不穏 1
1914年2月27日 パリ警視庁
その日、パリ市民を不安にさせるニュースが飛び込んで来た。
フィガロ紙の一面。
”メーソンJr氏、ドイツにも資金融資か?”
ニューヨーク発の外電によると、連合国(フランス、イギリス)に資金融資を行っているメーソンJr
氏が同様の融資をドイツ側にも行っているらしいことが発覚した。その額、連合国側へのおよそ2倍。
その下段の関連記事。
”メーソンJr氏、アメリカの化学会社マーロン社を買収”
マーロン社は、オハイオ州アクロンに本社を置くアメリカ最大の火薬製造企業。
軍事評論家クレマン・ジルー氏は、来るべく欧州での大戦に備えての行動であると断言。
消息筋の話では、マーロン社は連合国(フランス、イギリス)及びドイツ側からの受注に対応すべく
現在フル稼働状態であるらしい。
さらにその下段の関連記事。
”ドイツ軍、新兵器の開発に着手”
イギリスで開発中のMk.IV戦車に対抗すべく、ドイツ軍はそれよりも火力の優れた戦車として、仮称A7V
の開発に着手したとの情報が入った。当初、ドイツ軍にはその為の資金が不足していたがメーソンJr
氏からの資金融資により、それが可能となったと見られている。
”ドイツ軍、潜水艦の増産進む”
水上艦戦力において圧倒的優位に立つイギリス軍に対抗する為、ドイツ軍はそれらを海中から撃破可能
な潜水艦(仮称U-boat)の増産に踏み切ったとの情報が入った。消息筋の情報によれば、ドーバー海峡
を封鎖し、フランス軍への支援を絶つ狙いがあると見られている。
後の話になるが、その年の7月末に始まった第一次世界大戦は、4年後の1918年11月11日に終結した。
フランスだけの数字で見ると、戦没者合計1,697,800人(民間人を含む)、戦傷者4,266,000人(民間人を
含む)となる。この数字にはスペイン風邪による犠牲者も含まれるが、いずれにしてもこれまでの歴史
の中で、最も悲惨な戦争となった。
その主な原因は、科学技術の発達による大量殺戮だと言われている。しかし、もう一つの原因は、戦争
を金儲けの手段に使った、「死の商人」たる大資本家たちの冷酷さに依るものも大きかった。
その日の午後、ミシェル・デュポアに上司からの呼び出しがあった。
警視総監室に入ると、自分以外にも3人の警視正の姿があった。
警視総監であるルイ・シモンは、相変わらず自分のサイズとは不釣り合いな大きさの椅子に座ってふんぞり返っていた。彼の横にはパリの市街図が張り出されていて、そこには例の警視副総監のニクロスが指揮棒を手にして立っていた。
「3日後の月曜日、アメリカの大資本家である、ジャック・メーソンJr氏がルーブル美術館を訪問される事になった。国内の警備は国家警察総局が担当するが、パリ市内での警備は我々が担当する事になった。これからニクロス副総監が各部署の担当区域を説明するので、不手際の無いように頭に叩き込んで貰いたい・・」
何というタイミングの悪さだろうと、デュボアは眉を顰めた。
あんな記事が載った直後に、なんでわざわざパリ市民の感情を逆なでする様な行動を取るのだろうか?
「メーソンJr氏は我が国との新たな資金融資の打ち合わせの為に、3日前より訪仏されている。協議は今のところ順調に進んでいるとの事だ。しかし、もしルーブル美術館滞在中に何かあれば、我が国にとって最悪の結果を招く可能性がある。全員、肝に銘じて職務に当たる様に・・」
割り振りの結果、デュボアの班はルーブル美術館内の警備を担当する事になった。
当日は月曜日で、美術館は休館日である。
その日に限っては清掃等の業務は中止され、美術館内は警察関係者のみが配置されることになった。
当然な事に、前日の閉館時から美術館に入り、爆弾や不審者の確認作業を行う事になる。
デュボアに重要人警護の経験はない。
しかし、幸いなことに、彼に与えられた任務は美術館内の警備のみだった。
ジャック・メーソンJrの周辺を固めるのは、国家警察総局の専門チームだからだ。
その時のミシェル・デュポアはまだ、当日、ジャック・メーソンJrの思わぬ行動を目にすることになるとは、夢にも思っていなかった。




