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3/5

目覚めたら勇者に剣を突きつけられていたのですが

 酒場で良い気分になれた、その翌朝。


「おはよう。起きたら殺す」


 目覚めるとメイの眼前には剣が向けられていた。その矛盾極めた殺意溢れる挨拶への比喩(ひゆ)ではなく、本当に剣が鼻先に触れそうな位置に構えられていた。


「⋯⋯?」


 人生で経験したことのない混沌(こんとん)の朝に、メイはそれが現実であると理解することができなかった。できれば今日もいつも通りクエストを消化したかったのであるが、状況が状況なのでとりあえずもう1度メイは眠りについた。


 ––––。


「目覚めたか? 随分(ずいぶん)と呑気なやつだ」


 “彼女”はまだ居た。そして相変わらずメイに剣を向けていた。どうやらこちらが現実らしい。ボーイッシュでどこか力強さを感じる声の彼女は、一方で綺麗な青髪が胸の辺りまでかかっていて、自らを(にら)みつける瞳は(にご)りなく潤っている。


 1秒に満たないうち彼女を観察して、メイはようやく重要なことに気づく。自分は彼女のことを既に”知っている”。


 ——勇者だ。王都ラズベリアの。


「シエラ・スノードロップ!?」


 彼女がその勇者であると認識したとき、メイは驚きのあまり間抜けな声をあげてしまった。勇者は即時声に反応して、メイの耳に(かす)れそうな位置へ剣を突き刺す。それから勇者の手が口元を抑えつけるので声が出せなくなる。勇者の手に力強さを感じずとも、状況がメイを拘束して離さない。


 メイは混乱するばかりであった。どうして勇者が自分を襲っているのか分からないし、目をつけられているとしたら自らの立場は相当危うい。


「これくらいで十分か?」


 シエラは剣を突き刺したまま、部屋の入口の方へ声をかけた。彼女以外にも誰かがこの家にいるらしい。


「おそらく、こいつは私に抵抗する術も、する気もない。所有しているスキルは事前調査通り波動合成だろう。微量な探知しか感じなかったが、波由来のものだと思われる」


 シエラはメイのスキルについて”誰か”に説明している。その間、メイは現状を必死に整理した。


 ––––だれかが、集団であたしを捕らえようとしている?


 メイの理解及ばぬままシエラが声をかけた先で、寝室の扉がゆっくりと開く。こいつが責任者だろうか。女性の寝室に許可なく入り込むといったようなデリカシーのない戦術は取らぬよう、この責任者に伝えなければとメイは思った。


「大変失礼しましたわ。––––メイ・マグノリアさん。唯一無二のマスターランクに到達した、極めて優れた冒険者だとのことで」


 シエラが声をかけた先、扉から出てきたのは、大きな巻き髪のツインテールに、長いまつ毛の、少し背が小さいドレスの女。


 また、メイの知っている人だ。


勇者とは別方向に大きな力を持った。一般には対面できない存在。


 シエラに呼ばれて部屋を訪ねた”勇者の仲間”は、王都ラズベリアの王女であった。



「まず初めに、手荒い真似にて接近したことを、詫びさせていただきます。申し訳ございません」


 王女(名を、リオン・ラズベリーという)は地に手をついて、静かに頭を下げた。


メイが初めて生で見た王女は自らに向かって土下座をしている。どうしたら良いかわからなくて、とりあえず頭を上げるように言った。心の奥で謝るならもっと丁寧な手段を取れば良いのに、とも思った。


「王女様、そこまでしなくても」

「いえ。メイさんも驚いたことでしょう。あなたにとって、人生史上最悪な朝だったのでは」


 少なくともこの世界で過ごした朝の中では最悪であったからメイは黙って頷いた。元の世界であればもっと苦痛な朝があった。早朝から課長のモーニングコールとか。


「で、こいつは十分目が覚めたみたいだけど、これからどーすんだ?」


 また剣先がメイに向けられた。清楚な見た目のシエラは、思いのほか言葉に勢いをつけて話す。行動は勢いとかの次元を超えて常に殺気立っている。


「剣は下ろしてもらって結構です、シエラさん。ご協力いただき非常に助かりましたわ。⋯⋯何となくメイさんがどういう人間か掴めましたので」


 王女リオンは随分と不思議なことを言うので、メイはまた困惑した。自分の部屋なのに、知らないところにいるような感覚がした。


それ以前に、なぜ勇者があたしに剣を向け、王女はあたしに手を差し伸べるのか––––メイはこの状況を整理しなければならないと感じた。置かれている状況に応じて自らの立ち回りと目的を定めなければならないと思った。


「その、なんであたしはこんなことに」


 部屋のベッドに腰掛けて、じっくりとメイを見るシエラと王女リオンの2人へ、メイはそう呼びかける。取り急ぎ最も重要なことを始めに尋ねる。いつもは薬草のアロマと手料理を並べるくらいしかおしゃれのできない質素な部屋に、今は王都の重要人物が2人も居て、さながら会議のような雰囲気が漂っている。


