最終特異点:記憶の改竄者(メモリー・フォージ)
I. 存在証明の揺らぎ
フォトンとの戦いが終わった後も、九条ミナトの心には奇妙な違和感が残っていた。
小さな**『記憶の乱数』**だ。
朝、リサに渡されたカップの色が、彼は昨日「青」だったと記憶しているのに、現実は「赤」だった。キリシマがミナトに投げかけた言葉を、ミナトは聞いたはずなのに、リサは「キリシマくんは何も言っていないわ」と答える。
「九条くん、集中して。あなたの**『神経量子流動』**が、微かに揺らいでいるわ」
リサは心配そうに言った。
「わかってる。誰かが、僕の**『情報伝達の基礎』である『記憶』**そのものを、外部から操作しようとしている」
その推測は、すぐに公式なブリーフィングによって裏付けられた。
今回の敵、コードネーム**『ムネモシュネ』は、世界の歴史記録を改ざんする、『情報特異点』**だった。
「ターゲットは、星嶺学園の**『創設アーカイブ(ファウンディング・アーカイブ)』**だ」
九頭竜先生は険しい表情で告げた。
「奴の目的は、学園の歴史を改ざんし、全ての生徒、特にA組の特異点の**『存在意義』そのものを書き換えることにある。奴の能力が成功すれば、君たちの入学記録、能力の覚醒の瞬間**すら、嘘の記憶に置き換わる」
ミナトの脳裏に、最悪の可能性が浮かんだ。
(僕の**『ラグ』は、『僕のハッタリという意図』で発動する。もし、僕が『自分がバグではない』と記憶を改竄されたら……僕の能力そのものが、『存在しない能力』**になる!)
**『意図』を核とするミナトの能力にとって、これは肉体的な脅威を超えた、『存在論的な脅威』**だった。
II. 記憶の改竄フィールド
ミナト、リサ、サヤ、そして綾小路率いる合同チームは、学園地下深くにある厳重な創設アーカイブ室に到達した。
アーカイブ室の中央には、黒いローブを纏ったムネモシュネが立っていた。彼女の周囲には、巨大な**『因果律改竄フィールド』**が渦巻いている。
「ようこそ、**『不確かな存在』**たちよ」
ムネモシュネの声は、優しく、しかし恐ろしい響きを持っていた。
「私の能力は、**『過去の情報の再最適化』だ。君たちの『現在の意識』は、『過去の記憶』によって形成されている。その根拠を破壊すれば、君たちの『現在』もまた、『無意味な乱数』**になる」
ムネモシュネは能力を解放した。
**ズン!という衝撃と共に、ミナトの意識に、激しい『記憶の再構築』**が始まった。
(あれ……僕の幼馴染は、鈴見屋じゃなくて……火野キリシマだったか? いや、違う! 僕の能力は**『ラグ』じゃない。あれは、『超加速』**の暴走だったはず……!)
ミナトの頭の中の**『タスクマネージャー』が、激しくエラー表示を始めた。能力を起動しようにも、『起動トリガー』である『自分がバグであるという認識』**が揺らぎ、指一本動かせない。
「九条! 記憶を信じるな! 君の**『初期設定』は『九条ミナト』だ!」
サヤが、重力壁を構築しながら叫んだ。彼女自身も、自分の能力の覚醒の瞬間が、『別の時間』**だったという偽りの記憶に苛まれている。
ムネモシュネは、ミナトに歩み寄った。
「君の**『ラグ』の正体は、君が『ハッタリ』で作り上げた、脆弱な『虚偽の記憶』にすぎない。その記憶を、『君は最初から最高のヒーローだった』**という完璧な真実に書き換えてやろう!」
III. 記憶の錨
ムネモシュネがミナトに触れようとしたその瞬間、リサがミナトの背後に回り込み、両手で彼の頭を抱きしめた。
「触らせない! 綾小路くん、サヤちゃん、時間を稼いで!」
「鈴見屋! その行動は非合理的だ! 君の脳も改竄されるぞ!」
綾小路が叫ぶ。彼の**『最適化アルゴリズム』は、この自己犠牲的な行動を『最大のノイズ』**として弾き出している。
リサは、ミナトの頭部に触れたまま、目を閉じた。
「私の**『デバッガー』能力の真髄は、『因果律の観測と安定化』よ! 私は、あなたとの『共闘の記憶』を、私の『神経量子流動』に直接刻む! これが、あなたの『記憶の錨』**よ!」
リサは、ミナトの脳に、彼らが共に戦い、笑い、そしてミナトが「ハッタリ」を成功させた全ての瞬間を、**感情という名の『絶対的な真実』**として送り込んだ。
ミナトの脳内で、**『偽りの記憶』と、『リサから送られた絶対的な記憶』**が衝突する!
