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偽りの微笑(モナリザ盗難事件を巡るミステリー)  作者: マーク・ランシット


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推理 3


 1914年2月20日 パリ郊外ナンテール


 トマス・ゲランの自宅


「どういう事でしょうか?」

 デュポアが眉を顰めながら聞いた。

「あなたの仮説3を見ていて、ある事件を思い出したんですよ・・」


 仮説3.首謀者:X。 実行者: ペルージャ、アンチェロッティ、フランソワーズ・セグノ。

     贋作師:Y。


「確か、1909年の9月だったと記憶しています。私はある国際的な詐欺事件の調査でアメリカのニューヨークに出張していました・・」

 

 共同捜査をしていた部署の別の担当者から、ある押し込み強盗の話が飛び込んで来ました。

 場所はテキサス。牧畜業を営む大富豪の家に強盗が入り、金銭、宝石、絵画等が盗まれました。

 テキサス州の警察の緊急対応にも拘わらず、直ぐには犯人は見付かりませんでした。

 ところが事件の5日後に、ニューヨークの宝飾店から通報が入り、犯人が逮捕されました。

 犯人を取り調べたところ、同じくニューヨークの画商にも盗んだ絵画を売った事が分かりました。


 売った絵画の中に、スペインの巨匠であるバルトロメ・エステバン・ペレス・ムリーリョの作品が含まれていました。画商になぜ通報しなかったのかを問いただすと、1時間程抵抗した後に、その絵がブエノスアイレスの美術館から盗まれた物だと白状しました。その証拠として、ブエノスアイレスの地方紙の一部が添付されていました。


 国際事件と言うことで、私も捜査に同席し、その絵を見ました。

 当然、専門家である画商がそう信じる訳ですから、素晴らしい作品でした。

 盗難作品ですから、大富豪に話を聞くためにテキサスに向かいました。

 彼は興奮して、自分は騙されただけだと主張しました。

 自分も盗難事件に関与していることになれば、逮捕されますからね。

 我々は、大丈夫です、正直に話をしてくれれば情状酌量の余地は十分にありますからとなだめすかして何とか供述に持ち込みました。


 彼の話はこうでした。

 強盗事件の1年前に、旅行でブエノスアイレスを訪れた時、ホテルのバーで現地の旅行関係者と名乗る人物と出会ったそうです。身なりも上品で、英語にも堪能で、話題も豊富で、直ぐに打ち解けたそうです。その中で、自分がテキサスで手広い商売をしている事、美術品の収集に興味が有ることを巧みに弾き出された。もう行かれましたかと、近くの著名な美術館の名前を挙げ、そこにはいかに素晴らしい作品が展示されているかを聞かされました。


 別れ際に、もし興味がお有りでしたら、私がご案内しましょう。私と一緒なら、誰にも邪魔されずに作品を見ることが出来ますよと、囁かれた。


 事実、彼は独占状態で作品を鑑賞することが出来たそうです。

 色々な展示室で世界的な名品の説明を受け、彼の欲望は次第に強まって行きました。

 そして、最後の展示室でそのムリーリョに出会いました。

 その紳士は、入口にいた守衛に目配せをしました。すると、誰も入って来ません。

 彼は他の作品には目もくれず、ひたすらムリーリョの作品に見入ってしまいました。

 当然ながら、紳士は、ムリーリョの巨匠たる所以をこれでもかと説明して来ます。


 まだ見ていたいと思っていた男に、紳士は、それではそろそろだと、終わりを告げます。

 いや、もう少し・・、と言った彼の耳元で、紳士が呟きます。

「お望みなら、あなたの為に手に入れて差し上げましょうか・・」

「で、出来るんですか、そんなこと・・」

「もし、お疑いなら、絵の後ろ側にこのペンであなたのサインをお書きになって下さい・・」

「で、でも誰かに見られたら大変な事になりますよ・・」

「大丈夫で、私が入り口で見張っていますから・・」


 二日後、大富豪はホテルの部屋でムリーリョの名作を受け取ります。

 絵の裏側には、確かに自分の書いたサインが入っていました。

 大富豪は約束の金を払うと、逃げる様にして帰国しました。

 2週間ぐらい経った頃に、差出人の無い手紙を受け取りました。

 その中に、現地の新聞の記事が入っていました。

 ”ムリーリョの名作盗まれる”

