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モテ期なんて聞いていない!ー若手実業家社長の幼馴染と元カレ刑事に求婚されています  作者: 雪本 風香


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警官としての矜持


 理貴には言葉を尽くした一方で、颯の連絡はあっさりとしたものだった。

 結論が出るまでプライベートでは会わないとメッセージを送ったあかりに、颯からの返信も「了解」の一言だけ。

 それだけで伝わるのだ、颯には。


 颯とは、特別な関係になって積み重ねた年月がある。以心伝心とまではいわないが、端的なキャッチボールでも意図を違わず伝わる自信と信頼がある。

 それは理貴との間にはまだ無いものであるし、たとえ恋人になったからといって絶対に築き上げられるものではない。


 颯だから。颯とだから創り上げれた絆である。


 同じ職場というのも大きいが、颯はあかりが理想とする警察官そのものというのも影響を与えているだろう。

 多極的に物事を見て的確な判断を下す。きちんと組織のルールに準じた対応は、ブレることがない。それは経験もさることながら、プライベートでも勉強を怠らない颯の勤勉さがもたらしているのは、あかりも熟知している。

 その颯が自分と結婚するなら仕事を辞めるとまでいうのだ。彼の中で、警察官で居続けるよりも譲れないことなのだろう。

 颯と結婚し、その先に子どもを望むのであれば、どちらかは転職が必須になる。


 子どもを諦めたらいい話だ。とはいえ、結果的に出来なかったのならともかく、あかりは結婚前から子どもを授からないと決めることも出来なかった。


 今日も家に着いたあかりは考える。



 (辞めるなら、颯さんじゃなくて……)


 頭ではわかっているのだ、警視庁という組織にどちらが必要なのか。

 自分は女だ。今は警察官も男女問わず昇給出来るし、福利厚生も整っている。だが、育休はともかく、子どもを産むことは女性にしかできない。

 妊娠中、そして産休の間は、思うように仕事ができなくなる。実際何人もの先輩警官がやむを得ず部署異動したり、復職しても当直や交代勤務はできないからと、負荷が軽い部署に移っていったのだ。


 颯との未来を選ぶと、どちらかが奉職し続けることはできなくなる。ならば理貴、と考えてみるが、どうしても幼い頃の記憶に引っ張られるのだ。


 年下の守ってあげないといけない、もう一人の弟のような男の子。


 驚くほど立派な青年になった理貴にキスをされ、愛を囁かれて心が動いた気がしていたのだが、会わないでいるとそれもまやかしだったように思えるのだ。

 それでもやり取りしたメッセージを見返すと、また気持ちがぶり返すから厄介である。


 高校生までは知っているけれど警察官であるあかりを知らない理貴と、反対に入職するまでのことは何一つ知らないけれど、警官になったあかりをよく知っている颯。


 二人を左右に乗せた天秤は、あかりの中で激しく揺れ動いていたのだった。



 ※


 颯がその場にいたのはただの偶然だった。


 日曜日の深夜、繁華街で起きた男女の言い争いである。当初はよくある男女のもつれと判断されていたのだが、駆けつけた警官が話を聞いてみると、あかりの所属している生活安全課でずっと相談を受けていたDV被害者だったのだ。

 その日の当直だったあかりは早野と共に現場に急行した時には、制服私服問わず多くの警官が集まっていた。それもそのはず。男の方は過去に覚醒剤と暴行で前科がある人間だったからだ。まだ話はできているが、いざ何かあった時に取り押さえるのに人手がいる。だから、同じくその日の当直だった颯がいるのは必然だった。


 あかりに任されたのは、女性を宥めて諍いの原因を聞き出すこと。

 既に恋人の男からは離れたところにいたのだが、周りにいたのは制服を着た男性警官である。動きやすいスーツ姿で何度も顔を合わせているあかりを見て、女性はホッとした表情を浮かべた。

「安心してくださいね、もう大丈夫ですから」

 あかりはリラックスさせるように微笑みながら女性に近づいた。


 周りの男性警官も、同性のあかりに任せておけば問題ないと判断したのだろう。女性を威圧させないように少しだけ離れた場所へと移動した。


 それが、悪手だった。


 ガタイのいいDV男が突いたのは一瞬の隙。だが、その隙は周りの警察官を振り払い、隠し持っていたサバイバルナイフを片手にあかりの後ろにいる女性に向けて真っ直ぐに走ってくるのには充分だった。


