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偽りの微笑(モナリザ盗難事件を巡るミステリー)  作者: マーク・ランシット


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検証 4


 1914年3月8日 グルネル通りのアパルトマン


 オーレ夫人の家


「もう一部屋、モナリザを保管する為のアパートを借りるのはどうでしょう?」

 オーレ夫人が、まるで尋ねる様にゲランに聞いた。

 ゲランは、なるほどと言う様に小さく頷いて、彼女の手帳に視線を送った。

 オーレ夫人は慌てて仮説1の隠し場所の部分に、もう一つの部屋を借りると書いた。


「およそ2年半も無駄な家賃を払い続けた訳ですね?」

 オーレ夫人には、その問いかけはただの皮肉にしか聞こえなかった。

 恐らく自分でも、現実味の無い、ただの小説の中のトリックだと分かっていたのだろう、ゲランの視線から逃げる様に下を向いた。


「それなら、やはり犯行直後にイタリア行きの列車に乗った方が合理的に見えますね」

「人間は・・、そんなに合理的にばかり行動したりはしませんよ・・」

 オーレ夫人は、怒った様な顔で言った。しかし、目の前のゲランの冷静な表情に、語尾が力なく途切れた。こんな思い付きの発想など彼に通用するはずはない。でも、それでもなぜか怒りの様なものが込み上げてくる。


 ゲランは、オーレ夫人の気持ちが収まるのを待った。


「では、仮説1はそのままにして、次に進みましょう・・」

 オーレ夫人は嫌そうな顔をしたが、もう止めましょうとは言わなかった。恐らく、負けず嫌いな性格なのだろう。


「警察だけが知っている情報を加味して見ましょう・・」

 オーレ夫人の顔が引き攣った様に見えた。今更・・、汚いわ・・。


 1.事件直後に、アンチェロッティと彼の恋人であるフランソワーズ・セグノの口座に彼らには不釣り

   合いな額の現金が振り込まれていました。

 2.アンチェロッティの口座に3000フラン。セグノの口座に600フラン。

 3.二人は競馬で儲けた金だと主張。ちなみに二人が馬券を買ったのはこれが初めてでした。


「如何です・・、仮説3を作って見ませんか?」

 オーレ夫人はむくれた様な表情で万年筆を握った。


 仮説3.犯人:ペルージャ。 共犯者:アンチェロッティ、セグノ。

     動機:祖国イタリアにモナリザを持ち帰るため。

        共犯者はお金の為。

     犯行計画: ルーブル美術館で働いていた頃に計画を立てた。

     モナリザの隠し場所: アンチェロッティかセグノの部屋。


 書いた直後に、オーレ夫人は万年筆で、仮説3に大きくバツの印を付けた。

 貧乏なペンキ職人に3600フランの大金など出せる訳がない。

 そんな大金を持っているなら、自分の為に使うだろう。


 彼女は、何かを考える様に目を瞑った。テーブルの上の指が、ちいさく動く。

 しばらくすると、彼女は手帳に何かを書き始めた。


 大金の提供者。

 大金の受け取り手: ペルージャ、アンチェロッティ、セグノ。

 大金の提供者。 動機: モナリザを手に入れること。


「そろそろ私の仮説の話を始めましょうか・・」

 ゲランは、漸くオーレ夫人が自分たちと同じスタート地点に着いたと判断した。

 えっ、と夫人が顔を上げた。


「私と私の友人は、あなたと同じ様なスタート地点から出発して、その仮説の矛盾点を一つ一つ潰して行きました。そして、あなたと同じ様に大金の提供者の存在が不可欠な事に気が付いたのです」

 オーレ夫人が、心から納得した様な表情になった。ゲランはその時の来るのを待っていたのだった。


 ゲランは続ける。オーレ夫人には、手帳にメモをさせた。


 1.モナリザを手に入れたい大金持ちの存在。

 2.自分の手を汚さない為に、実行犯を探し出す。

 3.実行犯は金に不自由している人間。ルーブル美術館の内部に詳しい人間。

 4.綿密な計画を立て、前金を渡し、成功後にさらに報酬を約束する。

 5.モナリザを盗み出す事に成功。


「しかし、この仮説にも矛盾が見つかりました・・」


 1.犯行後直ぐに、モナリザを海外に持ち出さなかった事。

 2.およそ2年半も、ペルージャにモナリザを預けっぱなしにしていた事。

 3.ペルージャがスペインの画商に売り込むことを静観した事。

 4.つまり、大金持ちはモナリザその物に興味が無かった。


「それらの矛盾を解決する方法として、我々はさらなる仮説を立てました。その全てについてはここでは説明しません。あまりにも煩雑になるからです・・。最終的な結論だけお話しします・・」


 1.大金持ちは、モナリザを入手したかった訳ではない。

 2.モナリザが盗まれたという事実が必要だった。


 オーレ夫人はあっけにとられて、理解出来ないという顔をした。

 そこでゲランは、ミシェル・デュポアと同じ様に、ブエノスアイレスでの詐欺事件の話をした。

 それでもまだ納得しない表情の彼女に、ゲランは自分の手帳を見せながら解説をする。

 マルケスとショドロンは仮の名前だと説明した。


 仮説4.首謀者: マルケス。 

     贋作師: ショドロン。 

     実行犯: ペルージャ、アンチェロッティ、フランソワーズ・セグノ。

     購入者: 複数


 犯行の時系列:


    1.マルケスによる購入予定者の選定、予備接触。

    2.ショドロンに依る贋作の作成。原板は1枚。ルーブルでの写生は必須。

    3.マルケスによる犯行計画立案。実行犯の選定。

    4.ショドロンに依る贋作完成(複数枚の可能性あり)。

    5.贋作(複数枚)の海外への発送。

    6.モナリザ強奪の実行。(一定期間保管する事で、取引の時間及び逃亡時間を確保)

    7.世界的な盗難のニュース。(購入予定者に、本物であるという証拠になる)

    8.マルケスから連絡がなく、実行犯ペルージャによる画商への接触。


 これだけの説明にもかかわらず、いまだにオーレ夫人の表情はすっきりとはしていなかった。

 彼女にとっては、あまりにも奇抜過ぎる発想だったのだろう。

 コーヒーを入れて来ますと、席を離れた。


 どうぞ、とコーヒーをテーブルに置く。

 自分も一口飲んだ後、彼女はゲランに言った。


「・・それで、私に聞きたい事と言うのは何なんですか?」

 ゲランは丁度開いていた手帳のある部分を指した。


 2.ショドロンに依る贋作の作成。原板は1枚。ルーブルでの写生は必須。


「ルーブルでの写生の時期は、恐らく3年前。1911年の1月から3月にかけてだと思います」

「ええ、それなら私もルーブルに通っていました」

「特別に、模写が上手だった人間はいませんでしたか?」

 夫人は、えーと、と思い出そうと考え込んだ。

 あっ、と声が出た。

「い、いましたよ。凄い上手な人が・・」

「・・・・」

「私、声を掛けようとしたんです。あまりにも上手なんで・・。そうしたら、彼、不機嫌そうな顔で、絵に白い布を掛けて、怖い顔で私を睨んだんです。その顔が怖くて・・。私、3日間ほどルーブルに行けませんでした・・」

「そんなに怖い顔をしたんですか・・」

「だって、もともと骸骨みたいな顔だったんですよ。それが、いまにも襲い掛かって来そうな顔で睨み付けて来たんですから・・」


 えっ!

 ゲランは驚きの声を上げた。

 ショドロン・・?  



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