疑惑の面接と、規格外の同級生
I. 鉄壁の面接官
模擬ヴィランの残骸と土煙が収まり、実技試験が終了して三時間後。九条ミナトは、国立星嶺英雄学園の最奥部に位置する、白亜の塔で震えていた。
「次、九条ミナト君」
名前を呼ばれ、重厚な扉が開く。そこは、何の装飾もない、ただ純粋な白一色の空間だった。部屋の中央には、二脚の椅子と、一人の男性が座っているだけだ。
面接官――いや、面接官を「務めている」人物は、日本のヒーローランキング第3位、『アイアン・ウォール』こと、黒鉄哲也だった。
黒鉄は全身が鋼鉄のように硬質化する能力を持つ、現役のS級ヒーローである。その分厚い腕組みは、地球の自転すら止められそうな威圧感がある。
「座れ、九条ミナト君」
低い、地鳴りのような声。
ミナトは、冷や汗で滑り落ちそうになる椅子に、ぎこちなく腰掛けた。
(やばい、S級ヒーローだ……! こんな人に、僕の能力が『ただの回線不良』だってバレたら、社会的に抹殺される!)
黒鉄は、ミナトの提出書類――正確には、評価が急遽「Eランク」から「S級候補」へと修正された実技レポートを、無言で数秒間見つめた。
「九条君。君の能力について、改めて聞かせてもらおうか」
黒鉄は机の上に両手を置き、静かにミナトを見据える。
「君のレポートには『作用・反作用の0.5秒遅延』、通称『ラグ』と記されている。だが、我々の解析結果は異なる。あれは、対象の運動エネルギーのみを座標から切り離し、因果律を局所的に上書きする能力ではないのか?」
技術用語の猛攻に、ミナトの頭は完全にフリーズした。
(い、因果律? 上書き?? 何それ、かっこいい……って、違う! ただの遅延だよ!)
ミナトは無意識に、入学願書に書いた自己PR欄を思い出した。あれは全て、架空の物理用語を適当に並べた、ハッタリの塊だった。
『私の能力は、局所的な物理的エントロピーの増大を抑制し、事象の座標と結果の時差を生み出す。つまり、現象そのものの処理落ちを引き起こす』
「……先生」
ミナトは意を決し、中途半端な知識を持つ天才を装うことにした。これは、MITで学んだ(という設定の)知識の総動員だ。
「私の能力の本質は、エネルギーの操作ではありません。事象の発生には、必ず『座標の確定』と『結果の出力』が必要です。私の『ラグ』は、その二つのプロセス間の演算領域に介入する……言わば、現実世界の**『タスクマネージャー』**です」
自分で言っていて、何を言っているのか全く分からない。
だが、黒鉄の表情が微かに動いた。困惑――そして、興味だ。
「タスクマネージャー、か。面白い比喩だ。つまり、君は破壊したのではない。相手の運動の結果を、君が任意で『保留』したと?」
「……はい」
ミナトはゴクリと唾を飲んだ。ここで頷くしかない。
「あの時の模擬ヴィランの自壊は、保留されていた運動エネルギーが、耐えきれずに**『オーバーフロー』**した結果に過ぎません。私自身、出力を制御できていないため、破壊力は運任せ(ギャンブル)です」
これは、真実だ。運任せだからこそ、怖い。
黒鉄は再び沈黙し、顎鬚を撫でた。
「なるほど……不安定性こそが、君の力の恐ろしさ、か。分かった。九条ミナト君。君の能力は、現状のヒーロー科学では『規格外』だ。だが、その頭脳と洞察力は、S級候補に値する」
黒鉄は立ち上がった。
「合格だ。星嶺学園は、君のような『特異点』を求めている」
ミナトは、その場で全身の力が抜けそうになった。
(や、やった……! ハッタリだけで、S級ヒーローに勝った!?)
