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婚約破棄の最中ですが、脳内の寿司職人が「ヘイお待ち! 今日のオススメは大トロだ!」と威勢が良すぎて、王子の話が全く頭に入ってきません

作者: さこ丸
掲載日:2025/12/06

 王宮の夜会、そのクライマックス。

 煌びやかなシャンデリアの下で、私の婚約者である第一王子、フレデリック様が高らかに叫んだ。


「セラフィナ・フォン・オルブライト! 貴様との婚約を、今ここで破棄する!」


 周囲の貴族たちが息を呑む。

 本来なら、私はここでショックを受け、涙を流して崩れ落ちるべき場面だ。

 しかし、私の脳内では、全く別のイベントが発生していた。


 『へいらっしゃい!! さあさあ、今日のオススメは青森県大間産の本マグロ! 脂が乗ってて美味いよぉ!!』


 ねじり鉢巻をした頑固そうな寿司職人(大将)が、私の脳内カウンターでマグロのサクをドォォォン! とまな板に叩きつけていたのだ。


(……うるさい。脳内でBGMにしては主張が激しすぎるのよ)


 私はこめかみをピクリと震わせた。

 前世の記憶なのか、ただの乱心か。最近、私がストレスを感じると、この「脳内寿司職人」が現れて、勝手に握り始めるのだ。


 「おい、貴様! 聞いているのか!?」と王子の怒声。

 しかし、脳内の大将がかぶせてくる。


『聞いてるかって!? あたりきよ! こちとら客の注文は一度で聞き取るのが粋ってもんでぇ! さあ、赤身か? トロか? それとも光り物いくかい!?』


 私は無表情のまま、王子を見つめた。

 王子の顔が真っ赤に紅潮している。


(……うん。色味的には赤身ね。でもちょっと筋が多そう)


「……聞いておりますわ、殿下。どうぞ続けてください(注文を)」


 フレデリック王子は、隣にいた公爵令嬢の肩を抱いた。公爵家の庶子で、最近引き取られ平民から公爵令嬢へとホームラン変身を決めたと話題の令嬢だ。


「僕は、この真実の愛を見つけたのだ! 貴様のような冷徹で、可愛げのない女とは違う! 彼女のような純真な心こそが、王妃にふさわしい!」


 公爵令嬢が「きゃっ、殿下ぁ……」と媚びた声を出し、しなだれかかる。

 その光景を見て、脳内の大将が包丁を止めた。


『てやんでぇ! なんだそのネタは! ドリップ(汁)が出まくって鮮度が落ちてらぁ!目も濁ってやがる!」


 大将が公爵令嬢を指差して酷評する。


『見な!! 天然モノのフリした完全養殖だ! しかも血抜きが甘くて生臭せぇ! こんなクタッとしたネタ、野良猫も食わねぇよ! お客さん(王子)、お愛想(お会計)の時になって泣いても知らねぇぜ!?』


 私は吹き出しそうになるのを必死で堪え、扇子で口元を隠した。

 なるほど。私には「純真」に見せかけた「鮮度の悪い計算高さ」が見えていたけれど、大将にかかれば一刀両断だ。


「おいセラフィナ! 何をニヤついている!」

「いえ……少々、ネタの鮮度が気になりまして」

「ネタだと? 何の話だ!」

「あ、いいえ。殿下の『お目が高い(節穴)』ことに感心していただけです」


 フレデリック王子は、公爵令嬢をさらに強く抱きしめ、誇らしげに宣言した。

「それに、彼女は由緒ある公爵家の血を引く令嬢だ! この高貴な血筋と、汚れなき心……まさに『ブランド』にふさわしい!」


 その言葉を聞いた瞬間。

 脳内のカウンターで、大将がまな板に包丁を突き立てた。

 ダンッ!!


『おい待ちな!! そいつは「産地偽装」だ!!』


 大将が鋭い眼光で男爵令嬢を射抜く。


『箱には「大間産」って書いてあるが、うろこのツヤも、身の締まりも、公爵家の「本家のタネ」とは似ても似つかねぇぞ!中身は安物の代用魚、 別の魚が混ざってらぁ! お客さん、とんだ食わせ物を掴まされたな!』


 ――なんと。


 まさかの「種違い(托卵)」疑惑である。職人の目利きは誤魔化せない。

 私は呆れを通り越して、哀れみの目で王子を見た。


「……フレデリック殿下。老婆心ながら申し上げます」

「なんだ! 負け惜しみか!」

「いいえ。……その令嬢、本当に『公爵家の箱』に入っていた『純正品』でしょうか?」

「は? 何を訳のわからないことを……」

「一度、詳しく『親子鑑定(目利き)』をなされた方がよろしいかと。……パッケージと中身が違う『産地偽装』は、重罪ですわよ?」


 公爵令嬢の顔が、サッと青ざめた。

 その反応が、何よりの答えだった。


『へいっ! 偽装魚一丁! バレねぇとでも思ったか、すっとこどっこい!!』


 王子は顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。

「ええい、ええい、つまらぬ言いがかりを!話にならん! 衛兵! この女をつまみ出せ!」


 その時、人垣を割って一人の男が現れた。

 隣国の第二王子、ナルシス殿下だ。彼は流れるような金髪をかき上げ、私の前に跪いた。


「待ちなさい! 美しきセラフィナ嬢に、乱暴は許さない!」


 会場がどよめく。「ナルシス様だわ!」「助けに来たのね!」

 ナルシス殿下は、私の手を取り、甘い声で囁いた。


「セラフィナ。あんな見る目のない男など捨てて、僕の国へおいで。君のような『極上の宝石』を、僕なら大切に飾ってあげられる」


 キザなセリフ。甘いマスク。完璧なエスコート。

 普通の令嬢なら、ここで恋に落ちるかもしれない。

 だが、私の脳内カウンターでは、大将が渋い顔で腕を組んでいた。


『……あー、こいつはダメだ。脂っこすぎる』


 大将がバッサリ切り捨てた。


『見てみな、このテカテカした脂! 養殖サーモンのオイル漬けにマヨネーズとチーズぶっかけたみてぇなクドさだ! 胃もたれするぜぇ? 素材の味なんかありゃしねぇ、ただの雰囲気モノだ!』


