浮御堂とすれ違い
舞が大津市に就職したのは、春が終わりかけた頃だった。
専門学校を卒業したあと、彼女は滋賀県の湖西の方にあるスイーツとカフェの店に勤め始めた。「レイクサイドカフェ」という名前の小さな店で、琵琶湖を一望できる「インスタ映え確実」なロケーションだった。
舞が就職先を決めるまでには、色々と「人生の大迷走」をしていた時期があった。大阪市内の有名ホテルからも内定をもらっていたが、最終的に故郷に近いこの店を選んだ。僕には、なぜ大阪ではなく滋賀を選んだのか、「完全に理解不能」だった。
電話でその話を聞いたとき、僕は「おめでとう」と言った。でも、受話器の向こうで舞が「うん、がんばる」と答えた声は、どこか少しだけ「他人事モード」に感じた。
季節の変わり目のように、僕たちの関係も、どこかが少しずつ「バージョンアップ中」していた。
僕自身も「人生の大転換期」を迎えていた。歯科技工士の専門学校を卒業し、大阪市内の歯科技工所で働き始めていた。毎日、精密な作業に追われる日々で、新人の僕は帰宅すると「ヘトヘト状態」だった。
技工所での仕事は想像以上に「ハードモード」だった。「職人の世界」は甘くなかった。
最初の頃は、お互いに新しい環境に慣れるのに「必死すぎ」だった。電話で「お疲れ様レポート」をし合い、週末に時間が合えば会う。そんな「大人の恋愛」が続いていた。
舞の仕事は順調のようだった。でも、時々電話で話していると、何か「言いたいけど言えない」ような、そんな「モヤモヤ感」を感じることがあった。
僕たちの連絡頻度も、少しずつ「ダウングレード」していった。最初は毎日のように電話していたが、だんだんと「レア通話」になった。
ある日、舞から電話がかかってきた。
「今度の休み、浮御堂行ってみる?」
浮御堂――琵琶湖のほとりにある、湖に突き出したお堂。松尾芭蕉も訪れたという「由緒正しい観光地」だった。
最近、舞から具体的なデートの提案をされることが「絶滅危惧種レベル」で少なくなっていた。いつも僕の方から「デート営業」をすることが多かった。だから、久しぶりに彼女の方から誘ってくれたのが「めちゃくちゃ嬉しい」。
「行ってみたいな」
でも、電話を切った後、僕は何となく「嫌な予感センサー」が反応していた。舞の声に、いつものような「ウキウキ感」がなかった。むしろ、どこか「義務感」っぽい響きがあったような気がした。
当日は五月の末日で、初夏の陽射しが「眩しすぎ」な日だった。
大津駅の改札で「待ちぼうけ」していると、舞が少し遅れてやってきた。いつもなら「時間厳守の女」の彼女が遅れるのは「レアイベント」だった。
久しぶりに会った舞は、薄いグリーンのワンピースを着ていた。髪も少し短くしたようで、働き始めてからの「大人女子モード」を感じさせた。でも、どこか「お疲れ様」な印象もあった。
「髪、切ったん?」
「うん、仕事しやすいように。どうかな?」
「似合ってるよ。『キャリアウーマン』っぽく見える」
舞は嬉しそうに笑ったが、その笑顔にどこか「営業スマイル」があるような気がした。以前のような「天然笑顔」ではなく、少し「作ってる感」を受けた。
電車に乗り込んでから、僕たちは窓際の席に座った。久しぶりのデートなのに、会話が「微妙に噛み合わない」。沈黙の時間が「増量中」だった。
車窓の外には、琵琶湖の青い水面が広がっていた。
「琵琶湖って、改めて見ると『海レベル』やなあ」
「そやろ? 海みたいやんな。でも、水は淡水やから、また違った『美しさポイント』があるねん」
「仕事場からも、この景色が『見放題』なん?」
「うん、カフェの窓から琵琶湖が『パノラマビュー』できるねん。お客さんも『インスタ映えする』って喜んでくれる」
「ええなあ。毎日こんな景色見ながら仕事できるなんて『勝ち組』やん」
