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唯一の称号、ハイマスターランク

 大きなトサカの恐竜らしき魔物が、うめき声をあげながら彼女の方を見つめる。腕元につけたデバイスが、魔物の詳細を知らせた。体力と、紐づけされたクエストの報酬金、過去の討伐数等だ。情報が空間上に投影される。すでに知っている対象なので、確認する必要はない。


「ここに来てから7.5時間⋯⋯そろそろ撤収してもいいかな」


 魔物から一歩引いた位置にいる彼女。洞窟壁際の鉱石をいくらか回収して、うめく標的と向き合う。一瞬だけ腰のポーチが重くなって、魔力で鉱石を収納したそれは即座に軽くなる。異世界特有の感覚は、剣と魔法の世界に転生したことを実感できるから好きだ。


 薄暗い洞窟の中で、不気味に光った目がジロジロと周囲を確認して、彼女を捉える。小型のライトを持ってきたら良かったなあなんて思う。それは魔力に依存した機器じゃなくて、元いた世界と同じ文明発達の産物。


 彼女が持ち物のことをぼうっと考えていたら、魔物が彼女へ飛びかかった。


「おっと、採取直後はズルいじゃんか」


 軽く攻撃を避けて、無防備になった魔物へと狙いを定める。なんてことはない。このようなヒットアンドアウェイは、彼女に限らずとも中堅の冒険者ならこなせるような立ち回りだ。転生してから魔物討伐を重ねて、身にしみた動き。


 洞窟は湿り気がひどくて蒸し暑い。目的を早々に済ませて出ていきたい頃合いだ。出ていったら冷たいビールが飲みたい。


「そろそろ洞窟からは退勤っ。 ––––”カタルシスロンド”!」


 彼女が翳した手の周辺から空気が次第に歪み、秒に満たないうち音を伴う物理的な波動が魔物の尻尾へ解き放たれる。自身への反動は全くない。チートスキルでも何でもなく、メイに与えられた体が持っていた能力。


 強撃を受けた魔物は、大きくよろけて次の動作への手がかりを喪失する。どうやら仕留めきれていないようだ。体力だけは無駄に多い。


 余裕ありげな彼女は距離を一気に詰めて、手元の短剣でいくらか魔物に傷をつけた。といってもそれはダメージを与えるというより、トドメを刺すための下ごしらえに近い。


斬り心地は切れ味の悪い包丁で無理やり料理しているみたいで、現実味を帯びるこちらの感覚を彼女はあまり好まない。これだったら実際に料理するほうが何倍も楽しい。


「じゃあ、今度こそラスト」


 もう一撃。放たれるカタルシスロンド。波動の衝撃に貫かれた魔物は、情けない声を出してその場に倒れ込んだ。


「つかれた⋯⋯。7時間40分。プチ残業じゃん」


 彼女の不満げな声が、人気のしない洞窟に(はかな)く響く。


 クエスト完了と共に手元のデバイスがその(むね)を通知した。


 同時に表示される冒険者の情報。彼女の称号は、「ハイマスター」。彼女だけに与えられた(くらい)


     ◆


「討伐クエストが3つ、探索が7つ、緊急の救難クエストが2つ⋯⋯、新しい報告を裏付ける調査が3つ⋯⋯凄い、凄いですよ!」


 ギルドの受付嬢は、帰ってきた冒険者の達成報告を数えて目を輝かせた。


「さすがっすよメイさん! 一気に15クエストも消化するなんて」


 メイと呼ばれる彼女––––メイ・マグノリア––––は、受付嬢の大きな声に戸惑いつつ、平静を保ちながらはにかむ。


「今日は仕事に集中する日って決めてたから」

「にしても! さっすがハイマスターランクですよね! ウチもメイさんみたいに仕事をテキパキとこなせたらな〜」

「業務が固定されてる受付嬢と、好きな依頼を受注できる冒険者じゃ大変さが全然違うよ。ドロシーだって朝イチであたしの受注を確認して、こんな遅くまで働いてるんだから、むしろそっちに感心しちゃうな。今日も一日おつかれさま」

「メイさんに言われると染みる〜!」


 子供みたいに受付嬢のドロシー・ダリアはメイにしがみついて、泣いているみたいな素振り。その実は褒められた感謝と本日分の仕事が終わることへの喜びに満ちている。ギルドに残った他の冒険者たちの視線が密接したメイに浴びせられる。


