼差しで語った。今のメイとは肉体的に同い年だと見えるが、彼女の方が大きなものを抱えているように感じられる。街であれだけ”無能”だと嘆かれる国政を間近で見ている彼女は、想像よりも遥かに前を真っ直ぐ見つめていた。
そうするうち、馬車から見える景色が次第と集落味を帯びてくる。
「もうちょいで村か? この感じは」
シエラの言葉と同時に、メイの視界も遠くに家々を捉えた。縦長に家が連なった、小さな村。リオンの話が正しければ、ここの住民がみな裸になっているというが。
「みなさま、落ち着いて降りる準備をしてください。特に警戒するような魔物はいませんが、村の方々を刺激したくありませんので」
「わかった」
「了解。えらく指示の多いお姫様だ」
「シエラさん。これは一世一代の任務です。メイさんにまで協力いただいているのです。もう少し真剣に」
「あー、申し訳ない。茶化しているつもりはないのだが。思ったことを言っているだけだ」
「メイさんも、真剣にお願いしますね」
「あたしずっと真面目だけど!?」
揺れはすっかり大人しくなった。
◆
山に囲まれたその村は、入口だけが魔物の湧く平野につながっていて、それから奥までは、道が何度か曲線を描きながら、川で遮断される位置まで繋がっている。その道を挟むように小さな家が並び、ときおり、商店や池、畑などが見える。小さな家々の多くは農業で生計を立てているらしい。
「到着いたしました。タルト村ですわ。––––村民がみな、裸になってしまう村」
メイが見渡す限りまだ裸の村民は見当たらなかった。できれば目にしたくないのだが、しかし見ぬことにはこの村が裸の村であるという確証も持てないから葛藤である。
「先に、クエスト依頼人の家へ向かいましょう。男性ですが、彼だけは未だ服を着て生活をしているそう。彼に客観的なこの村の状況を共有していただきましょう」
深いところで事情を知らないメイはただリオンの命令にうんうんと頷くだけであった。ただしそれは同行しているシエラでも同じようだ。しばらくは、リオンの言葉を信じてメイたちは行動するほかない。
◆
村のなかでもひときわ大きな民家に依頼者の青年はいた。
「すげえな。本物の姫様か」
村で唯一、服を着るという彼は雰囲気の暗い男だった。前髪が目までかかりきっている。悪い目つきはしていないが、どことなく外の世界に興味がなさそうな雰囲気をまとっていた。
「グリス・ガウラさんですね。今回は本件に関する王都の申し入れを受け入れてくださりありがとうございます。本件について、ギルドへの申請は上がっておりませんでしたが、対処すべき重要な事態として王都の判断により伺わせていただきました。わたくし、ラズベリア王女リオン・ラズベリーです。王都より2名の同行がついており、3人体制でございます。何卒」
メイは前の世界の手癖で名刺を出しそうになる。
「片方は、シエラ・スノードロップ、じゃないか⋯⋯?」
リオンの挨拶を聞いた彼は、シエラを見て前髪の奥にある目を丸くした。
「あら、シエラさんのことをご存知で?」
「王都ラズベリアの⋯⋯勇者、だと聞いたが」
「知ってるなら話は早いですわ。今回の問題解決、ひいてはわたくしの”仮説を証明するため”、彼女には来ていただいたのです」
––––仮説を証明するため⋯⋯?
メイはリオンの言葉が引っかかった。ただ、依頼者とリオンのやり取りを妨げたくないので、話の腰は折らない。
「早速ですが、現状の共有をしていただきたく」
シエラをじっと見つめていた彼は、リオンの言葉であっさり落ち着きを取り戻した。
「ああ。そうだな。あれから特に良い方向には進んでいない」
「それは、村の方々の裸への信仰が、でしょうか?」
「そうだ」
「森林に湧く、妖精については」
「誰も討伐に行ってねえ。体が良ければ行けたんだが」
言い切って彼はバツの悪そうな顔をする。「説明が遅れました。––––彼、グリスさんは、生まれつき体が弱く、医療術でも回復の傾向が見られないため、冒険に出ず、この村で生活を行っているのです」。リオンが補足する。
「無理はなさらないでくださいね」
メイたちに説明したリオンはそのまま向き直って、グリスに声をかける。
「ああ、どうも」
「話を戻します。村の方々は良い方向に進んでいないとおっしゃいましたが」
「全裸の連中が増えた」
「なるほど」
「もともとは下着も結構いたんだが」
「そうなのですね」
「なにそれ」
メイには、この村で何が起きているのか一切の検討がつかない。ただ裸の村といっても全裸と下着で段階があるということだけ分かった。リオンが冷静に調査を続けているのも不思議だった。シエラはずっと退屈そうである。
「ちょうど今、聖堂に集まって儀式でもしてんじゃねえか。もし村の状況を詳細に知りたかったら、そこに行くといい」
「ありがとうございます。グリスさん。非常に参考になりました。⋯⋯では」
リオンがメイを見る。言わなくてもわかる。『見に行きましょう』と顔が言っている。知らない人らの裸を見に行くなんて地獄も甚だしい。隣を見るとシエラも嫌そうな顔をしていた。メイにとって珍しく勇者と意見が一致した瞬間である。
【自治区】タルト村
王都ラズベリアから離れた位置にある、自然豊かで小さな村。王都と異なりギルドは存在しない。村特有の風習などは今まで報告されていなかったが、最近は村人が服を着なくなってしまったらしい。




