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偽りの微笑(モナリザ盗難事件を巡るミステリー)  作者: マーク・ランシット


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モナリザの生還 5


 1913年12月16日 パリ警視庁


 ペルージャが逮捕されてから、4日が過ぎていた。

 ミシェル・デュボア警視正は、ゆったりとした椅子に凭れて、いつものようにフィガロ紙の朝刊に目を通していた。


”モナリザに熱狂するフィレンツェ市民たち”

 12月14日、ジョコンダ(モナリザ)は、午前9時30分からウフィツィ美術館の大ホールでフィレンツェ市民に公開された。


”集まった市民はなんと3万人”

 市民の列はシニョーリア広場にまで達し、寒さに震えながら世界一の微笑との再開の瞬間を待ちわびた。


”フィレンツェ市民、ムラーテ刑務所に大量の差し入れ”

 ムラーテ刑務所に収監中のヴィンチェンツォ・ペルージャ容疑者に、多くのフィレンツェ市民が差し入れをしようと訪れている。花、ワイン、お手製のスープ、タバコが毎日の様に届けられ、女性からは愛の言葉をつづった手紙が写真と共に送られた。


”イタリアでペルージャ容疑者を英雄視”

 今やペルージャ容疑者はイタリア国民の英雄となりつつある。イタリア国民の為に、あの難攻不落のルーブルからイタリアの至宝を取り返した男。ドン・キホーテよろしく、世界一優秀と言われるパリ警視庁に一撃を食らわせた・・。


 フィレンツェ警察の担当者からの話でも、ペルージャは祖国の為に犯行を計画したとの主張を変えないでいるらしかった。


「何と運の良い男だ」

 デュポアは、新聞をデスクに置きながらつぶやいた。

「だだのコソ泥を英雄扱いとは・・」


 翻って、自分はどうだ。


 妻はけなげに耐えてくれているが、2人の息子たちは朝の食卓で顔を上げない。

 無言の食卓は地獄の様だ。

 今まで尊敬の対象だった父親が、あっという間に世間に無能でボンクラの烙印を押され、嘲笑の対象にされているのだ。今までなら玄関で出会った近所の住人達は、笑顔で挨拶してくれていた。それが今では、プイと顔を背けて、バタンとドアを閉めた。


 嘗ての様な日常が戻ることはあるのだろうか?


 ペルージャの単独犯が無理筋であることは、有能な警官であればだれもが感じている筈だった。

 しかし、パリ警察庁の内部にはその事に触れてはならないという暗黙の雰囲気が漂っていた。

 犯人は捕まり、モナリザは無傷だった。それがすべてだ。

 今更犯人を絞り上げて真実を探り出したとしても、世間はそんなことに興味はないのだ。

 トップの判断がそうである以上、それに口出しをして得をすることは何もない。

 予期したように、モナリザ盗難事件の捜査本部は事実上解散していた。


 1913年12月31日


 ついにモナリザを乗せたパリ行きの列車がミラノを出発した。

 新館長のアンリ・マルセル、数人のルーブルの学芸員、さらに警備関係者ら合計20人に護衛されたモナリザは、当日、パリに到着した。


 フィガロ紙の一面


”モナリザは、パリのエコール・デ・ボザール(高等美術学校)でルーブル美術館の関係者に再度検査される予定”

 1914年のパリは、モナリザの生還によって、素晴らしい一年を迎えるだろう。 


 しかし、一発の銃弾がその願いを粉々に打ち砕くことになるとは、まだ誰も予想してはいなかった。

 一部の首謀者たちを除いて・・。



 


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