「ちょっとドロシー、みんなが見てる」

「ウチらの関係じゃないですか〜」

「なんの関係!? 何かしらの契約締結をした覚えはないけど!?」

「契約がなくても絆で結ばれてるんです! 契約なんかよりよっぽど実体を帯びていて重要っす」

「事務を主とするあんたが言うか⋯⋯」

「とにかく」


 ドロシーはメイの胸元から離れて、彼女と向き合う。顔を胸に押し付けた摩擦と仕事の疲れと軽い高揚で、ドロシーの顔は儚く紅潮している。そんな赤い彼女がメイに言った。


「メイさん。もしかしたらラズベリアから居なくなる可能性もあるんですよ。メイさんだけが到達した、マスターランクより上のハイマスターランク。中央ギルドへすでに名簿登録もされてるんです。メイさんは自覚がないだけで特別な存在なんですよ。⋯⋯てことは、こうしてじゃれ合えるのも、今のうち!」


 愛を語るのは良いが、どうもドロシーは自分のことを持ち上げるのでメイは照れくさくなった。


 いや、褒められるのが苦痛というわけではないのだ。特別な能力を持たないで、ただ働き続けただけの自分が、唯一の立場を与えられているというのがむず痒いのだ。


「あたし、ラズベリアから出ていかなきゃならなくなるのかな」

「ウチも、推測で言っているだけっすけど」


 王都ラズベリアは、メイが元の世界で命を失った後、転生先として過ごすことになった都市だ。


 その多くは居住区と商業地区から成り立っていて、端的にいえば”庶民の生活”が中心となった平和な町なのである。冒険者の数も特別多いわけでなく、一般的な王国といったところだ。


 ただ、そんな王都ラズベリアで1点、特異(とくい)的なことを挙げるとするならば。


「メイさんのレベルまでくると、他の街や大国、状況次第では村などから専属としての雇用依頼が高報酬で来る可能性もありますよねえ」

「田舎行きはヤダなあ」

「ウチの地元は田舎っすよ! 意外といいところっす! ⋯⋯まあ、それはさておき、異動を受け入れるのは、異動するメイさん本人の判断のはず。けれど」

「けれど?」


 オウム返しをしておいて何だが、メイにはドロシーの伝えたいことが概ね伝わっていた。


 きっとこの街の人々や王族は、力をつけすぎたメイの存在を歓迎しない。それは、別に強大な冒険者が忌み嫌われているとかではなくて。


「勇者様が、いますから」


 想定内すぎる回答に、メイは「そうだよね」としか返すことができなかった。


 王都ラズベリアが唯一他の国に比べて特異的な点。それは、この街には勇者––––厳密には勇者だと語られる少女–––––がいることだ。


 居住区、商業地区のあちらこちらに勇者である彼女を称える銅像や伝説の記されたモニュメントなどが置かれているのだ。幼き頃から王都ラズベリアを防衛してきた彼女への敬意は国民みなが抱いており、加えて勇者本人がまだ19の少女だというのだから、そのタレント性も相まって、崇拝(すうはい)よりも弱い気持ち、この世界でメイだけが知っている単語を用いれば「推し」という感情に近い形で、勇者(たしか、名をシエラ・スノードロップと言った)は皆から尊敬されていた。


 だからこの王都ラズベリアを守るのは勇者シエラでなければならないし、シエラがいればこの街は護られるはずなのだ。


 そんな意識が国民のどこか根底に共通で芽生えているから、シエラ以外の能力を持った冒険者は他国へ遠征した方が全体益になるはずだ、といった結論が導かれてしまう。


 その論理がメイの脳裏に先ほどよぎった”この街の人々や王族は力をつけすぎたメイの存在を歓迎しない”に結びつく。


 勇者のことを考えているうち、ドロシーが黙りこくってしまった。メイは勘違いを生み出したと思い込んで「あ、別に怒っている訳じゃないからね!?」と補足しておいた。


「ウチもメイさんが怒ってないことくらい気づいてますよ! 長い付き合いですから、むしろ考え事してたんだろうなと思ったっす」

「お、正解」

「でも、いつも何考えているんだろうなあって思ってるっす。生きててそんな思慮(しりょ)することあるかなあって」

「あるわい!」


 ドロシーの冗談をいなしつつ、メイはギルドを出る支度を始める。貸与(たいよ)されていた冒険品などを返し、一部ポーチや装備品はクリーニングの依頼へ。その様子のメイを見て、ドロシーは慌てたようにクエスト達成報告書をめくり始めた。


「そんなに急がなくていいよ。あたし今日飲んで寝るだけだから」

「でも、メイさんの貴重な睡眠時間が」

「ドロシー、優しすぎる⋯⋯! その報告書ベースの処理大変そうだよねえ。全部電子化すればよいのに」


 言ってからメイは腕に装着された機械の(ふち)をタップした。空間に顔と同じくらいのサイズを持った画面が投影されて、受注したクエストの対象や位置、報酬金などが一覧で表示される。冒険者がクエストを電子管理できるようにするシステムだ。