「こんなこと、と言うのは」

「えっと、朝っぱらから剣を向けられて、いきなり王女様が訪ねてきた理由、でしょうか⋯⋯」

「すなわち、わたくしがあなたへアプローチした理由ですわね」

(おおむね)ね、そういうことです。この国の王女と、勇者と呼ばれる少女が、あたしの家に押しかけてきた理由」

「極めて単純でございますわ」


 リオンは真剣な眼差しをする。剣を下ろしたシエラは、興味がないのかあんまり聞いているふうに見えない。


「欲しいからです、メイさんのことが」


 頭の片隅では予測できていた言葉をリオンははっきりと口にした。ただ、言葉となったそれはあまりにも突飛で、メイの脳は即座の理解を拒む。


「––––ハイマスターランクに達成したあなたでしか突破できない現象が起きているのです。それを解決してもらうために、わたくしはあなたに声をかけたのです」


「だってよー」とベッドの上でシエラが他人事(ひとごと)気味にいう。君も仲間じゃないのか。


「その事象は、勇者様じゃ解決しないのでしょうか?」


 メイは素直に思ったことを聞いてみた。


「解決するかもしれません。でも、他の有力な冒険者がもう1人いるに越したことはありませんわ」

「リオン様の能力は」

「リオンで結構。言葉遣いも平易なもので問題ございません。––––わたくしだって当然人並み、いやそれ以上に戦闘能力はありますわ。教育の過程で嫌というほどスキルを磨かされましたから」

「そしたら、その問題解決に向かうのはリオン⋯⋯とシエラの2人で十分なんじゃ」

「いえ、最悪のバックアップを考えて、3人目が必要です。王都の救う責務を一切抱えず、国としての視点も、勇者としての視点も持たない、ただただ優れるだけの冒険者の存在が、これから向き合う事件では大切になってくるのです」


 ここまでの会話でメイはなぜ自分に役割が与えられていて、その役割の対象が自分でなければならないかをリオンの口から明らかにした。


 端的に述べると、特別な地位につかないが能力はあると思わしき冒険者が必要らしい。


 それにしてもリオンはやけに力説した。気づけばシエラも刀を磨くのをやめて話に聞き入っているに見える。しかしよく見るとシエラは半眼で寝ているだけであった。綺麗な顔なのにもったいない。


「これは決して遊びではありません。わたくしはギルド、および王族の全ての申請を乗り越えて、冒険を取る許可を得たのです。各行動に責任と報告が伴う、国単位での重要な調査となります。護衛がつけば移動が重くなるところも、わたくしとシエラさんとメイさんの3人パーティとすることで解決しています。3人パーティの許可が降りるまでどれほどの資料を用意し、審議の機会を設けたことか⋯⋯」


 リオンは一人、eAQMとにらめっこしながら、過去の頑張ったエピソードをつらつらと述べ始める。ただしメイもその内容から3人へ旅に出ることへの熱意があることは伝わった。


 熱意を感じると同時に、何となくメイはリオンが持つ別の意図まで感じ取ってしまう。


「その何となく、だけど。リオンは、女の子3人で遊びにいきたいのかな⋯⋯?」


 そして汲み取った意図をメイが思わず口にしたとき、リオンは翼竜が炎魔法を食らったような顔をして、しばらくの間に深呼吸をして自らを落ち着かせてから、メイに反論した。


「メイさん、わたくしは本気で解決したい事件があるのです」


 真剣な目をしている。同年代ほどとは思えない、覚悟を決めた、未来に進むための顔をしている。なんともピクニック気分ではないようだ。


「どーやら、本当に遊びじゃねーらしいぞ」


 ベッドから起き上がったシエラがメイの隣に座る。もう剣先は向けてこない。「王女のやつ、この3人で今から向かう冒険が大発見に繋がると本気で言っている」。シエラもそんなことを言う。


 大事な調査が伴う、大切な旅に出るのか、––––ただ“この世界が好きで働きすぎただけ”のあたしが––––メイは複雑な感情になる。特別な能力も装備も知恵もないのに、彼女らはそのことを知っているのだろうか。


「あの、リオン。気持ちは分かった。だから、私も同行する身として整理しておきたいことがある」


 メイの言葉に、リオンは小さく頷く。


「あたしは、特別に与えられたスキルなんてなんにも持ってない。最強の装備なんてのもない。戦闘狂ってわけでもない。ランクは高いかもしれないけど、それはたまたま仕事が楽しかっただけ。本当にそれだけ。そんなことしか取り柄のないあたしが、2人に並ぶほどの価値を発揮できるとは思えないけど、それでも大丈夫なの?」

「大丈夫らしいがな、王女いわく」

「でかすぎるドラゴンとか、高速で動くロボットとか倒したことないよ。それでも大丈夫?」

「ええ、問題ございません」


 何が無問題なのだろうか。重要な任務に冒険者を同行させたければ、マスターランクの歴が長い中央ギルドの冒険者を雇えば良いだろう。


どんな目的のためのクエストなら、あたしでないといけないのだろう。メイは疑念が取り払い切れなくて、リオンに尋ねる。


「分かった。ありがとう。––––ちなみに、クエストの目的は何なの」

「失礼。まだ伝えておりませんでしたわね。簡単ですわ。人助けをしたくって」


 咳払いをしてから、リオンは軽く髪を揺らす。


「変わった村が現れましたの。『村人全員が裸になる村』。その村の解決を、わたくし、シエラさん、メイさんの3人でできればと思いまして」

「⋯⋯へ?」


 王女が国の認可を得て、最強の勇者を巻き込んだ、メイでなければならないという依頼は、人生史上最も意味不明な仕事であった。


【人物】シエラ・スノードロップ

 この世界の勇者。王都ラズベリアを活動拠点とし、世界に危機が来るその日に備えて、日々治安維持をしている。

 メイの家には王女の依頼を受けてやってきたらしい。

 少々乱雑な性格。

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