音速の特異点:共鳴する因果律
学園祭の喧騒が過ぎ去った翌日、九条ミナトは、鈴見屋リサと共に作戦会議室に呼び出されていた。
「九条くん、君が受け取ったメッセージは、単なる悪戯ではないかもしれない」
九頭竜シン先生は、ホログラムに映し出された、ねじ曲がった高層ビルの映像を指差した。
「ここ数日、ネオ東京全域で、不可解な構造物崩壊事件が連続して発生している。特徴は、**『疲労破壊』の極端な加速だ。まるで、数十年分の振動を一瞬で受けたように、物質の『固有時間定数』**が狂わされている」
(固有時間定数……? 時間を操る能力者が、また現れたのか?)
ミナトの背筋に冷たいものが走る。以前のクロノスは**『時間軸そのものの操作』だった。だが、今回の現象は、『物質内部の時間構造』**の操作だ。
「犯人の能力は、『音響因果律』、またはコードネーム**『エコー』**と呼ばれている」
先生が映し出したのは、黒いライダースーツに身を包んだ、銀髪の女性の写真だった。
「彼女は、特定の**『共鳴周波数』**を生成し、その振動によって、物質の内部の時間定数を加速させ、物理的な因果律を乱す。極めて精密で、九条君の『ラグ』と似た、局所的な因果律操作の特性を持つ」
(僕と同じ……僕の能力の、**『意図的な模倣』**だ!)
ミナトは、焦りを感じた。彼の『ラグ』は、無意識のバグだ。対してエコーは、完璧に計算された能力で、ミナトの**『不安定性』**を嘲笑うように攻撃してくるだろう。
「九条、リサ、北斗。目標は、ネオ東京のエネルギー供給を担う**『第三高圧発電所』だ。エコーは、あの巨大構造物を、共鳴周波数で一瞬で崩壊**させるつもりだ」
音響の圧力
ミナト、リサ、北斗サヤの三人は、高圧発電所へと転送された。
現場は、異様な静寂に包まれていた。だが、その静寂は、何かが満たされていることの証拠だった。空気そのものが、重く、粘度を増しているような感覚。
「計測開始……! 九条くん、周囲の大気振動が、通常の100倍よ! 人間の耳には聞こえない超低周波が、構造物全体に共鳴を始めているわ!」
リサが計測器の異常値を見て叫んだ。
発電所の巨大な冷却塔が、まるでゼリーのように、微細に揺らぎ始めている。
発電所の中心に、エコーが立っていた。彼女は、口元に手を当て、ただ**『声』**を絞り出しているだけだ。
「来たか、星嶺学園の**『不完全な乱数』**」
エコーの声は、空気を直接振動させ、ミナトの鼓膜だけでなく、全身の細胞を揺さぶる。
「私の**『音響因果律』は、君の『ラグ』よりも優れている。君は、自分の意思とは関係なく、ただ世界に『遅延』を生むだけ。だが、私は、『共鳴』**によって、時間定数を加速も減速も、意図的に操作できる」
エコーは、ミナトたちに向かって、右手の指をスナップした。
パチン!という指の音は、耳には優しかったが、その音に連動して、発電所の地面が一瞬で数十年分の風化を受けたかのように、砂状に崩壊した!
「防御!」
サヤが即座に反応した。
「重力圧縮!」
サヤは、自身とミナト、リサの周囲に、強烈な重力密度の壁を構築した。これにより、音波の伝達速度が極端に低下し、エコーの攻撃が一時的に遮断された。
「さすが、『物理法則の番人』。だが、君たちの防御は、長くは続かない」
エコーは、冷却塔に向けて、声を上げ始めた。その周波数は、冷却塔の金属の**『固有振動数』**と完全に一致している!
逆位相の対決
「まずい! 冷却塔の時間が、過去に逆行している! あと10秒で、構造が完全に**『非実在化』**する!」
リサが警告する。
サヤの重力防御も、共鳴周波数による内部からの破壊には耐えられない。
「九条くん! どうする!?」
ミナトは、全身を襲う音響の圧力の中で、冷静に思考を巡らせた。
(彼女の能力は、**『完璧な共鳴』**に依存している。共鳴がズレれば、能力は無効化される。だが、どうやって、この広範囲の周波数をズラす……?)
ミナトは、自分の**『ラグ』の持つ、『時間のズレ』**の特性を思い出した。
「鈴見屋さん! ゼロ・フローを、僕の脳の処理速度に集中させてくれ! 僕は、この空間全体の**『時間軸』を、『逆位相』**で上書きする!」
「逆位相!? そんなことしたら、空間が完全にクラッシュするわ!」
「クラッシュさせて、共鳴を乱すんだ! 全運動の『入力と出力』のタイミングを、0.01秒ズラす!」
ミナトは、**『ゼロ・フロー』**で得た無尽蔵のエネルギーを、能力に注ぎ込んだ。
彼は、エコーが発する**『共鳴周波数』の全体を、自身の『ラグ』**の演算領域に収めた。そして、音波そのものを遅らせるのではなく、**音波を構成する全ての粒子の運動エネルギーの『実行タイミング』**を、ごくわずか、0.01秒だけズラした!
ドォォォン!!
それは、物理的な爆発ではなく、**『時空の位相がズレた』**ことによる、恐るべき静かな轟音だった。
エコーが発していた完璧な共鳴周波数は、ミナトの**『0.01秒のズレ』によって、一瞬で『逆位相のノイズ』**へと変換された!
エコーは、頭を抱えて崩れ落ちた。
「馬鹿な……! 私の**『完璧な周波数』が、『ノイズ』**に……!」
彼女の能力は、彼女自身に反射した。エコーの全身が、**『時間軸のズレ』**による強烈なフィードバックを受け、戦闘不能となった。
IV. ノイズの勝利
ミナトは、その場に膝をついた。全身が、音の反響と能力の酷使で震えている。リサがすぐに駆け寄り、彼の体内の量子流動を安定させた。
「九条くん! 大丈夫!?」
「あ、ああ……勝った。僕の**『バグ』が、彼女の『計算された共鳴』**に勝った」
北斗サヤは、音の衝撃が収まった空間で、驚愕の表情を浮かべていた。
「九条ミナト……君は、音波の**『位相』を、時間のズレで操作したのか? それは、『因果律の補正』ではなく、『因果律の破壊』**だ……!」
ミナトの能力は、単なる**『遅延』ではない。それは、世界に存在するあらゆる『現象のタイミング』を、ミナトの意思で『再構成』**できることを証明したのだ。
エコーは拘束されながら、ミナトを見つめた。
「……フッ。やはり、君は**『次の特異点』だ。だが、この世界は、『音』だけでなく、『光』や『情報』、『記憶』という、様々な『周波数』で構成されている。君の『ラグ』が通用しない『特異点』**が、必ず現れる」
エコーは、ミナトに新たな警告を残して去っていった。
ミナトは、リサの肩にもたれかかりながら、夜空を見上げた。
(次の特異点……光? 情報?……僕の**『バグ』**は、どこまで通用するんだ?)
彼の**『特異点』を巡る戦いは、ますます複雑な『因果律の戦い』**へと発展していた。