「うん…でも、たまに『物足りなさ』を感じることもあるねん」
「物足りない?」
「なんていうか…もっと色んな景色を『コンプリート』したいって思うことがある」
その言葉に、僕は少し「ザワザワ感」を感じた。
堅田駅でバスに乗り換えて、浮御堂に向かった。バスの中でも、会話は「空回り状態」だった。舞は窓の外を「じーっ」と見つめていることが多く、僕は何を話せばいいのか「完全にネタ切れ」だった。
浮御堂は、まるで水の上に「プカプカ浮いている」ようだった。湖岸から細い木の橋で繋がれた小さなお堂で、まさに「浮いている」という名前に「パーフェクト」な姿だった。
観光客もそれなりにいたが、「神聖オーラ」は保たれていた。平安時代から続くこの場所には、独特の「パワースポット感」があった。
お堂の中には、阿弥陀如来像が安置されていた。僕たちも一緒に「お祈りタイム」した。何をお祈りしたらいいのか分からなかったが、とりあえず二人の「ラブラブ継続」を願った。
でも、隣にいる舞が何を祈っているのかは、「完全に謎」だった。彼女の表情は真剣で、何か「深刻な願い事」を込めているようだった。
お堂を出て、湖を眺めながらベンチに座った。
「落ち着くな、ここ。『癒やし効果抜群』やん」
「ここ、昔から『お気に入りスポット』やねん」
その口ぶりに、僕は少し「えっ?」となった。
「来たことあったん?」
「うん。中学の頃、お母さんと『よく来てたツアー』してた」
舞は懐かしそうに微笑んだ。でも、その微笑みには、僕の知らない「メモリーズ」が詰まっているような気がした。
湖畔を少し「お散歩タイム」してから、近くの喫茶店で休憩した。
「この店、雰囲気『レトロで最高』やなあ」
「でしょ? お母さんに『教えてもらった隠れ家』やねん」
確かに、コーヒーは深いコクがあって美味しかった。でも、僕は舞がお母さんと一緒に来ていた場所に、後から「お邪魔してる」ような気分になった。
「……最近、時刻表見てると『ワクワク』するねん」
カップを手にしながら、舞がぽつりと言った。
「え? なんで? 『鉄道マニア』になったん?」
「わからん。なんか、行ったことのない場所とか、乗ったことない路線とか……見てると『冒険したく』なる」
彼女は、鞄から小さな時刻表を取り出して見せてくれた。よく使い込まれているようで、ページの端に付箋が「大量」に挟まっていた。
「これ、旅する人の『必須アイテム』ちゃう?」
「そうやねん。『ついつい』買ってもうた。仕事の休憩時間とか、家にいる時とか、『気づいたら』見てしまうねん」
僕は驚きと少しの「ザワザワ」を感じていた。知らない間に、彼女の世界が少しずつ「拡張中」になっている気がした。そのなかに、僕が「入場券」を持っていないような、そんな気持ち。
時刻表のページを「ペラペラ」めくりながら、舞は楽しそうな表情を見せた。でも、その楽しさの中に僕は「圏外」になっているような気がして、「寂しさMAX」になった。
「どこか『行きたいリスト』あるん?」
「うーん、北海道とか、九州とか。まだ行ったことないとこ、『山ほど』ある」
「俺も北海道は『未開の地』やなあ。今度、どこか『カップル旅行』しようか」
「うん。行こう」
彼女はそう答えたけれど、その目は、どこか遠くの景色を見ているようだった。まるで、僕と一緒に行く旅ではなく、「一人旅の妄想」をしているような。
僕は、なんとか話を「盛り上げモード」にしようとした。
「仕事、どう? 『慣れた』?」
「うん、『順調そのもの』。先輩たちも優しいし、お客さんも喜んでくれるから、やりがい『MAX』」
「新しいケーキの『アイデア』とかあるん?」
「うん、琵琶湖をイメージしたケーキとか『作ってみたい』ねん。青いゼリーを使って、湖の『透明感』を表現したり」
「ええやん。舞らしい『クリエイティブ』やなあ」