しかし、彼の安堵は、黒鉄の最後の言葉で打ち砕かれた。
「だが、君は『S級候補』だ。学園に入れば、本物のS級、A級の怪物たちが君の**『不安定性』を試しに来るだろう。その時、君のタスクマネージャー**がクラッシュしないことを祈る」
II. ゼロ秒の再会と、マイナス秒の敵
一週間後。
九条ミナトは、星嶺学園の『A組』の教室にいた。
A組。それは、入学者の中でも特に才能が突出した者だけが集められる、エリート中のエリートのクラスだ。ミナトは、自分の評価が「S級候補」に釣り上げられたせいで、この教室に放り込まれてしまったのだ。
教室の雰囲気は、既に重かった。
窓際の一番後ろの席。ミナトが座るその隣の席には、栗色のショートヘアの少女が座っていた。
「九条くん! あ、あの時は、本当にありがとう!」
丸メガネの奥の瞳をキラキラと輝かせ、ミナトに話しかけてきたのは、実技試験で彼が偶然助けた少女だった。
鈴見屋リサ。彼女の能力は「物体間の摩擦係数を瞬間的にゼロにする」という、極めて地味だが、状況によっては強力な補助能力だ。
「あ……鈴見屋さん。いや、別に、大したことじゃない」
ミナトが俯きながら答える。恥ずかしかった。彼女は今、自分のことを「因果律を操る神」だと思っているのだ。
「大したことじゃない、なんて謙遜しないで。九条くんの『タスクマネージャー』……凄かったわ。あれ、実質**『ゼロ秒』**で攻撃を無効化したのよね」
「ゼロ、秒……」
ミナトは喉を詰まらせた。自分の能力は『0.5秒』遅延させるだけだ。しかし、周囲の人間から見れば、攻撃はミナトの鼻先で止まり、半秒後に爆発する。確かに、ミナトが行動した時点から見れば、結果は瞬時だ。
(まずい。どんどん誤解が深まっていく……!)
そんな時、教室の扉が勢いよく開いた。
「おい、テメェ」
教室に、太陽のような熱気を纏った男が入ってきた。
赤く逆立った髪。全身から薄いプラズマの光を放ち、周囲の空気を歪ませている。
火野キリシマ。
財閥の御曹司であり、実技試験では一瞬でロボットを数十体焼き払った、正真正銘のA級トップランカーだ。
「ここにいるはずだ。ハッタリでA組に潜り込んだ『処理落ち』野郎は!」
キリシマの鋭い視線が、ミナトに突き刺さった。
「テメェのことだよ、九条ミナト。実技試験、確かに俺は見たぞ。テメェの体は、俺のプラズマ熱線を受けてからコンマ数秒、ピクリともしなかった。あれは、ラグなんかじゃねえ。単なる反応速度の遅延、あるいは能力の欠陥だ」
ミナトは反射的に立ち上がった。キリシマの目は、純粋な闘争心と、ミナトへの侮蔑に満ちている。
「君には関係ないだろう」
ミナトは虚勢を張る。
「あるに決まってんだろ!」キリシマは鼻で笑った。「俺の能力『超高熱プラズマ』は、熱源の発生から目標への到達まで**『マイナス秒』で計算される。つまり、未来予知の領域だ。だが、テメェの『遅延』は、その未来予知の前に存在する『不確定要素』**だ。テメェがいると、俺の計算が狂う」
キリシマがミナトを指差す。
その指先からは、微かに空気を焦がすプラズマが漏れ出していた。
「この星嶺学園で最強の『未来』を持つのはこの俺だ。テメェのような過去の遺物、**『規格外のバグ』は、いますぐ強制終了**させてやる」
教室全体が、張り詰めた緊張感に包まれた。
ミナトの隣で、鈴見屋リサが青ざめた顔で小さく叫んだ。
「ダメよ、キリシマくん! 九条くんは……!」
「黙ってろ、摩擦係数ゼロ野郎!」
キリシマは一歩踏み出した。
ミナトの脳内で、警報が鳴り響く。
(ヤバイ。こいつ、本物だ。僕のラグで0.5秒稼いでも、その0.5秒で僕の行動を先読みされる……!)
ミナトの能力は『0.5秒の遅延』。
キリシマの能力は『マイナス秒の未来予知』。
これは、過去と未来の戦いだ。
しかし、ミナトは知っている。自分のラグは、ただのサーバー不良ではない。
物理現象を**『一時停止』**させる、世界に対する致命的なバグなのだと。
ミナトは口元に不敵な笑みを浮かべた。
(やるしかない。ハッタリで乗り切るか……あるいは、このバグで世界をクラッシュさせるか)
「悪いな、火野キリシマ」
ミナトは静かに言った。
「僕のタスクマネージャーは、未来の計算が遅いんだ。だが、一度クラッシュさせたら、二度と再起動はできないぜ?」
教室の床が、プラズマの熱で溶け始めた。




