検証 3
1914年3月8日 グルネル通りのアパルトマン
オーレ夫人の家
「それでは、お話頂けますか?」
テーブルにコーヒーとクッキーを置いたオーレ夫人が、ゲランの反対側のソファーに腰を下ろしてニコリとほほ笑んだ。コーヒーの香ばしいかおりがゲランの身体を包み込む。
「その前に・・」
ゲランは、早く話が聞きたいとソワソワ顔の夫人に穏やかな表情で語りかけた。
「私の仮説を一方的に聞く前に、あなた自身で、今回の事件を推理して見ては如何でしょう?」
推理・・?、 私が・・?
夫人がポカンとした表情になる。
「モナリザの盗難事件についてはご存じでしょう?」
「ええ、勿論。ただ、新聞だけの情報ですけど・・」
「それで結構です。出来れば、ノートとペンを準備して頂けませんか?」
「は、はい・・」
夫人は直ぐに立ち上がり、隣の部屋に駆けて行った。
「これでいいですか?」
夫人はテーブルに手帳と万年筆を置いた。
ゲランは、良いでしょうと頷く。
「仮説1と書いて下さい・・」
夫人は手帳に、言われた通りに仮説1と書いた。
犯人は? ペルージャです。
動機は? 祖国イタリアに盗まれたモナリザを持ち帰るためです。
計画的な犯行ですか? ルーブル美術館で働いていた頃に計画を立てた様です。
モナリザの隠し場所は? 自分のアパートです。
「では、仮説1について検証して行きましょう」
オーレ夫人が緊張した面持ちで頷いた。
「犯行が行われたのは、1911年8月21日の月曜日です。ペルージャの供述によると、朝8時頃にルーブルの外に持ち出したそうです・・」
夫人が真剣な顔で頷く。
「事件が発覚し、パリ警視庁に通報されたのは、翌日8月22日、火曜日の午前11過ぎです。その間、およそ27時間が経過しています・・」
夫人は、ただ無言で頷いた。
「なぜペルージャは、犯行直後の月曜日に、モナリザを持ってイタリア行きの列車に乗らなかったのですか?」
えっ、夫人が声を上げる。
お金が無かったのでは・・。 計画的な犯行だとおっしゃいましたよね。
フランスの国境で見つけられるのを恐れたんじゃないですか?
1913年12月10日、ペルージャは2重底のトランクに隠して、モナリザをイタリアに持ち帰って
います。国境での検査体制は、犯行当時よりも厳重になっていました。
オーレ夫人が唇を噛む。
まるで自分を責められて、悔しがっている様だ。
「では仮に、何らかの事情で部屋に隠した方が得策だと考えたとしましょう・・」
夫人の目が、挑戦的なそれに変わっている。澄ました顔のゲランを、まるで仇の様に睨み付けた。
パリ警視庁の捜査官が、ペルージャの部屋を捜索しています。その時、モナリザは発見されませんでし
た。ペルージャは、どこに隠していたんでしょう?
と、友達に頼んで預かって貰っていたんです。あ、あの共犯者の・・。
アンチェロッティですか?
そ、そうです。
アンチェロッティは、ペルージャがモナリザを盗んだという事を、知っていたと思いますか?
ま、まさか・・。いくら友達でも、モナリザと知って預かる人間なんているわけ無いでしょう。
では、アンチェロッティはモナリザと知らずに預かった訳ですね?
そうに決まっているじゃないですか・・。
そこで、ゲランはワザとらしく首を捻った。
その仕草が、オーレ夫人をさらにイラつかせる。
ゲランは暖炉の上の絵を見た。夫人もつられて見る。
「例えはオーレさんが、あの絵を友達に預かって貰おうとしたとしましょう。どの様にして頼みますか?」
「どの様にって・・。ただ、預かって欲しいと頼むだけですけど・・」
オーレさんが、頼まれた側だったとします。黙って、理由も中身も聞かずに預かりますか?
・・・・。
預かった側の人が、中身を見たりする心配はしませんか?
・・・・。
中身がモナリザだと知っても、友人はそのまま黙っていると思いますか?
・・・・。
「む、無理です・・」
オーレ夫人が、今にも泣きそうな声で言った。
ゲランは黙って彼女を見ていた。
プロにはとても敵わない。もし自分が警察に取り調べを受けたとしたら、きっと何もかの自白してしまうだろう。ゲランの質問は全て筋が通っていると思った。
「アンチェロッティは、預かったのがモナリザだと知っていたと思います・・」
今までと違って、キッパリと言った。
「共犯者と言う訳ですね?」
「はい・・」
「では、手帳に仮説2と書いて下さい」
オーレ夫人は素直に従った。
犯人: ペルージャ、アンチェロッティ。
動機: 祖国イタリアにモナリザを持ち帰るため。
計画的な犯行か: ルーブル美術館で働いていた頃に計画を立てた。
モナリザの隠し場所: アンチェロッティの部屋。
疑問1: なぜペルージャは、犯行直後にモナリザを持ってイタリア行きの列車に乗らなかったか?
友人のアンチェロッティが預かってくれるので、無理をする必要が無かった。
疑問2: アンチェロッティはなぜ、モナリザの様な世界的な絵画を黙って預かったのか?
友情。モナリザをイタリアに持ち帰る事に共感した。
「オーレさんの考えでは、アンチェロッティもイタリアの天才画家ダ・ビンチの絵を祖国に持ち帰る事に、ある意味で、自分の人生を掛けたと言う訳ですね?」
「人生を掛ける・・?」
「だってそうでしょう。モナリザを盗むという事は、全世界の警察を敵にまわすという事ですよ。捕まったら単なる窃盗では済みません。フランスで捕まれば、終身刑だってありえますからね・・」
「終身刑・・」
オーレ夫人の目が見開かれた。どうやら彼女はまだ、この事件を小説の中の空想の一事件の様に考えていたのかも知れなかった。
「もしあなたがアンチェロッティだとしたら、友情の為、あるいは祖国愛の為に、ただのペンキ職人でしかない頼りない友人の、おぼつかない企みの為に、人生を掛ける事が出来ますか?」
オーレ夫人は、ゲランの顔を見た。そして、力なく首を振った。
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