ぽつり
ぽつり、
何もない空間に立っていた。
あたりに光源はなくて、けれでもうっすらと、灰色のサラサラした石でできた地面は見えた。
ここはどこだろう。
現在地を把握しようとそろそろとあたりを覗き込む。
期待していた人影も、ものも、光源もなにもなかった。
ここ一帯には何もないらしい。
しばらくここで何か起こるまで待ってみようかと、体を休めようとした。
そのとき、
からん
と後ろから音がした。
やっと暗闇と硬い石の感触以外の刺激が来たのかと振り返る。
そこには人形が一つ落ちていた。
50mほど離れた場所に落ちていた。
のっそりと重い体をぐっと動かす。
あの人形を手に取ってよくよく調べてみようと思ったのだ。
のたりのたりと進んでやっと人形を手に取った。
それは両の手のひらに収まる木製の人形だった。
顔はなく、間接は最低限、これはデッサン人形にも使われるものだろうか。
かくして、このような場所だと不気味な気もする。
お化けが出てきて襲われないだろうか。
だがそんなことはなく、恐怖心も悲しさもなく、この場所も、自身の心も落ち着いていた。
手遊びで人形を動かしてみる。
手を振らせたり、座らせたり、歩かせてみたり。
自立するわけでもないから、頭がもたれながら、からから、からからと人形は動いている。
子供の時以来だろうか、人形で遊ぶのは。
可愛い動物の人形で友達とおままごとをした楽しい記憶がある。自分は子供役で、友達はお母さんで。
ああ、それから、家族で森の中に大冒険にも行ったっけ。
そうやってまるで昨日のように楽しい記憶を思い出せる。
ふっと、酩酊の追憶から帰れば目の前は暗く、からから鳴る人形があるだけだ。
私は何をしているのだろう。
ふと冷静になり、己の幼稚さに少し笑った。
この人形以外にここに変化はないらしい。
また何かないかと見回して、変わらないと悟り、また体を休めようとする。
また、背後から
からん
と音が鳴るわけもなかった。
◆
目の前にある人形をからから、からからと動かして暇を潰す。
潰して、潰して、あっ、と。
声を上げた。
次いでパキッと音が鳴った。
人形の脇に両の手を添えて人形を抱き上げる形、その形で何の間違いか、好奇心か力を込めた。
込めてしまった。
だから人形に罅が入った。
からからなっていただけの何の意味もない人形から存外たくさんの音がした。
きしきし、みしみし、ばきばき、ぼろぼろ。
子守唄みたいにころころ鳴っている。
力を入れることをやめない。やめない。
やめ方がわからない。
壊れてしまえ。
止められないのならいっそのこと壊れてしまえ。
なんて思うほど、音を聞くのをやめられない。
人形の胸から壊れる。
きし、きし、と。
腹も裂かれる。
みし、みし、と。
次は頭が、腕が、手のひらが、ばきばきと落ちていく。
最後は人形の全てを繋いでいたもの。
それはもうぼろぼろで、救えないほど、酷く放置させられたみたいに脆い。
ぼろ、ぼろ。
人形だったものが落ちていく。
壊れて壊れて、ああ、人形がなくなってしまった。
物を壊せる優越が終わってしまった。
まだまだたくさんあったはずの美味しいケーキが、突然取り上げられたような気持ち。
心が空っぽになった。
また人形は現れるのだろうかと焦がれる。
◆
地面に散らばったこれらはどうしよう。
1箇所にまとめておくか、それとも持ち歩くのか。
放置をしてまた何かないかとあたりを探すのか。
どれもなにも面倒で仕方がない。
けれど何かここから出る方法を探さなければ何もできない。
また、何かが起こるまで何もせず、ここで休もう。
薄暗く清廉でも地獄のようでもない無味なこの場所で、
ぽつり
1人立っていた。