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モテ期なんて聞いていない!ー若手実業家社長の幼馴染と元カレ刑事に求婚されています  作者: 雪本 風香


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過去と今と


「悪い、遅くなった」

 カウンターで注文したコーヒーを片手にした颯は、あかりの向かいに腰掛けた。

「いえ」

 あかりは首を振り、読んでいた本をカバンにしまった。その動作に颯は軽く目を細める。


 (気付いた……のかな)


 今二人で座っている席も、読んでいる本も、あかりが飲んでいた飲み物まで、半年ほど前に颯に別れを告げた時と同じシチュエーションだということを。


「で、話があるんだって?」

 颯の一言で確信する。颯がこの状況に気付いていることに。颯はあかりの口から発せられる言葉にも予想がついているかのように、半分諦めた表情を浮かべている。

 一瞬絆されそうになり、あかりはブルブルと頭を振って顔を引き締める。そして決意が覆らない内にと、颯にそのセリフを放った。


「私は、……理貴を選びます。……ごめんなさい」

 謝ると同時に頭を下げたあかりはゆっくり三秒数えて顔を上げた。颯はとうの昔にあかりの出す答えを知っていたかのような複雑な笑みを浮かべた。本音は聞きたくない、でも聞いておかないといけないという義務感のような口調で訊ねる。

「理由は?」

「私が対等でいられるのは、理貴の方だから」

 颯は少しだけ考えて、颯は自身の左肩をポンポンと叩く。

「このことが原因か?」

 そこは先日あかりを庇って受けた刺し傷がある場所だ。あかりはゆるく首を振った。

「気づくキッカケになったのは確かにあの時だけど。……別れ話をした時にはもう気持ちは離れていたんだと思う」

 あかりの告白に颯は目で先を促した。あかりは一口ミルクティーを飲んで、続きを口にする。


「散々悩んだ上で颯さんが結婚を決められないなら、別れるって決めて話を切り出したから。だから、別れた後にプロポーズされて驚いた」

「うん」

「今だから言えるけど、正直未練がましいなって」

「確かにな」

 颯は苦笑する。あかりも釣られて少し笑った。

「でも、その後の颯さんの生い立ちを聞いて迷った。そんなに深く私のこと考えて、自分が仕事辞める決断をして。颯さんが仕事に情熱を持っているのも、周りから評価もされているのに、私のために投げ出す決意をしてくれたことに、すごく揺れた」

「そうか」

「うん」


 あかりは一息ついた。次のセリフは口にしたくはない。けれど、自身にも残っている僅かな執着を断ち切るためにも、その言葉を発した。

 

「でも、颯さんに対しての想いは()だったんです。好き、という気持ちと似ていたし、やっぱり初めての人だったから。勘違いして中途半端なことをしてごめんなさい」


 頭を下げたあかりを見ていた颯は、不意に笑った。その笑みで、あかりは自分が気付く前に颯がそのことを察していたことを理解する。それくらいは、顔を見ればわかるくらいの関係だったのだから。


「っつ……! 気付いていたなら……」

「アホか。自分で気付かんと意味ないだろうが」

 颯の叱責は優しくて甘い。それが今のあかりには痛い。

 仕事の面では厳しい颯が、恋人の時間だけに見せる顔に何度も胸を高鳴らせたのだから。

 胸が苦しくなる。目の奥がツンとする。それでも颯の前で泣くのは違うと、あかりは必死に溢れるものを堪える。


「まぁ、流されてくれるのを1%くらいは期待したがな」

「……」

「そんな顔すんなって。後悔するだろうが、あの時、抱かなかったことを」

 あかりの脳裏にあの夜のことが鮮明に蘇る。抱かれたらきっと上手くいくと思って、颯に諌められたあの日。

 自分では気付いてなかったが、颯には伝わっていたのだろう。あかりが理貴に心を動かされていたことを。

 思い出せば出すほど、今更ながら彼に失礼なことをしていた。

 あかりが詫びようとする前に、颯がそれを押し留めた。


「なぁ、あかり」

「……はい」

「もし、俺が……。別れる前に結婚を決めていたら……いや、きちんと生い立ちのことを話していたら可能性はあったか?」

「当たり前です」

 あかりは断言する。


「あの時の私は颯さんしか知らなかったし見ていなかった。だから別れる前に話してくれれば……。私が颯さんが自分で決断するよりも、二人の将来だから一緒に悩みたかったよ。私も颯さんを守りたかったのに……」

 ダメだ、と思った時には遅かった。押し留めていた涙は溢れ出したら止まらない。

 颯はあかりに手を伸ばして、すんでのところで引っ込めた。代わりに短く言葉を放つ。


「泣くな。困るだろうが」


 そのセリフは、颯の胸で泣いたあの夜と全く同じ言葉で、あかりはますます泣けてくる。


「ったく……」


 呆れたような口調なのに優しく聞こえるのは、気の所為ではない。颯はガサゴソと探した後、離席して何かを持ってきたようだ。

「ほら」

 あかりに押し付けたのは、紙ナプキン。予想外のもの過ぎてあかりは思わずプッと笑った。

「仕方ねぇだろうが。ハンカチの持ち合わせがなかったんだから」

 不貞腐れたように肩肘をつき、手のひらに顔を乗せた颯はそっぽを向く。

「別れ話した時は涙一つ零さなかったのに、今日泣くんじゃない。……ったく、泣いているお前を慰める役目はもう俺じゃないんだから。とっとと泣き止め」

 ぶっきらぼうに言い放った颯の顔は、拗ねているように見えて、あかりはまた泣けてくるのだった。


 ※



「じゃあな、()()

 やっと泣き止んだあかりを見た颯は、話は終わりとばかりに立ち上がる。名前ではなく敢えて名字で呼ぶ颯は、二人の関係が終わったことを暗に示していた。

「はや……山科係長!」

 あかりは思わず立ち上がり呼び止めてしまう。振り返った颯にあかりは確認する。


「また、ご指導いただけますか?山科係長は、私の理想とする警察官(姿)そのものなので」

「当たり前だ」

 あかりの言葉に間髪入れずに颯は答える。

「部署は違うが同じ所轄なんだ。一緒に仕事することもある。指導というかアドバイスくらいいつでもしてやる。だが……」

 颯はあかりの姿に目を細めた。ひたむきで真っ直ぐで努力を惜しまない彼女に向けて、自分にできる最大限の叱咤激励を送る。


「俺を理想にするな。超えていけ。わかったか?」

 颯の言葉に驚き目を見張ったあかりは、敬礼しながら元気よく答えた。

 

「はいっ!」

 

 

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