3.「遊び」と給食
授業終わりのチャイムが鳴り終わると、隣のサラが、ヘッドセットを外しながら、声をかけてきた。
「エリは、何の授業だったの?」
「約700年前の歴史よ。ちょうど、ルナ・サピエンスが出現するあたり。」
「あらぁ、もうすぐ現代史じゃない?ずいぶん進んでるのねぇ」
「サラは?」
「数学で、面積の計算だったわ。計算は苦手だから、疲れたぁ」
そこへ、ロイド先生が近寄ってきた。
「サラさん、先ほどの数学の授業で、ストレス値が警戒ラインを越えていますが、次回の数学は難易度を下げますか?」
サラは、少し考えた後、答えた。
「あ、先生、大丈夫です。今の難易度で大丈夫です。自力で解くのが楽しいんです」
「サラさんの向上心は素晴らしいですネ。3限目は「遊び」の授業なので、ストレスを開放してくださいね」
ロイド先生は、そう言うと、他の生徒に声を掛けに行った。
ロイド先生は、AI搭載のアンドロイド(ロボット)だ。生徒のヘッドセットから送られる脳波や脈拍、血圧、呼吸、体温などから、全員の体調を常にモニタリングし、適切にアドバイスするようにプログラムされている。
この月社会では、ルナ・サピエンスの人数より、AI搭載アンドロイドの人数の方が断然多い。力仕事や、危険な作業はもちろん、医師、弁護士、警察官、教師なども、ほとんどアンドロイドだ。配送や、作物の収穫、製品の組立て作業なども AIロボットが行う。また、月には政治家はいない。統治は、高度で優秀なAIが行っている。そのため、「癒着」「賄賂」「忖度」などという言葉は死語だ。
月では、あらゆる物が自動化され、仕事も自宅からのリモートワークが多く、他人との関わりがとても少ない。そのため、人間関係を学ぶ「遊び」はとても重要な「教育」なので、1日に2時限、遊びの授業があるのだ。
3限目の「遊び」は、皆で話し合いの結果、「謎解き」になった。この「話し合いで決める」のも、重要な授業カリキュラムだ。
ロイド先生が出す謎を、グループに分かれて解いていく。
ロイド先生が出す問題は、いつも絶妙だった。簡単すぎず、難しすぎず、必ず「誰かと話さないと解けない」ように作られている。
先生は、生徒たちの反応を観察しながら、ちょうどよい塩梅の謎を、瞬時に出してくれる。いつも 解答にはひとひねりあって、とても面白い。
謎を解き、笑い、意見がぶつかり、すれ違い、解いた謎のひねりに気付いて、また笑う。
3限目も、あっという間に終わった。
次は、給食の時間だ。
給食センターから届けられたチーズやハムや野菜などをパンに挟んで食べる。これらサンドイッチの材料は、レタスとトマト以外、給食センターの食品プリンターで出力された物だ。見た目も食感も本物そっくりだが、全ては藻類と昆虫タンパクなどから合成されたもの。
栄養価が各個人に合わせて調整されており、その日の健康状態に合わせて、ビタミンやミネラル、胃腸薬や風邪薬、果ては幸福感を高めるセロトニン調整剤までが配合される。今日は、風邪が流行っているため、のど粘膜補強剤と各種ビタミンが、多めに追加されているそうだ。
給食メニューは日替わりだ。味や食感は各自の好みに合わせて作られており、飽きないよう工夫されている。
「美味しいね」 「この味、好きだわぁ」「うん、最高」
自分専用にカスタマイズされた給食なので、全員、いつもおいしく完食する。(ロイド先生だけは、アンドロイドなので食べないが。)
給食の後は、午後の授業だ。皆、クリアパネルに向かい、ヘッドセットを装着した。
隣席のサラは「科学」のようだ。エリのパネルには「金融・経済」と表示されている。
エリは、電子マネーの運用や財テクについて学習した。
(お金って……誰のためにあるんだろう?)
物欲・金銭欲のないエリには、いまいちピンとこない内容だったが、生活する上で必要な知識なので、学校のカリキュラムに入っている。
4限目が終わると、帰宅だ。
自動送迎カーが、校庭に自動で並ぶ。
「バイバイ、サラ、また明日!」 「エリ、またね!」
生徒たちは、それぞれの自動送迎カーに乗り込み、自宅へ帰る。エリも自分の車に乗り込んだ。
エリは車窓から空を仰いだ。地下都市のバリア壁が描く青空には、薄黒く汚れた地球の姿がある。
(地球は、かわいそうね・・・ 月が快適でよかったわ)
自宅に着いたエリは、真っ先にキッチンへ。
「ただいまぁ!・・・お腹すいた~!」
キッチンにある食品プリンターに向かって話す。
「チョコケーキを作ってー!」
家庭用の食品プリンターも、エリが好む味・食感のケーキを作ってくれる。
出来上がったチョコケーキを頬張るエリを見て、母が笑う。
「そんなに食べると、晩ご飯が食べられなくなるわよ」
だが、そんなことはない。AIで制御された食品プリンターは、今日1日の運動量、摂取カロリーなどを基に、エリの大好物を最適な量で作ってくれるからだ。




