2.歴史・・・ルナ・サピエンス誕生
2限目を知らせるチャイムが鳴った。
「それでは、2限目の授業を始めますネ。皆さん、準備をして下さい」
生徒たちは、机上のクリアパネルを起動した。半透明の画面に、柔らかな光が走る。
エリのパネルには「歴史」の文字が浮かび上がった。
(昨日の続きね・・・)と思いながら、エリはヘッドセットを装着した。
すると、後方の生徒が、声をあげた。
「先生、電源が入りません!」
「確認しますネ。ほかの皆さんは、先に進めていてくださいネ」
ロイド先生が対応している間、エリは、隣のサラのパネルをちらっと見た。サラの科目は、数学らしい。図形が立体映像でくるくる回り、「スタート」の文字が揺れていた。斜め前の生徒は「音楽」らしく、ヘッドセットから軽快なリズムが漏れ聞こえてくる。
この学校には、一律の教科書は無い。
各自の興味や習熟度などに合わせて、個別のカリキュラムになっている。ヘッドセットで計測した脳波などから、一人ひとりに最適化された授業コンテンツが自動生成される。
ゲーム好きにはゲームのように、ドラマ好きにはドラマ仕立てで・・・。
本人の興味に合わせて生成し、パネルに映し出されるので、誰もが飽きることが無い。
眠気を検知したときは、ヘッドホンから大音量の音楽が流れるので、居眠りすることも無い。
ちなみに、定期テストも無い。
タッチぺンでの回答やマイクでの返答などで、充分理解したと判定されれば、自動的に次のセクションに進んで行く。
もちろん、通知表も無い。
エリのパネルには「歴史<第10章>」と表示されている。パネルに向かって、ゆっくり大きく瞬きすると、ドラマ仕立ての映像がスタートした。
西暦20XX年、人類は月に移住を始めた。
月は、地球よりも過酷な環境だ。そのため、人類は、ぶ厚い防護壁で密閉された都市を、地下の洞窟内に作った。そして、AIによって地下都市をコントロールしていた。
月では、昼が14日間、夜が14日間続く。また、月には大気が無いため、空はいつでも暗い色だ。しかし、月の地下都市でも地球上と同じような1日になるよう、都市全体を覆う厚いバリア壁は、半日は明るい青い空を、半日は星空を投影するよう制御されている。
地球上と同じような暮らしができると認知されると、移住はどんどん進み、月の都市はだんだん大きくなっていった。
月への移住が活発になった約20年後、地球上で凶悪なウイルス「デスウイルス」がパンデミックを起こし、世界中で死者が急増した。月への感染を防ぐため、移住は中止された。
そこに、激しい異常気象が重なった。異常気象は数年続き、地球規模の食糧不足に陥った。
パンデミックと食糧危機により、地球の人口は半減し、不安感から各地で暴動が起きた。
暴動の矛先が各国の政府に向かうと、為政者たちは目先をそらすため、他国を激しく非難して、とうとう世界大戦が勃発した。地球規模の戦争は長期に及び、最後には核戦争となった。
世界各地の街はガレキの山となり、地球全体が放射能で汚染され、多くの生物が絶滅した。
自宅の「核シェルター」に避難して、かろうじて生き延びた富裕層は、地球を脱出して月へ移り住んだ。
月の住民たちは、「デスウイルス」の保菌者が流入することに不安を感じたが、なぜか月ではデスウイルスが発症することは無かった。
その後、地球は死んだ星となった。
一方、月では、人類のDNAに大きな変異が静かに起きていた。
月の低重力、紫外線、強力な宇宙放射線、環境ストレス・・・さらに、月の地中で眠っていた太古のウイルスや「デスウイルス」などにより、人類のDNAは決定的に大きく変異し、明らかに地球人と違う子どもたちが月で生まれた。
地球人とは別の種「ルナ・サピエンス」が、誕生したのだ。
ルナ・サピエンスの特徴は、ホモ・サピエンスよりかなり小柄で、身長は110~120cmくらい。
省エネルギー体質で、必要摂取カロリーは地球人の半分以下。
皮膚は厚く、色は紫外線を通しにくい琥珀色。
細菌やウイルスの耐性が強く、ルナ・サピエンス間で伝染することが少ない。
このように、抵抗力が強く小柄で省エネな体質は、狭い月での生活にとても適しているが、平均寿命は67年とやや短い。
やがて、最初に月面都市を作ったホモ・サピエンスたちは、絶滅してしまった。
ルナ・サピエンスは、ホモ・サピエンスに比べ、物欲、独占欲、名誉欲、征服欲が弱く、共感能力と協調性が発達しているため、資源や空間が限られる月でも、戦争など争いはなく、平和的に時は流れた。
(この月社会の基礎は、地球人が作ったのね・・・。地球に似せて月の環境を作ったなんて、知らなかったわ・・・。地球人も、核戦争を起こさなければ、絶滅することも無かったのに・・・。どうして、戦争なんかするのかしら・・・?)
エリは心の中でつぶやいた。穏やかな性格のエリには、戦争が理解できなかった。
ここで、授業終わりのチャイムが鳴った。




