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偽りの微笑(モナリザ盗難事件を巡るミステリー)  作者: マーク・ランシット


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贋作 4

  

「美術館側はどうなんですか?」

 デュポアが聞くと、美味しそうに煙草を燻らせていた教授が、ん? という顔をした。

「どういう意味でしょう?」

「おっしゃっていた南米の小規模な美術館側も、展示品の中に贋作が含まれていると知っているんでしょうか?」

 質問の意味を理解して、教授はなるほどと小さく頷いた。

「恐らく知らないでしょうね」

「学芸員もですか?」

 教授は再び小さく頷いた。

「もし仮に、何か不審な点に気付いたとしても、恐らく自分の胸に仕舞って置くでしょう。得意げに上司に報告したとしても、煙たがられるだけで取り合ってはくれないでしょうからね」

 教授の言葉に、デュポアは眉を顰めた。それこそが、学芸員の仕事ではないのかと思ったからだ。

「多くの場合、小規模な美術館の館長というのはその地域の有力者です。館長というのはいわゆる名誉職なんですよ。その美術館に贋作が含まれているなんて事になれば、彼らの面子は丸つぶれです。そんな場所に優秀な学芸員は必要ありません」

「つまり、訪れた人々にその展示作品の背景や、描いた画家の特徴を丁寧に説明するのが彼らの仕事ということなんですね」

「そう言うことになりますね」


 名誉職と地域の有力者・・、という言葉がデュボアの耳に残った。

 さっき教授が呟いた言葉、「その華やかさを享受しているのは、一握りの大金持ちや権力者たちだけなんですよ・・」。

 つまり・・、それぞれの画家や作品の価値を決めて来たのは、時の権力者や有力者たちだった・・。そして翻って、それらの作品には、歴史的な人物たちに依ってに裏打ちされた重々しい価値が絡みついている。そのまとわりついた価値を次の権力者たちが利用する。


 それが全てではないだろう。

 しかし、一つの側面であることは間違いなかった。


「先ほど教授がおっしゃっていた、小規模美術館で見た怪しげな作品というのは、どの様にして見つけたんですか?」

 教授は、眼鏡の奥の青色の瞳をキラリと輝かせた。そして、返事をする前に、陶器に入ったシードルで赤い唇を潤した。


「細かな点を挙げれば沢山ありました。でも、ここでは簡単な点だけお話しましょう」

 教授は若干前かがみになって、デュボアの目を見た。顔の前で、人差し指が立てられる。ニヤリと笑った。一つ目という事だろう。

「画家の中には、歳と共にサインを変える人がいます。それが、表示された年と符合しなかった・・」

 次に中指が立てられる。二つ目・・。

「画家の画風や筆のタッチは歳を経るごとに変化します。それが、表示された年と符合しなかった・・」

 次に薬指が立てられる。三つ目・・。

「古く見せようとして表面に汚れを細工した跡があった・・」


 教授はデュボアの表情の変化を見ながら、姿勢をもとに戻した。

「さらに細かな点は、酔った頭では上手く伝える自信がありません・・」

「いえ、今の説明で十分です」

 デュボアは納得した様に頷いた。流石はエコール・デ・ボザール(国立高等美術学校)の教授だ。彼から得られる知識は自分の好奇心を活性化させてくれる。


「先ほどはヨーロッパ以外の国でのお話でしたが、ここでも贋作というのは存在するのでしょうか?」

 デュボアの質問に、教授の青い瞳がさらに光を増した。

「どうやら警視正は贋作という言葉に取り付かれてしまった様ですね」

 デュボアは、そうなんですかねと、首を捻った。確かにそうだと思った。


「ある著名な美術評論家がこんな言葉を残しています・・」

 教授は灰皿の煙草を口にして、一息ついた。

「贋作なんて存在しないと言う連中は、美術館の壁に飾られている贋作に気付いていないだけだとね・・」

「教授の様な方にも見抜けない贋作は存在するんですか?」

 教授は煙草を再び灰皿に置くと、真っ白なあごひげを触りながら言った。

「先日ファン・ゴッホの絵を見て頂きましたよね・・」

 デュボアは頷く。

「彼の様なまだ新しい画家であっても、すべての来歴を辿ることは出来ません。ましてや、彼の作品の情報も画材も簡単に入手出来ます。表面のひび割れもありませんから、贋作は比較的容易です」


「我々の様に贋作を見破る側にとっての唯一の武器は、情報と科学的な検査だけです。しかし、未発見の作品が持ち込まれると、正確に鑑定することは非常に難しいのです」

「大きな美術館であってもですか?」

「私が贋作師なら、ファン・ゴッホの未発見作品を売り込むのは個人のコレクターにします。例えば成金の新参者。彼らなら買う気満々ですから容易に騙せるでしょう」

 なるほど・・。

「古い絵画で表面にひび割れがある作品では、贋作の難易度は高まるという事ですね?」

「もちろんです。それに、画材の調達も難しくなります」

「教授でも・・」

 デュボアの言葉に、教授が突然笑い出した。


「もしかして、警視正はモナリザの事件に関して、まだ何か不審に感じている事でもあるんですか?」

 今度はデュボアが笑う番だった。照れ笑いに近かった。


 教授は煙草をゆっくりと吸って天井を見上げた。何かを考える様に・・。

 しばらくの時間が経った。

 そして、何かを決意した様に頷くと、残っていたシードルを一気に飲み干した。


「こんな時期ですからモナリザという訳にはいきませんが、同時代の画家の贋作の作成を学校に申請して見ましょう」


 デュボアは意外な展開に、目の前のシードルをゆっくりと口に運んだ。




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