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偽りの微笑(モナリザ盗難事件を巡るミステリー)  作者: マーク・ランシット


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検証 6

 

 1914年4月10日 パリ警視庁


”ドイツ軍、新型戦車の開発に成功か?”

 デュポアの机の上のフィガロ紙の一面。


 ドイツ軍は、予想される塹壕戦を突破するための兵器として、A7V型戦車の開発に成功した模様。

 主な性能は下記の通り。

 重量: 約30トン、乗員: 18名(指揮官、運転手、砲手、整備士など)

 武装: 6門の機関銃と1門の砲を搭載。

 設計: 大型で、装甲が厚く、機動性は低いが防御力は高い。


 パリも漸く春を迎えようとしていた。

 葉を落として殺伐としていた木々にも漸く緑の芽が吹き出し、華やかさが戻りつつあった。

 しかし、新聞の記事も、人々の会話の中身も、戦争への懸念が渦巻いていた。


 既にフランス軍は、ドイツと国境を接する西部地区に部隊を配置し、塹壕を掘り始めていた。

 新聞の記事では、ドイツ軍もパリへと続く街道にあるヴェルダンに目標を定め、そこを攻略する為の兵力を送り出していた。


 ヨーロッパの歴史は戦争の歴史と言っても過言ではない。

 皇帝ナポレオンが率いた戦争は、ホンの100年前の出来事だった。

 その後も、この大陸のどこかで戦火の途切れた事はない。

 オスマン帝国とバルカン諸国との戦争は、一昨年に始まり、昨年に終結したばかりだ。


 だからと言って、パリ市民が戦争に慣れている訳ではない。

 兵器の威力は高まり、化学兵器の投入も予想されていた。

 軍人だけの戦いが、間違いなく市民を巻き込んだ戦いに変化している。

 これまでのいかなる戦争でも、殺し合いに荒んだ兵士たちは、占領した都市の女性たちをなぶりものにして来たのだ。


 デュポアは、妻と子供たちに、いざという時の対応を話していた。

 敵の手がパリに迫った時の退去の方法と場所についても・・。

 自分は銃を手に、最後まで戦い続けることも告げていた。


 その日、デュポアは午前11時過ぎにパリ警視庁を出た。

 行先はエコール・デ・ボザール(国立高等美術学校)。


 玄関で、トマス・ゲランと待ち合わせていた。彼とは久しぶりの対面だった。

 二人は硬い握手を交わした。


 受付で要件を伝えると以前に来た時と同じ女性が、ポール・マルタン教授が講義中であることを告げた。そして、教授から指示されたとして、二人を1階にある展示室に案内した。


 展示室の大きなドアは既に解放されていて、十数人の人々が展示品を見ていた。


「入り口から中央辺りまでが、これまでの卒業生たちの作品です。全てローマ賞を受賞した生徒たちの作品ですのよ・・」

 女性は、ローマ賞について簡単に説明した。

「優秀な学生をローマに留学させる為の奨学金制度なんです・・。マルタン教授も受賞者の中のお一人ですのよ。中央付近に展示されていますわ・・。あっ、それと、教授からの伝言です。お目当ての作品は出口付近にあるそうです・・」

 二人は彼女にお礼を言って展示室に足を踏み入れた。


 展示室の壁には絵画が、そして部屋の中央には彫刻作品が展示されている。

 あまり芸術に詳しくないミシェル・デュポアでさえ、頷かされる作品ばかりだ。


「これですね・・」

 トマス・ゲランが一枚の絵画の前で立ち止まった。

 立派な額縁に収められた中型の作品。

 1894年。「ヴェールを被るシャルロットの肖像」 ポール・マルタン。

 

「ルネッサンス時代、恐らくラファエロを意識した作品の様ですね・・」

 ゲランは顎に手を当てて、感心した様に頷いた。

 モデルは若いフランス人女性。深緑の壁をバックに、白いヴェールを纏った女性が振り向く様な姿で描かれている。


 しばらくの間、二人はその絵をゆっくりと細部まで鑑賞した。

 デュポアは若き日のマルタン教授の情熱を感じ、ゲランはまだ見ぬ教授の才能を探り出そうとした。

 他の作品も素晴らしかったが、自分の知る人物の作品という事で、一層の興味が湧いた。


「何か人だかりが出来ていますね・・」

 ゲランの言葉にデュポアはその方向を見た。

 確かに展示室の出口付近に、人が集中していた。

 二人はそこに近づいて、人々の肩越しにその視線の先を見た。


 あっ、とデュポアが声を上げた。あのダ・ヴィンチのラ・ベル・フェロ二エール(美しきフェロ二エール)であった。絵は重厚な額に入れられている。背を伸ばして額縁の下を覗き込んだ。


 複製 「ラ・ベル・フェロ二エール」 教授 ポール・マルタン。


 人々の波が引いて行くのを、二人は辛抱強く待った。

 やがて最前列で鑑賞できる状況が訪れる。

 ”作品には触れないで下さい”の張り紙がしてあった。


 ミシェル・デュポアは声を失った。

 ルーブルで見た本物と見分けが付かない程の重厚な深み。

 完成してまだ2週間ほどしか経っていない筈なのに、どうやったらこんな重厚さが出せるのだろうか。

 鼻を近づけると、まだ新しいニスと絵具の香りがした。

 それだけが、本物ではない事を示す僅かな証拠だった。

 横ではトマス・ゲランが同じ様に口をあんぐりと開けている。


 張り紙があるのに、ゲランが思わず手を伸ばそうとした。

 その手を、後ろにいた人が止めた。

 すいませんとゲラン。


「絵具の表面にひび割れが出来てますね・・」

 ゲランの言葉に、デュポアはゴクリと唾を飲み込んだ。

 教授は、一体どんな魔術を使ったのだろうか・・。


 デュポアは電話口での教授の言葉を思い出した。

 

「・・大学側から厳重な警告がありましてね。私が使ったテクニックは口外するなと・・。なので、大学では話せません。別の場所で食事でもしながら戯言としてご披露することにしましょう・・」


 


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