『自分がキリシマの親友だった』という偽りの記憶に対し、ミナトの脳が叫んだ。
(違う! 僕の隣にいたのは、いつもこのハッタリを信じてくれた、鈴見屋リサだ!)
ミナトの**『意図』が、再び鮮明になった。彼の『能力のトリガー』である『自分はバグであるという認識』は、リサという『絶対的な信頼』**によって守られたのだ。
ミナトは目を見開き、ムネモシュネを睨みつけた。
「ムネモシュネ……! 僕の**『ラグ』は、『虚偽の記憶』なんかじゃない。これは、『未来を掴むために、現在を否定する』という、僕の『存在証明』**だ!」
IV. 最終演算:情報のラグ
ミナトは、リサの**『ゼロ・フロー』**を受けながら、ムネモシュネに突進した。
「ラグ! 対象:ムネモシュネの能力の『情報出力源』!」
ミナトは、ムネモシュネの身体ではなく、彼女の背後にある**『創設アーカイブ』**のサーバーラックに触れた。
彼は、アーカイブ室の全データ通信に、**1.0秒の『ラグ』**をかけた。
ムネモシュネの能力は、**『リアルタイムな情報改竄』だ。しかし、彼女の情報源であるサーバー自体が『1秒前の過去』を送信し始めたため、彼女の能力は『現在の情報』ではなく、『1秒遅れの過去の情報』**を改竄し始めた。
「なぜだ!? 私の**『改竄情報』**が、過去にしか作用しない!?」
ムネモシュネは混乱した。彼女の改竄フィールドは、現在の状況ではなく、1秒前にムネモシュネがいた座標を改竄し始め、彼女自身に**『過去の因果律のフィードバック』**を与え始めた。
ミナトは、その隙を見逃さなかった。彼は、ムネモシュネの腹部に、**『ゼロ・フロー』**を込めた最後のパンチを叩き込んだ。
ムネモシュネは、過去の記憶が崩壊するような激痛と共に、倒れた。
「九条ミナト……君の**『バグ』**は……」
ムネモシュネは、敗北の直前、かすれた声で、最後の**『情報』**をミナトの意識に直接送り込んだ。
> *「君のラグは、**『事故』じゃない。それは、誰かによって『意図的に仕掛けられたシステム・エラー』*だ……君の真の過去は……」
>
ムネモシュネは、意識を失った。
ミナトの最終的な戦いは終わった。彼は、記憶の改竄という究極の脅威から、**『自己の存在』**を守り抜いた。
綾小路は、ミナトに歩み寄り、冷徹に言った。
「これで、全ての**『特異点』の処理は完了した。君の『非観測領域演算』は、『真の存在証明』**を必要とする、と私のアルゴリズムは結論づけた」
ミナトは、ムネモシュネの最後の言葉を胸に、リサの温かい手に寄りかかった。
(僕のラグは、**『意図的なエラー』**だったのか……? 誰が、何のために……?)
彼の**『ハッタリの英雄譚』の裏側には、まだ解き明かされていない、『真の過去』**という名の、最大の謎が残されていた。