 メイの転生した世界は彼女の思い浮かべた異世界よりも文明が発達していて、水道や電気は当然あるし、ときおり、元の世界でも見たことないハイテクノロジーと出会うことがある。


 腕につけているeAQM (electronic Adventurer Quest Management:冒険者クエスト管理システム)はまさにその典型例で、冒険者のクエスト受注状況などが詳細に記録されているようになっている。


 更新も大きな遅延なくリアルタイムで行われるので、冒険中にクリアするクエストを見極めるのにちょうどよい。転生時、中世的世界観で剣と魔法の世界が成り立っていると信じてやまなかったメイにとって、このシステムは目から(うろこ)の文明であった。


「メイさんお待たせっす。今日の報告分報酬を」


 そうしてメイが異世界の文明に想いを()せるうちドロシーが会計を終えた。


「合計で、48000ゴールドになるっす」

「了解⋯⋯、あれ、48000?」

「あー」


 ドロシーが気まずそうに目を逸らした。


「eAQMだと、50000ゴールドになってましたかね?」

「うん。もしかしてこっちが間違ってる?」

「いや、少し前までの計算方式だと50000ゴールドで問題なかったんっすが」


 彼女が顔で指した方向をメイは見やる。ギルドの掲示板に『クエスト報酬の配分に関するお知らせ』といった掲示物が張り出されている。


「最近国側が徴収する割合が増えて⋯⋯eAQMの自動計算アップデートがまだなんっすよね」

「ギルド取り分じゃなくて、国の取り分が増えたの?」

「そうなんですよ。それでクレーム言われることも多くて。自分に言われても!って感じなんっすが」

「知らないうちにそんなことがあったんだ⋯⋯」


 メイはしばらく掲示物を見つめて、なんとなく自分の知識と関連付けられそうな話を続けた。


「この調子だと、ますます国政への不満も増えそうだね」

「受付をしている限り実際そんな状況ですよ……。山奥のワイバーンも未だに討伐の兆しが見えないし、かといって国の人間は勇者シエラ様とアプローチするようにも見えてませんし。ギルドにいると、いろんな方が不満を述べてるっすね」


 ドロシーの発言に対してメイはそれ以上の言及を避けた。ただし、メイも王都ラズベリアにおいて国政へ不満が募り始めていることは認めていた。


 先述のようにクエストの取り分変更といった国民への負担を増やしているのもそうであるし、ドロシーが述べた通り、数ヶ月前からラズベリア山脈奥地で発生が確認されているワイバーンの討伐を国の討伐隊が(ろく)に達成せず、加えてワイバーン討伐を志す冒険者への支援も不足している点も国民、特に冒険者からの不満を募らせる原因となっていた。


「最近のラズベリアは中々ピリピリしてるっす」

「不満がきっかけで治安が悪化したりしないといいね。あたしこの街が好きだから」


 メイは当たり障りのないことを答えた。話題について込み入った議論が始まってドロシーとの別れ際に変な空気の生み出すことは避けたかったからだ。ただこの街が好きだというのはメイにとって相当の本音である。


「メイさんが街を愛してくれる限りウチは嬉しいです。いつか別の都市に派遣されるまでよろしくお願いするっす」

「出るつもりないけどなあ」

「そしたらウチと未来永劫(えいごう)一緒ですかね?」

「そこまでは言ってないけど!?」


 軽い冗談を交わしたところで、メイは報酬を受け取ってギルドを後にした。


 異世界に来たばかりの頃を思い出す。義務教育として学業に励み、人並みに部活動や受験を経験して、大した成功もなさぬまま労働基準法の穴を()(くぐ)る企業に投げ込まれた人生。疲弊の後、気づけば元の世界から魂が遊離してこの世界へ転生していた。


 冒険のイロハを知らない状態で異世界へと投げ込まれたメイに、明るい雰囲気で手を差し伸べてくれたのはドロシーだった。彼女が居たからこそ、メイは冒険者として歩む決意ができたといって過言でない。


 腕のデバイス、eAQMでクエストの報酬を再確認して、メイはギルド隣の酒場へと足を踏み入れる。


 酒場の冒険者の視線が一斉にこちらに向いて、何か噂しているように思う。


 積み重ねた実績というのは、時に自らへ刃を向ける。


【人物】ドロシー・ダリア

 王都ラズベリアの受付嬢。メイが転生したばかりの頃からの知り合い。楽しくなると騒ぎすぎてしまうきらいがある。

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