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偽りの微笑(モナリザ盗難事件を巡るミステリー)  作者: マーク・ランシット


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モナリザの生還 4


 モナリザの盗難後、テオフィル・オモルは国立博物館館長と共に、ルーブル美術館館長の椅子を失った。さらに、何人かの職員や警備の担当者も警察からの取り調べを受けた後に首を切られた。そして、新館長の下で新しい管理体制が敷かれ、即日の下に実行された。

 ・・・と、聞いていた。ホンの2年前のことである。しかし、元の管理体制を知らない自分にとっては、改正された管理体制でさえ、まだまだ生温い印象を拭えなかった。


 あの彫刻が散乱した倉庫を見て、デュポアは1911年9月のアポリネールの事件を思い出した。

 取り調べをしたのは自分ではない。同僚のマルタン警視正だった。


 ギョーム・アポリネールはローマ生まれの詩人で、1900年初頭に頭角を現した。

 彼は芸術評論家でもあり、編集者でもあった。事件を起こしたのは彼自身ではなく、彼の取り巻きであるベルギー人のピエレという男である。ピエレは手癖の悪い男で、ルーブルに頻繁に出入りして、間抜けな守衛の隙を見つけては倉庫から小物の石版や彫刻品を盗んでいた。

 彼はある新聞の記者に、あそこにある彫像たちはいつでも盗んでくれるのをまってるんだよ、とうそぶいていたらしい。彼は、盗んだ品物を単に売るだけでなく、アポリネールやその友人であるピカソという若い画家にもプレゼントしていたのである。

 モナリザの盗難さえ起きなければ、彼の起こした事件が世間の注目をあびることはなかっただろう。アポリネールは、モナリザ盗難の捜査陣の網に引っ掛かり、尋問され、短期間ではあったが投獄された。


 デュポアは、写真部のガブリエル・ベルナールに視線を戻すと、聞いた。


「ルーブルでは写生が許されていると聞きましたが、本当なんですか?」

「もちろんです。連日、多くの人たちが写生に来ていますよ」

「どんな人達が写生をしているんでしょう?」

「一番多いのは絵画を学んでいる学生ですかね。実を言うと、僕も学生の頃はよくここに来ていました」

「絵画を学んでいたんですか?」

「はい。僕はエコール・デ・ボザール(国立高等美術学校)の絵画部門の学生だったんです」

「エコール・デ・ボザールというと、確か建築、絵画、彫刻では我が国のトップの学校ですよね」

 デュポアの言葉に、ベルナールは少し得意そうな顔をした。


「ここの学芸員にもそこの卒業生が沢山いますよ」

「なぜ、写真部にいるんですか?」

「将来は学芸員になりたいと思っているんですが、今は勉強中です」

「難しい世界なんですね」

「どんな美術館でもそうですが、特にこのルーブルは世界一ですからね」

「あの学校の生徒たちなら、当然画家を目指す人もいらっしゃるんですよね?」

「はい。素晴らしい描き手は沢山います。天才と呼べる連中も。でも、裕福な家庭の人間でなければ、画家を続けるのは大変なんです。ダ・ビンチの様な画家ですら、パトロン無しではやっていけなかったんですから」

「確かにそうですね」


 デュポアの頭にふとある問いが浮かんだ。


「写生を行っている人たちの中には、贋作が目的のヤカラもいるんじゃないですか?」

「それは分かりませんけど、写生する絵は本物と同じ大きさで描いてはいけないというルールになっているんです」

「なるほど・・」

 彼の頭から、贋作という文字が消えてくれない。


「先ほど、真偽鑑定の為に証拠写真を残しているとおっしゃいましたけど、ここにいる優秀な学芸員たちでもそんなものが必要なんですか?」

 青年の瞳がキラリと輝いた。得意分野なのだろう。


「刑事さんほどの方なら、絵画の盗難事件捜査の経験もあると思うので、偉そうな事は言えないんですが、一口に贋作と言っても、騙す相手によってレベルが変わるんです」

「騙す相手?」

「素人相手なら、恐らく僕にでも描けるでしょう。でも、目の肥えた金持ちの絵画コレクター、さらに鑑定士を抱えた大資本家のコレクター・・。騙し取る金額が大きくなるに従って、贋作師のレベルも上がっていかなければ通用しません」

「具体的には?」

「もし経験豊富な鑑定士を騙そうとするなら、そのころの時代背景。つまり、その画家が使っていたキャンパスの素材、絵具の種類や材料、その画家特有の表現方法、その作品の履歴などを知っていなければなりません」

「つまり・・」

「例えはモナリザの基底材はポプラの一枚板です。イタリア人画家の間ではこのポプラの板が最も好まれていました。ただ例外的に、ダ・ビンチの他の作品にはクルミの板も使われているんです。もし仮に、ダ・ビンチの贋作を売り込もうとするなら、最低でもこの程度の基礎知識は必要です」


 彼が挙げたのはホンの基本の部分だろう。

 盾と矛。騙す側と見破る側。一流の絵画学校で学んだ目の前の青年でも、もっともっと研鑽を積まねばならないと言う事だ。


「刑事さん。もし、贋作について興味があるのなら、専門家を紹介しましょうか?」

「えっ、そんな人がいるんですか?」

「はい。僕の教官だった教授です」

「でも、なぜエコール・デ・ボザール(国立高等美術学校)の絵画部門に贋作の専門家なんかがいるんですか?」

「さっき言いましたが、卒業生には学芸員が多いんです。美術館の学芸員は売り込まれて来る絵画の真贋を鑑定しなければならないんですよ」




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