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名誉の代償に、噂されることだってある

 何人かが、こちらを見てくだらない噂をしているように見える。心地悪さを感じながら、メイは案内された席に着いた。


「ハイマスターランクだ⋯⋯」などとぶつぶつ言っているのが聞こえる。ある程度、こんな扱いにも慣れた。


 いくら視線を受けたとしても、席についてしまえばこちらのものだ。


「ぶっはーーーっっっ! 最高。これが世界で一番美味い」


 さっきまでの物思いが一瞬で吹き飛んでいく。酒が美味いのはこの世界と元の世界の数少ない共通点であった。仕事を頑張れば頑張るほど美味しくなるのも同じ。


 いわゆるビールに近い飲み物だが、現実世界よりも苦みと炭酸が強くて、その代わりコクに欠ける。周辺で取れた植物から生成しているからか、風味もちょっと強い。香りに関してはクラフトビールに近い。


 そもそもこの液体に含まれる高揚感を誘発する物質が元の世界でいうアルコールと同様なのかすらも知らない。はじめは発泡酒のようで気に入らなかったが、体がこの世界のものだからか、食と同様2日目には慣れた。


 好きなタイミングで仕事を受けて、好きなタイミングでお酒を飲める今の環境がメイは好きだ。好きなタイミング、とはいっても、完全に自由な生活じゃなくて、日が昇る少し後に起床して日が沈む頃には冒険報告を済ませる。さながら社会生活のようなものを自らに課している。

 

 元の世界に居た頃のメイは課題や業務を抱え込むことが多くて、何度も心が折れた。成長を感じるゆとりもないまま、散らかった自らの状況と衝突して幾度(いくど)となくパンクした。

『一度全てがリセットされれば、全うな人生を歩めるのに』と毎日のように願った。願い叶わぬままメイはその世界を去った。


 転生先で与えられた”冒険者”の役割は天職であった。依頼をこなした分だけ報酬が貰える。スキルの獲得で自らの成長が如実に感じられる。


 計画立ててクエストを受けていき、成長を実感しながら報酬を受ける生活があまりにも楽しくて、キャリアアップなど意識せぬままランクが上がっていった。メイはこの世界が好きだ。


 元の世界に未練がない訳ではない。この世界に不満がない訳ではない。例えば娯楽は元の世界に劣る。娯楽の発展した都市もあると聞いたが、少なくとも王都ラズベリアは酒場くらいしか娯楽がない。そうなると祭日もクエストに出る。またランクが上がってしまう。


 物思いの海を泳いでいたら、なんだか景色がぼやけてきた。少し飲むペースが早かったのかもしれない。メイは「ツマミが足りないな」と感じた。体が塩っけを求め始める。


「すみません。追加オーダー。キメラのレバー焼き、マンドラゴラソース多めで」


 注文で声を上げると周囲の冒険者がこちらを見る。また噂だ。


 メイの好奇心は後から振り返ったとき、積み重なった実績となって、名誉の形で重く降りかかった。


 固有スキルも、戦闘能力も、そこらの冒険者と変わらないのに、ランク上昇のスピードと転生者というレッテルが勝手にメイを伝説にする。


 将来的に担うかもしれない責務を思ったとき、神格化される気分にはなれなかった。形だけの管理職のようになるのは避けたいのだ。

 

顔も名前も知らない、頬を赤らめた男が自らの席に近づいてくる。


「よーぅ、姉ちゃん。メイ・マグノリアだっけか? うちのパーティ来ねえ?」


 やめろよ、と周りが面白がって囃し立てる。それだけ行って彼らは酒場を出る。こういう冷やかしもよく受ける。


 ジョッキに残ったビールは、風味が抜けていて不味い。炭酸の強いことだけが救いであった。


     ◆


「どうしたの? 迷子?」


 それから4杯ほど引っ掛けてメイは酒場を出た。周囲はとっくに暗くなっている。名前も知らない天体だけが街を照らす。見ると小さな女の子がいた。


「夜遅くにどうしたの? ママは?」


 メイはしゃがみ込んで少女に語りかけた。涙目の彼女は、俯いたまま答えない。


「知らない人と話しちゃ駄目って言われているのかな? 大丈夫、お姉さん怪しい人じゃないよ」

「⋯⋯。怖い人は、みんなそういうってママが」


 思わずメイは苦笑いした。少女がまさしく正論であったからだ。


 メイは冒険者管理システムがインストールされた手元のデバイス、eAQMを起動した。少女に信用してもらうにはこれしかないとメイは思った。いやらしくて、あまり好ましくない方法であるのだが。


「ほら、見て。お姉さんたくさん魔物倒してるの」


 少女の瞳が大きくメイを捉える。輝いた瞳に映し出される、ハイマスターランクの紋章。


「凄いっ⋯⋯! 強い人だけ持ってるやつだ」

「ま、まあ、そうかな?」


 メイはeAQMステータスを少女に見せたのだ。少女がこの実績に由来して自らのことを信用してくれるなら見せる以外の選択肢はない。


 現に今、少女は勇者シエラの名を出してはしゃいでいる。勇者シエラといえばこの王都ラズベリアの英雄だ。信用を得られたゆえ、少女が喜んでくれたのならば、eAQMを見せたのは成功といえよう。


「シエラさまとおばさん、どっちが凄いの?」

「私はお姉さんだよ」

「でもおじさんたちと同じ匂いする!」


 刹那、多大なるショックを受けた後、”おじさんたちと同じ匂い”の意味するところが”お酒の匂い”だと気づいたメイは大きく安堵し、これ以上匂いが漏れないように口を塞いだ。


 メイがそんな口臭ケアへ気を取られる()に、少女は「シエラさまの方が凄いか〜」と自己解決した。ちなみにメイはこの無垢が好きだ。


「で、ママとははぐれたの?」


 柔らかい顔をした少女は、眉をひそめながらコクリとうなづく。


「私が、1人で行動しちゃったから」

「そっか。––––大丈夫、あたしが一緒に探してあげる」

「ほんと!?」

「うん。任せて。シエラ様よりは弱いけど」

「ううん! 嬉しい! ありがと、お姉ちゃん!!」

「⋯⋯お姉ちゃんに任せなさい! ふふっ」


 少女と手を繋いで、2人星空の下。ギルド依頼じゃないから報酬はない。計画外だけど、小さな希望には変えられない。メイはやっぱりこの世界が好きだ。


 明日も、平和な1日でありますように、とメイは願う。


 平和と対極の朝が訪れるなんてことも知らずに。




【自治区】王都ラズベリア

 メイが転生後暮らすことになった都市。王政により支配されている。最近、どうも王族に対する国民への信頼が揺らいでいるように見える。

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