「逃げてっ!」


 とっさに女性を突き飛ばし、あかりは彼女を庇うように前に立つ。

 私服だから警棒は所持していない。それでも警官だから、逮捕術の一貫として投げ技は仕込まれている。

 小柄なあかりが突進してくる大男を制圧できるかはわからないが、やるしかない。わずかな時間で警察官としての最適解を導き出したあかりが腰を落としたその時。


「あかりっ!」


 目の前の岩に抱きしめられた。と、同時に「グッ……」と短い呻きが聞こえたと思うと、怒号が飛び交う。

 女性の泣き声の合間に制圧! や、逮捕! の声が響き渡るが、抱きしめられているあかりには何も見えなかった。


「はや……山科係ちょ……」

「山科警部補っ!? 大丈夫ですか!?」

 あかりの声を打ち消すように、男性警官の声がかかる。


「あぁ……しくった」

 颯の体が離れる。やっとあかりにも状況が把握できた。

 颯の左肩には、DV男が突き立てたナイフが刺さったままだったからだ。

「すぐ救急車呼びます!」

「いや、大したことないから呼ぶな」

 固辞する颯を注意したのは、あかりと共に来ていた早野だった。

 彼はどこからか持ってきた紐と誰かから借りたのだろう警棒を使い、傷口の上をキツく縛るとナイフが動かないように固定する。


「こりゃあ深いね。すぐ病院に行ったほうがいい。……君、救急車」

 はいっ! といい先程の警官がすぐに救急依頼をかける。その横で颯は食い下がっていた。

「早野さん、俺は大丈夫……」

「じゃないから、山科くん。素直に言うこと聞きなさい」

 ピシャリと颯を叱った早野の矛先はあかりにも向かう。

「あかり、さっさと彼女の元に行く! 不安で泣いているだろうが」

「はいっ!」


 弾かれたようにあかりは駆け出す。その間にも早野は日頃のおっとりした態度とは別人のようにテキパキと指示を出す。


「山科くん、ここの指揮権は預かるな。元々生活安全課(ぼくたち)の管轄だ。あぁ、そこの君、救急車来るまで山科くんが動かないように見張っていて。山科くん、久保くんは借りるよ。ちなみにその警棒、久保くんのだから」

 矢継ぎ早に飛んでくる指示に誰も口を挟めない。コクコクと頷く周りの人間を確認すると早野はコキコキと首を鳴らし、グルグルと肩を回した。

 

「よし、久しぶりにオジサン頑張っちゃおうかな」


 立ち上がり颯爽と去っていく早野に、颯はホッと息を吐く。早野が指揮を取るなら、これ以上大きな騒ぎにはならないだろう。

 普段はのほほんとしているが、彼は警視庁でも一目置かれる存在なのだ。今それを存分に発揮している早野の背を見送りながら、颯は小さく呟いた。


「痛ぇな……」


 今頃ズキズキと痛みだした肩に、颯は小さく舌打ちしたのだった。

  

※ 

  

「山科くんは命に別状はないみたいだよ。十針くらい縫ったみたいだけどね」

「……そうですか」

 早野はさすがに疲れた様子で目頭を揉みながら椅子に深く腰掛ける。

 それでも観察眼は健在だ。

「浮かない顔だね、あかり?」

「いえ……」

 あかりは一旦は首を振ったが、思い直して早野に訊ねた。

「なぜ山科係長は私を庇ったんでしょうか?」

「わかるわけないでしょ。ぼくは山科くんじゃないし」

 もっともな答えを寄越した早野だが、少しだけ颯の肩を持つ。


「まぁ、気持ちはわからなくないよね。惚れた女が目の前で刺されそうになっていたら、とっさに庇っちゃう」

 あかりはムスッとする。

「それが警察官同士であっても、ですか?」

「うん。だって理屈じゃないもん」

 早野の言葉にあかりは黙る。ここぞとばかりに早野は喋る。

「あかりの言いたいことはわかるよ。君は一人の警官だってわかる。ちゃんと制圧する構えもとっていたしね。けど実際問題、あんな大男に全速力で突っ込まれたらあかりでは制御出来なかったのも事実だ」

「……はい」

 しぶしぶながらあかりは答える。

「身長差もあるし、上からナイフを振りかぶられたら山科くんどころの怪我では済まなかっただろう。そうするとまたマスコミが騒ぎ立てる。ぼくとしては山科くんが私情を挟んだとはいえ、マスコミの餌食にならなくてホッとしているよ」

 颯の行動を私情と言い切った早野はよろよろと立ち上がった。


「さて、オジサンはもう限界だよ。取り調べも終わったし、彼女はシェルターで保護することも決定した。報告書の作成は任せたよ」

「了解しました」


 あかりの返事に弱々しく手を振って、早野は文字通りフラフラとこの場を去っていったのだった。

 

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