 言われてみれば、ナルシス殿下の手は汗ばんでいて、香水の匂いがキツい。

 大将の言う通り、「素材の良さ」ではなく「過剰な味付け」で誤魔化している感じがする。


「さあ、セラフィナ。僕の手を取って」


 ナルシス殿下が顔を近づけてくる。

 脳内で大将が叫ぶ。


『いけねぇ! そいつは酢飯との相性が最悪だ! シャリが崩れちまう! 返品だ、返品!!』


 フレデリック王子と、ナルシス殿下。

 二人の男が、私を挟んで睨み合っている。


「彼女は僕が捨てた女だ!」

「いや、僕が拾い上げる女神だ!」

「セラフィナ、選ぶがいい! 惨めにすがりつくか、僕の飾り物になるか!」


 二人が私に迫る。

 会場中の視線が私に集まる。

 どっちを選ぶの? どっちのネタ(男)を食べるの?


『へい! 今日は市場が休みでねぇ! ロクな魚が入荷してねぇんだ! こんな時は……』


 大将がニカっと笑い、湯呑みにお茶を注いだ。


『「アガリ(お茶)」飲んで帰るのが一番だ! 無理して腐った魚食って腹壊すこたぁねぇよ!』


 ――そのとおりね。


 私は扇子をパチリと閉じた。

 そして、二人の男に向かって、極上の笑顔で言い放った。


「どちらも、お断りさせていただきますわ」


「「は!?」」


「フレデリック殿下。貴方の選んだそのネタ……いえ、令嬢は、少々鮮度が落ちておられます。食中毒ハニートラップにはお気をつけあそばせ」

「なっ……!?」


「そしてナルシス殿下。貴方は少々、脂がクドすぎます。私の口には合いませんの。もっとサッパリとした塩対応がお好みでしたら、出直していらしてください」

「く、クドい……!?」


 二人が絶句している間に、私はドレスの裾を翻した。

 そして、会場の出口へ向かって一直線に歩き出した。


『へいっ!うちはもう「店じまい(売り切れ)」だ!!』


 大将が入り口に塩を撒く動作をする。


『テメェらみてぇな味のわからねぇ客の注文なんざ、今後一切受け付けねぇ!二度とウチの暖簾のれんくぐれると思うなよ!腐ったネタはゴミ箱へ行きな!』


 最後まで大将はうるさかった。



 扉の前には、見慣れた顔があった。

 私の父であるオルブライト公爵と、幼い頃から私を支えてくれた侍女のマリィだ。

 二人は、心配そうな、でも誇らしげな顔で私を待っていた。


「セラフィナ。……よく言った」

 厳格な父が、短く私を褒めた。

「お嬢様。最高の啖呵でございました! さあ、帰りましょう。料理長が、お嬢様の大好物の鯛茶漬けを用意して待っておりますよ」

「ふふ、ありがとう。……濃いめの緑茶もお願いね」

「ええ、もちろん。熱々のを」と、マリィが優しく微笑み、ショールをかけてくれる。

 

 私はほっと息を吐いた。

 ああ、これだ。私が求めていたのは、この安心感だ。

 新鮮な素材と、丁寧な仕事、そして温かいおもてなし。それが一番のご馳走なのだ。


「ええ、帰りましょうお父様、マリィ。……私、お腹がペコペコなの」



 私は王都を離れ、父の領地経営を手伝うことになった。

 「目利き」の才能が開花した私は、特産品の開発や貿易で次々と成功を収めていた。

 執務室で書類を見ていると、時折、脳内の大将が勝手に叫ぶのだ。


 『こいつは活きがいいぞ! 買いだ!』

 『あーダメだダメだ、こいつは身がスカスカだ! 色つけて誤魔化してやがる!』


 大将の判定に従えば、不思議と商売は上手くいく。

 私の周りには、父やマリィ、そして新しくできた信頼できる友人たちが集まっていた。


「セラフィナ様、隣国の商人が『甘い儲け話』を持ってきましたが……」

「通してちょうだい。ただし」


 私は書類から顔を上げた。

 脳内では、大将が巨大な出刃包丁を研いでいる。


『へいらっしゃい! 冷やかしなら三枚におろして塩撒いて追い返すぜぇ!』


 私はクスッと笑った。

 王子様なんていらない。

 私には、信頼できる家族と仲間、そしてこの頼もしい(さわがしい)脳内アドバイザーがいるのだから。

 私の人生は、これからも新鮮で、活きが良くて、最高に美味しい日々が続いていくのだ。





(おまけ)


『あたりめぇよ! 俺の握る寿司は天下一品だ! さあお嬢ちゃん、第二の人生の「開店」だ!!』

回転寿司のサーモンマヨ、私は好きです。

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