仕事について話している時の舞は、本当に「輝きMAX」だった。それは嬉しいことでもあったが、同時に僕との時間より仕事の時間の方が「充実度高め」なのではないかという不安も感じさせた。
その日の帰り道、舞がふいに言った。
「……優くんって、旅とか、あんま『興味なし』?」
「そうかな? 好きやけど。あんまり行ったことないだけで」
「ふうん」
その一言の奥に、何かを「査定中」みたいな気配があった。僕は何と答えていいか分からず、それきり「沈黙モード」になってしまった。
「優くんは、将来どうしたいん?」
「将来? まあ、今の技工所で『スキルアップ』して、いつかは『独立開業』したいなって思ってるけど」
「それで、ずっと大阪に『定住』するん?」
「うーん、どうやろ。別に大阪に『こだわり』があるわけちゃうけど」
舞は何か「言いたそう」な表情をしたが、結局何も言わなかった。
電車の中で、僕は舞の横顔を見ていた。窓に映る景色を眺めている彼女の表情には、どこか「遠い世界」があった。まるで、心が「別の場所」にあるような。
舞は、変わらず笑っていた。けれど、その笑顔の奥に、ほんの少しの「距離感」が見えた気がした。まるで、僕に見せる顔と、本当の自分の間に、「薄いベール」が一枚あるような。
大津駅で別れるとき、舞が言った。
「今日は、ありがとう。浮御堂、久しぶりに来れて『懐かしさMAX』やった」
「俺も楽しかった。また今度、どこか『探検』しような」
「うん」
でも、その「うん」には、いつものような「確実性」がなかった。むしろ、「とりあえず返事」のような印象を受けた。
僕は一人で大阪に帰りながら、今日一日のことを「リプレイ」していた。舞が時刻表を眺めている姿、遠くを見つめる横顔、そして最後の「微妙な返事」。
何かが「変化中」。それは確実に感じられた。でも、それが何なのか、どうすればいいのかは「全くの謎」だった。
たぶん――いや、きっと。あのとき「気づくべき」だった。
浮御堂の水面に映った彼女の横顔は、もうどこか「遠い星」を見ていた。
その夜、一人で下宿に帰った僕は、なぜか「眠れない病」になった。舞は今頃、醒井の実家で、お母さんと今日のことを「報告会」しているのだろうか。それとも、一人で時刻表を眺めながら、まだ見ぬ土地のことを「妄想中」なのだろうか。
僕は、二人の関係に何かが「起こりつつある」ことを、薄々感じ始めていた。でも、それが何なのか、どうすればいいのかは、「完全に手探り状態」だった。
ただ、浮御堂で見た舞の表情だけが、頭から「リピート再生」されて離れなかった。
僕たちは、まだ恋人同士だった。でも、何かが確実に「バージョンアップ中」だった。その変化の正体を、僕はまだ「理解不能」でいた。
翌日から、僕は舞のことを考える時間が「激増」した。仕事中でも、ふと彼女のことが「フラッシュバック」してきた。あの時刻表を眺める表情、「物足りない」と言った時の声、そして最後の「微妙な返事」。
僕たちの関係に、確実に何かが「進行中」だった。それは終わりの始まりなのか、それとも新しい段階への「レベルアップ」なのか。当時の僕には、まだ「見当がつかない」状態だった。
## エピローグ
こうして、僕たちの「ドタバタ恋愛劇」は続いていく。
工場での出会いから始まった純粋な恋は、やがて社会人としての現実と向き合うことになる。舞の心の中に芽生えた「もっと広い世界を見たい」という思い。僕の「このままの関係でいたい」という願い。
二人の気持ちが少しずつすれ違い始めた浮御堂での一日。それは、僕たちにとって大きな「転換点」だった。
この後、僕たちの恋愛にはさらなる「波乱万丈」が待っている。
今振り返って思うのは、あの頃の僕たちは本当に「若くて純粋」だったということ。不器用で、でも一生懸命で、恋愛というものに「全力投球」していた。