 当然スペイン語でしたが、写真付きの記事です。意味は分かります。


 ディボアは、真剣にその話に聞き入っていた。

 どんな結末が訪れるのか、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「我々は、そのブエノスアイレスの美術館に連絡を取りました。しかし、どうにも話がかみ合いませんでした。ムリーリョの作品は盗まれてなんかいませんよ、と言うんです」

「どういう事ですか?」

「電話で遣り合っても拉致がいかないので、仕方なく、私はブエノスアイレスに行くことにしました。ニューヨークの担当者も一緒でした」


 ドアにノックの音がした。

 ゲラン夫人が、紅茶のセットと手作りらしいクッキーを乗せたお盆を持って入って来た。

 コーヒーカップを片付けた後、紅茶をカップに注ぐ。


「随分と長いお話みたいですね。喉が渇いたでしょうから、紅茶でも召し上がって下さい」

 夫人はデュボアの顔を嬉しそうに見つめた。主人に話し相手が出来たことを喜んでいるみたいだった。


 ゴホン。

 ゲランは、ひとつ咳をしてから、紅茶を一口啜った。

 話しっ放しで、喉が渇いたみたいだ。


「美術館に着くと、館員が直ぐにムリーリョの作品の下に我々を連れて行ってくれました」

 デュボアは知らず知らずのうちに前かがみになっていた。ゲランがそれを見て、少し微笑んだ。


「そこには、正にその絵が掛かっていました。一見すると、全く同じ作品でした。素人の私には、どちらが本物かと聞かれてもわかりませんでした・・」

 そこで、ゲランは元刑事らしい目付きになった。


「大富豪の話を聞いているうちに、これは十中八九絵画詐欺だと思っていました。ですから、強盗に遭った絵はホテルに置いて行きました」

「なぜですか?」

 デュボアは眉を顰めた。


「大富豪の話からして、共犯者は守衛だと踏んでいたからです」

「・・・」

「美術館側が盗まれていないと主張しているのに、こちら側の説明をしても拉致が空きません。問題が大きくなるだけです。その結果、守衛は解雇されるでしょう。それなら、その守衛を脅して自供させた方が現実的ですからね」

 なるほど、とデュボアは理解した。


「守衛を呼び出して、美術館側には何も話さないと約束しました。しかし、話さないなら、徹底的にこの話を追求すると、脅しをかけた訳です」

「上手な遣り方ですね・・」


 その結果、守衛は次の様に白状しました。

 詐欺師は40代の紳士。名前はマルケスと呼んでいた。

 発音や訛りからしてブエノスアイレスかその周辺の出身。

 育ちが良いらしく、服装も身のこなしも上品だった。

 自分の役割は、マルケスがカモを連れて来た時に、入口に立って他の客を入れない事。

 マルケスともう一人の仲間が絵画に仕掛けをする時に、見張りをすること。

 仕掛けについては良く知らないが、恐らく本物のパネルの下に別のパネルを重ねる作業だと答えた。


「つまり、本物の絵(ムリーリョの作品はキャンバスに描かれていた)の下に贋作の絵を重ねてセットして置いて、その贋作側のキャンバス生地にサインをさせる訳ですね・・」

「その通りです」


「もう一人の仲間というのは、どんな人物なんですか?」

 その質問にゲランは、眉をしかめて、言い難そうな顔をした。

「骸骨の様に瘦せ細った男だったそうです」

「骸骨の様な顔・・」

「もう一つ、訛りがフランス風だったそうです」

「・・・」


「ああ、それと、これが一番重要なんですが、マルケスが守衛と取引を開始した直後に、その骸骨顔の男が美術館に現れて、ムリーリョの作品の写生を始めたそうです。ただし、写生したのは一回だけだったそうです。守衛はマルケスに命令されて、その男には近づかない様にしていたらしいですが、彼がトイレに行った隙に絵を見て驚嘆したそうです」

「驚嘆・・?」

 デュボアのオウム返しの質問に、ゲランは真剣な顔で頷いた。


「はじめ、守衛は男が壁の絵を盗んだのかと勘違いしたそうです。それで、慌てて壁を見て、そこに本物があるのを確認してホッとしたと供述していました」


「そいつが贋作師なんですね」

「それも飛び切りの腕の持ち主の様です・・」


 デュボアは聞き終えて、ふと喉の渇きに気付いた。冷め切った紅茶をゴクリと飲んだ。

 自分の推測とは全く違っていたが、新たな仮説が誕生した。少なくとも、なぜモナリザが無事に生還したのかという回答を持って。


「有った・・」

 自分の手帳を捲っていたゲランが言った。


「守衛の話だと、その贋作師はショドロンと言う名前だったそうです」



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