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偽りの微笑(モナリザ盗難事件を巡るミステリー)  作者: マーク・ランシット


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不穏 2


 1914年3月2日 ルーブル美術館


 その日、ルーブル美術館の周辺は静かだった。

 メーソンJrの滞在しているホテルの周辺ではパリ市民による抗議が行われていたが、今日の午前10時からのルーブル美術館への訪問については、新聞にも公表されていなかったからだ。


 ルーブル美術館正面のキャルーゼル広場の前にはパリ警視庁の警官たちが配置されていて、メーソンJr一行の到着を緊張の面持ちで待っていた。


 午前10時丁度に、護衛車に先導されてメーソンJrの乗る黒塗りの高級車が到着した。

 メーソンJrは、黒のタキシード姿で車から降りると、彼の個人的なボディーガード3人に囲まれてルーブル美術館に入って行った。彼らの周りには、さらに4人の国家警察総局の警備担当者が取り囲んでいる。


 ルーブル美術館の中では館長のアンリ・マルセルが待っていた。彼は大袈裟な身振りで歓迎の意思を伝えると、メーソンJrにフランス風のチークの挨拶をした。二人はそのまま数分間笑顔で会話を楽しんだ後、マルセル館長の導きで館内に入って行った。ミシェル・デュポアは、数メートル離れた場所でその状況を監視していた。後に知ったことだが、意外にもメーソンJrは、これまでにルーブルを訪れた事が無かったらしい。彼の父は無類の美術品コレクターで有名であったが、どうやら彼と父親の間には確執があり、美術品には何の興味も示さなかった。


 古代ローマ彫刻の間を見て、大階段を上った。

 ”サモトラケのニケ”の前で、その巨大さにメーソンJrは少し驚いた表情を見せた。アンリ・マルセルに向かって何か質問をし、細かく頷いた。アポロンのギャラリーではルイ14世の輝かしい時代を、まるで今の自分だと言わんばかりに不敵な表情を浮かべて眺めた。ミシェル・デュポアは、その仕草にメーソンJrの内面の一部を垣間見た様な気がした。


 ”聖痕を受ける聖フランシスコ”の前で、アンリ・マルセルはルネッサンス絵画について熱弁を振るったが、メーソンJrは興味なさそうに別の展示物を目で追っていた。次の間では、アンリ・マルセルが何かの作品を紹介しようとしていた。しかし、側近が耳元で何かを囁くと、彼の表情が変わった。彼はマルセルを無視して、ダ・ビンチの作品である”岩窟の聖母”と”ラ・ベル・フェロ二エール(美しきフェロ二エール)”の方に歩いて行った。驚いた表情の館長がその後を追う。やはりダ・ビンチの名声は遠くアメリカにも響き渡っているのかと、ミシェル・デュポアは思った。


 既にメーソンJrの傲慢さが解き放たれていた。

 彼は内ポケットから懐中時計を取り出すと、側近に何かを命じた。

 側近の一人が頷くと、館長のアンリ・マルセルを無視してサロン・カレに向かった。

 マルセルは驚いた表情で、絵画部長のルプリュールに何かを聞いた。ルプリュールは狼狽えた表情で首を振った。「何か失礼な事を言ったか?」「いえ、それは無かったと思います」


 サロン・カレに入ると、メーソンJrは一点を見つめて立ち止まった。

 彼はこれまでには見せなかった表情、何かに挑戦する様な、それでいて醜いものを小馬鹿にする様な侮蔑に似た笑みを浮かべた。続いてサロン・カレに入ろうとした館長と絵画部長を、側近の一人が阻止する様に両手を広げて止めた。狼狽する館長。


 既に入室していた国家警察総局の警備員たちと、ミシェル・デュポアと彼の数人の部下はそのままそこで待機した。


 メーソンJrと二人の側近が真っ直ぐに向かった先。

 モナリザの前で立ち止まったメーソンJrは、再び先ほどの表情を作った。

 ゆっくりとシャドウボックスに顔を近づける。

 先ず全体を撫でる様に見る。あっぱれとでも言う様に頷きながらニヤリと笑った。

 ポケットから何かの紙片を取り出した。

 まるでその中に書かれた指示に従うかの様に、モナリザの絵のやや右上(モナリザの左肩の辺り)を右手の人差し指で指した。そして、その辺りに顔をさらに近づけて行く。首を振る。目をしばたたかせると、もう一度それを繰り返した。


 諦めた彼は、振り返って側近の一人に何かを言った。少し焦りの表情が見えた。

 デュボアの耳には、ルーペと聞こえた。 

 側近が内ポケットからサテン生地に包まれた品物を手渡した。

 中から現れたのは、黒いルーペだった。特注品なのだろうか、一体型になっていて、拡大率を調整できるネジが付いていた。


 メーソンJrは、狙った辺りにそのルーペを当てると、慎重にネジを調整した。

 彼の指の動きが止まった。

 彼の口から何かの声が漏れた。

 「これだ・・」 

 デュボアにはそう聞こえた。

 メーソンJrは、ルーペを側近に渡すと、満足げな笑みを浮かべた。


 メーソンJrは振り返ると、側近を通り越して館長のアンリ・マルセルに歩み寄った。

 口を半開きにして呆然とした表情の館長に、彼はフランス風のチークの挨拶をすると、感謝の言葉を送った。そして、そろそろ時間ですのでここで失礼しますと別れを告げた。



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