1.「遊び」の授業
ここは、未来の月の地下都市。月は、人類にとって、過酷な環境だ。
そんな、限られた空間、限られた資源の月で、人類はどんな生活をしているのか・・・・
ここは、月。
大気が薄く、昼は100℃以上、夜はマイナス170度。X線などの宇宙放射線が大量に降り注ぎ、隕石は大気で燃え尽きることなく、月面に衝突する。そのため、月の都市は地下に作られた。断熱・耐衝撃の厚い防護壁で密閉された地下都市は、高性能AIによってコントロールされ、人々は快適な生活を送っていた。
始業のチャイムが鳴った。
エリは、廊下を全力疾走し、ドアが閉まる寸前に教室へ滑り込んだ。
床の磁気タイルが「ピッ」と反応し、彼女の靴底を軽く吸い付ける。
月の重力は地球の約6分の1。アポロ宇宙飛行士のように、1歩1歩がふわっふわっと浮きあがる走りにならないよう、月では、AI制御された磁気タイルが磁気反応靴を検知して、瞬時に靴底を軽く吸い付ける。靴が床に密着することで、人々は、地球上と同じようなテンポで歩き・走ることが可能となっている。
「おはよう、エリ。今日もギリギリセーフだね」
隣の席のサラが笑った。
エリは肩で息をしながら、苦笑いを返した。
「おはよう、サラ・・・自動送迎カーが途中で止まっちゃってさ」
「そのセリフ、昨日も聞いたよ。そんなに調子悪いなら、修理に出したら?」
とサラが笑ったとき、ロイド先生が教室に入って来た。
「皆さん、おはよう。」
生徒たちは、慌てて着席する。
「廊下は、走らないようにしてくださいネ」と先生が言う。
(あ、先生にバレてる・・・)と、エリは首をすくめた。
ロイド先生は、教室をゆっくり見回すと、
「皆さん、元気なようですネ。風邪が流行っているので、体調には気を付けてくださいネ」
と、いつもの柔らかい声で話し始めた。
「それでは、1限目の授業を始めますネ。1限目は「遊び」です。皆さん、体育館で何をして遊びますか?」
ロイド先生の問いに、生徒たちが一斉に答える。
「ドッジボール!」「大縄跳び!」「玉入れ!」・・・
話し合いの結果、1限目はドッジボールに決まり、体育館に移動した。
月社会は公園が少なく、子どもたちは外で遊ぶことがほぼ無いため、学校での「遊び」の授業はとても重要な「教育」だ。
「皆さん、ドッジボールを始める前に、フィジカル・モニターを装着してくださいね」
と、ロイド先生が声を掛けた。
フィジカル・モニターは、血圧・心拍数・血中酸素濃度・興奮度などを測定する超小型装置で、首筋に貼るタイプだ。
ロイド先生が、生徒たちのモニターから送られるデータをチェックする中、生徒たちは、ドッジボールを始めた。
月は、重力が6分の1なので、地球と全く同じにはいかない。
ボールの飛距離は地球の約6倍だ。そのため、低めに投げないと遠くに飛び過ぎる。
ジャンプすれば、地球の6倍も高くジャンプできる。思いっきりジャンプすると、頭が天井に当たる危険性がある。
そもそも、低重力というのはバランスを取るのが難しい。ちょっと動くだけで、体の安定が崩れ、足もとがふらつく。重力が無い分、他の力(遠心力、摩擦力、慣性力など)の影響が強くなり、作用・反作用の力もダイレクトに受けるからだ。そのため、月の床は工夫されている。
体育館の床は、高性能の磁気タイルで、床面から50cmまでの磁気反応靴を検知し、瞬時に吸い付ける。そのため、どちらかの靴底が地上50cm以内を保って走れば、アポロ宇宙飛行士のように1歩1歩がふわっふわっと浮き上がることなく走れるし、立っているときは、しっかり足で踏ん張ることができる。
一方、床面より50cm以上飛び上がれば、磁気タイル床の影響を受けないので、地球上より約6倍高くジャンプできる。つまり、誰でもダンクシュートできる。
とはいえ、磁気反応靴が床と密着しているだけなので、低重力で体がふわふわして、バランスが取りづらい部分はそのままだ。
約6倍高くジャンプして、上から思いっきりボールを投げつけると、その反作用で体は後方へバランスを崩す。自分のコート外に着地してしまうとアウトなので、注意が必要だ。
また、飛んできたボールをジャンプして空中でキャッチすると、ボールの威力に押されてコート外に出てしまいがちなので要注意だ。
ボールを避けてコート内を動く際も、気が抜けない。磁気反応靴だけが床に密着しているため、上半身のバランスを崩して転倒しやすいからだ。
このように、月でのドッジボールは意外と奥が深いため、子どもたちに人気だった。
ちなみに、磁気タイル床は、磁気反応靴しか検知しないので、ボールが床に吸い付くことは無いし、床に置いた電化製品が磁気の影響を受けることも無い。
ドッジボールが始まって間もなく、エリはボールを避け損ねて、アウトになってしまった。サラがすかさず声をかけてくれた。
「ドンマイ、エリ!」
その時、ボブが投げた球がサラの頭に命中し、サラが倒れた。サラが動かない。
「サラ!」「サラ、大丈夫?」
皆が、サラの周りに集まる。ロイド先生は、サラのバイタルデータを素早くチェックし、サラに声を掛けた。
「サラさん、聞こえますか?サラさん!」
間もなく、サラは目を開け、ゆっくり起き上がった。
「あ・・・大丈夫です!」
ロイド先生は、再度、サラのバイタルデータからAI診断を行い、「正常」との結果を確認すると、ほっとした声になった。
「良かったです、異常はないようですヨ。でも、もう少し、休みましょうネ。こちらの長イスで、しばらく休んでいて下さいね」
ボールを当てたボブも、ほっとしたようだった。
「ごめんな、サラ」
「ううん、大丈夫よ!気にしないで」
その後も、サラのバイタルデータが安定していることが確認されたので、サラはコートに戻った。生徒たちはドッジボールを楽しみ、体育館は、歓声で包まれた。




