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偽りの微笑(モナリザ盗難事件を巡るミステリー)  作者: マーク・ランシット


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共犯者 3


 1914年1月18日 パリ警視庁

 (ランチェロッティー容疑者が逮捕されてから4日目)


 その日のパリは、冷たい霧雨に包まれていた。

 もう少し気温が下がれば雪に変わるかも知れない。

 窓の外の空を眺めながら、ミシェル・デュポアはそう思った。


 机の上のフィガロ紙の一面に、久々にモナリザ関連の記事が戻って来た。

 しかし、一面のトップ記事では無かった。一面の左下。


”パリ警視庁、モナリザ盗難の共犯者を逮捕。イタリア人のランチェロッティー容疑者”

 フィレンツェ警察に収監されているペルージャ容疑者が、ついに共犯者の名前を自白した。ランチェロッティー容疑者は、ペルージャ容疑者と同じ北イタリア出身の大工。さらに、モナリザの隠し場所を提供したとして、彼の恋人であるフランソワーズ・セグノも参考人として逮捕。両名は、本日中にラ・サンテ刑務所に移送される予定。記事の右側に、記者会見中のニクロス副総監の小さな写真が載せられていた。


 ラ・サンテ刑務所は、パリ警視庁の南、およそ3キロほど離れた場所にあった。

 ミシェル・デュポアは、二人の移送に同行し、そのまま各人の取り調べに当たる予定だった。

 署内の情報によれば、2日前に逮捕されたフランソワーズ・セグノは、真っ青な顔でうつむいたまま、ニクロス副総監の取り調べに素直に応じていたらしかった。


 署内にも、そしてパリ市民の間にも、今更・・、という空気が感じられた。

 モナリザは無事に生還し、ルーブルの元いた場所に展示されている。犯人は逮捕され、イタリアの刑務所で裁判の判決を待っている。今更、共犯者を捕まえたところで、事件の何が変わるというのか?

 一部の新聞では、無能扱いされているパリ警視庁が、その評判を少しでも回復するための茶番に過ぎないと書き連ねた。


 ランチェロッティー容疑者の逮捕に踏み切った自分の事を、警視総監のルイ・シモンは歓迎していなかった。いや、むしろ迷惑がっていた。いくら、この事件の責任を自分に擦り付けようとしても、パリ警視庁の責任者は彼なのだ。モナリザ盗難事件捜査の失敗という汚点を、一日でも早く葬り去りたいに違いなかった。


 ただ、あの小男がなぜペルージャの再捜査を阻止しようとしたのか、それが確信的なものだったのか、それともただの偶然だったのかについては、今更知り様がない。そして、それを知ることは、私の失脚を招くことになるかも知れない。


 ただ、ミシェル・デュポアは知りたかったのだ。

 この事件の背後に、確実に存在する、真の首謀者の正体を。そして、事件の真相を・・。

 それだけは、絶対に、絶対に譲れない。自分が例えどうなろうとも。


 ラ・サンテ刑務所内の取り調べ室で対峙したランチェロッティー容疑者の態度が一変していた。

 逮捕時の取り調べで見せた不安に満ちた表情が消え去り、絶対に自白しないぞという決意と、そうすることで自分は絶対に犯罪者として裁かれることは無いという自信を、何かの裏付けと共に持っている様に思えた。確かに、彼が事件に関与していたという裏付けは、遠く1千キロ離れた場所にいるペルージャの証言だけだった。彼のアパートにも、そしてフランソワーズ・セグノの部屋にも、モナリザ盗難を証明する証拠は何一つ残されていなかったのだから。


 警察側の情報など知る由もない二人が、なぜこれほど悠然としていられるのか・・。

 尋問のテクニック。脅し、威嚇、容疑者の不安に付け込む心理戦のプロの策略を、二人は何事もなく耐え抜いた。無言、ひたすらの否定、弁護士の要求。

 まるで、この道のプロに助言を受けている様に思えた。


 勾留期限が、ダラダラと過ぎて行く。

 再度の勾留申請に、ドリュー判事はしぶしぶ判を押した。

 そして、3週間目が過ぎようとした時に、フィレンツェ警察から連絡が入った。


「ペルージャが自白を翻しました。自分一人の犯行です。モナリザを隠していたのは、自分の恋人のアパートです。彼女とは事件後、半年で別れました・・」

「その彼女の居場所は?」

「名前も居場所も、黙秘するとの事です」


 その情報は、ドリュー判事の耳にも入った。


「あの二人を、これ以上拘束する根拠がなくなりましたね」


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