デートじゃないし
「ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫。そうじゃないと来ないよ」
理貴は苦笑する。もうこの質問は三回目。わかっているが、あかりは聞かずにはいられなかった。
今日の理貴の服はオーダーなのだろう、体にフィットしたパリッとしたスーツにきっちりネクタイを締めている。安居酒屋では浮くような服装だけど、この場所には自然と馴染んでいる。
本当に仕事が終わっているのか少々疑問が残るが、あかりはそれ以上追求するのは止めた。
それよりも改めて理貴の服装を見たあかりは、再び自分の格好に引け目を感じ始める。
(せめてスーツでこれば良かったな)
そっとため息をついたあかりに対して、理貴はごく自然にあかりに声を掛ける。
「今日の服、いいね。よく似合っている」
「なっ……!?」
「いつも仕事終わりでスーツ姿だったから。初めて私服見れて嬉しい」
絶句しているあかりと反対に、理貴はニコリと微笑む。一瞬息を呑んでしまうくらい魅力的な笑みにあかりは言葉が見つからない。
理貴は更に歯の浮くセリフを重ねてくる。
「あかりちゃんがそんな格好していると……デートしているみたいだね」
あかりは自身を落ち着かせるために一呼吸おく。常に平常心を保つのは、警官の基本である。
日頃の鍛錬の賜物か、少し間を置くだけであかりはすぐにいつもの自分を取り戻す。
そして呆れた顔を理貴に向けた。
「デートじゃないでしょ。ただの昔馴染みと再会を祝っての飲みだよ」
「あかりちゃんと二人きりなんだよ。デート以外に相応しい言葉はないよね」
あかりは大きくため息をついた。
「……よくまぁ、そんなセリフがペラペラ出てくるね。今まで散々いろんな子に言ってきたんでしょう?」
「そんなことないよ」
理貴は吹き出した。
「あかりちゃん、僕のことそんな風に見てるの?」
「うん」
「心外だなぁ。あかりちゃんにしか言っていないのに」
あかりは理貴の目に僅かに揺れたのを見逃さなかった。
「今は、でしょ?」
あかりの切り返しに、理貴は一瞬驚いたように目を見開いた後、フッと息を吐く。
「さすがプロですね。即座にウソを見破りますか」
茶目っ気たっぷりにいう理貴にあかりは軽く胸を張った。
「それで食べていっていますから」
もう自分の浮いている装いのことは気にならなくなっていた。
※
幼馴染だった、というのは強い。どれだけ期間が空いていたとしても瞬時にあの頃に戻れる。
最初はぎくしゃくしていた会話も、お互いの近況を肴にして飲み食いした腹が満たされる頃には、昔のようなテンポに戻っていた。
「昨日は大丈夫だった?」
追加の飲み物を注文しながら、理貴はごく自然に切り出した。
「うん。ごめんね、早々に解散して」
詫びるあかりに理貴は首を振る。
「仕事柄、仕方ないよ。幸人もそうだし」
弟の名前が出てきたのを機に、あかりは再会してから知りたかったことを訊ねる。
「幸人とはずっとやり取りしていたの?」
「うん。引っ越してからずっと付き合いあったよ。僕、中学から大学までずっと剣道部に入っていたんだ。幸人も剣道部だったから大会で再会して。中学の頃は携帯しか持っていなかったし、そこまで頻繁に連絡はしていなかったけど、高校からはお互いスマホ持ち出したから結構マメにやり取りしてたかな」
「あー、なるほど」
幸人はマメな方じゃないから、きっと理貴から連絡を取り続けてくれたのだろう。
それよりあかりは、理貴が剣道を続けていたという事実のほうが嬉しかった。
「剣道、続けていたんだね」
「うん。福田先生のところは通えなくなったけど、剣道は好きだったから。結局大学までどっぷり浸かってた」
同学年ではないあかりの記憶の中にいる理貴は、祖父が教えていた道場にいる姿がほとんどを占めている。
めったに祖父が筋がいいと褒めるくらいだった理貴の立ち姿は、今振り返ってみても凛としていたのを覚えている。
だから理貴が剣道を辞めずに続けていたことに嬉しくなる。
「あかりちゃんは今でもしているんでしょ」
「うん。仕事に必須だからね。でも家出てるからする機会はグッと減ったよ」
「福田先生は変わりない?」
「全然変わらない。相変わらず竹刀振り回しているよ」
容易にその姿を想像できたのか、理貴は吹き出す。
「福田先生、怖かったなー。部活の指導が優しく感じたくらい」
「あの頃は容赦なかったもんね。今は時代もあるし、大分丸くはなっているけれど。……それでも生徒には厳しいと言われてるみたいだけどね」
「そうなんだ。めっちゃ厳しかったからたまに褒めてくれた時はすごく嬉しかったんだ。また道場にお邪魔したいな」
祖父の道場に通っていた頃は、楽しいことばかりじゃなかったはずなのに、懐かしむように昔住んでいた場所を訪れようと話している理貴を見ると、あの町での記憶がイヤなものばかりじゃないのだと安心する。
「いつでもおいでよ。祖父も喜ぶよ」
あかりの言葉に理貴は頷く。その様子を見て、あかりは少し迷った。
あと一つ、確認したいことがあったのだ。
だが、聞いてしまえばガラリと空気が変わる。
今、楽しく昔話に花が咲いているのだ。このまま続けて今日、何事もなく別れることも可能だ。
ここで話を切り出さなければ、波風を立てずに終われる。当たり障りない会話をして、何年か後に今夜は楽しかったなぁ、と振り返ることができるだろう。
それでもあかりは話を切り出すことを決めた。
どちらに転んでも理貴ともう会う気がなかったからだ。
幼馴染とはいえ、あかりとは学年が違う。仲が良かったのも、今も付き合いがあるのは弟の幸人だ。性別も違うあかりとはそもそも関係が薄いから、誘われたとしても断り続ければそのうちフェードアウトできるだろう。
それに、今あかりは自身でもわかるくらい隙がある。弟のような理貴に絆される気はさらさらないが、万が一、いや億に一、理性が吹っ飛んだタイミングで迫られたら断りきれるか自信がない。
仮に一夜の過ちだったとしても、すぐに幸人に筒抜けになるだろう。となると、兄の雅人や父の耳に届くのも時間の問題だ。そうなると益々ややこしくなる。
ならば、今日を最後に関係を断てばいい。別に今まで通りなのだ。何も失わない。
今日しかチャンスはない。聞いておかないと、もう聞く機会はないだろう。ささいなことだが、この先もモヤモヤした気持ちで生活するのは、どうもスッキリしない。
ならば、訊ねるしかない。幸いにもあかりには失うものは何もない。
開き直ったあかりは、単刀直入に問いかける。
「なんでいきなりプロポーズしたのよ。……もしかして冗談とか?」




