醒井、雨の帰り道
僕は、実家が沖縄の友人に誘われて、数日間、沖縄を「南国バカンス」していた。
友人の名前は宮城といって、同じ歯科技工士の専門学校に通っている同級生だった。彼は沖縄本島の那覇市出身で、夏休みを利用して帰省することになり、「一緒に来ない?」と誘ってくれたのだ。僕にとって初めての沖縄旅行で、「テンションMAX」で楽しみにしていた。
沖縄での三日間は、青い海と白い砂浜、そして友人の家族の温かいもてなしに包まれた、「VIP待遇」な時間だった。首里城を見学し、国際通りを「ブラブラ」歩き、美ら海水族館でジンベイザメの優雅な泳ぎに「見とれ放題」。友人の父親が漁師をしていて、朝早く港に連れて行ってもらい、取れたての魚を「激ウマ状態」で食べさせてもらった。
でも、旅行の楽しさの中にも、舞のことを思わない日はなかった。お土産屋で黒糖を買いながら、「舞は甘いもの好きやから、きっと『大喜び』やろうな」と思った。海を見ながら、「今度は舞と一緒に『カップル旅行』したいな」と考えた。
旅行から帰ったある日、下宿の電話が「リリリーン」と鳴った。備え付けのピンク色の公衆電話の受話器を取ると、受話口から舞の声がふわりと届いた。懐かしくて、少し間延びした、あの「癒やし系ボイス」だった。
沖縄から帰って三日が経っていた。旅行中は楽しくて「時間忘却状態」だったが、大阪に戻ると急に舞に「会いたい病」が発症した。
「お疲れ様。沖縄、どうやった?」
「楽しかったよ。海が『絵画レベル』できれいで」
「よかったなあ。写真、今度『スライドショー』で見せて」
舞の声には、いつもの優しさがあった。でも、どこか「遠慮モード」でもあった。
しばらく沖縄の話をした後、舞が少し遠慮がちに言った。
「今、実家におるんやけど……良かったら、こっち来る?」
その声には、どこか寂しさが混じっているような気がした。
「行ってもいい? 『田舎体験ツアー』みたいで楽しそう」
気づけば、僕はそう答えていた。沖縄で買った土産を渡すつもりだったし、何より、彼女の声を聞いた瞬間、今すぐ会いたいと思った。
「ほんまに? でも、ほんまに何もない『ド田舎』やで」
「それでも『癒やし系スポット』でええよ。舞がおるとこやし」
電話の向こうで、舞が嬉しそうに笑う声が聞こえた。
舞が教えてくれたのは、滋賀県の醒井という場所だった。下宿から近い新大阪駅から米原駅までは、料金の安い快速で米原駅まで行き、そこで降りて東海道線の各駅停車で一駅行く小さな町。
実は、舞の実家を訪れるのは初めてだった。付き合い始めて数ヶ月が経っていたが、まだお母さんにも「初顔合わせ」だった。少し「緊張MAX」していた。
快速電車の窓から見える景色は、大阪を出て京都を過ぎて、米原に近づくと田園風景に変わった。
米原駅で在来線に乗り換えると、電車は「のんびりローカル線」特有のゆったりとした走りになった。
東海道線の窓からは、広い水田が見えた。その景色を見ながら、隣にいた外国人がぽつりと呟いた。
「Oh… Tibet.」
僕は思わず「プッ」と吹き出しそうになった。チベットというには、あまりに「のどか過ぎ」る。でも、確かにどこまでも続く緑の風景は、「日本の原風景MAX」だった。
醒井駅に着くと、改札は無人で、まるで「時間停止」したような駅だった。ホームに立っただけで、都市部とは全く違う「田舎パワー」を感じた。
駅舎も小さくて、「昭和レトロ」な造りだった。「梅花藻の里 醒井」と書かれたポスターが目に付いた。
改札を出たところで、舞が立っていた。白いブラウスに淡い水色のスカート。髪は軽く結んでいて、大阪にいる時とは少し違う、「お嬢様モード」だった。どこか町の雰囲気に溶け込んでいて、まるで「風景の一部」みたいだった。
「お疲れ様。『迷子』にならんかった?」
「うん、言われたとおりやったし。でも、ほんまに『メルヘン駅』やなあ」
「やろ? でも、子どもの頃からこの駅やから、全然『当たり前』やねん」
少し照れたように微笑む彼女に、僕は持ってきた小さな紙袋を渡した。
「これ、お土産。沖縄の黒糖。ちょっと渋めやけど、お菓子作る時に『プロの隠し味』として使えるかなって思って」
「ありがとう。お母さんと一緒に『味見会』するわ」
駅前の駐車場を抜け、細い道を歩くと、すぐに地蔵川が見えてきた。
「あれが地蔵川。醒井の『メインストリート』みたいなもんやね」
川の水は驚くほど澄んでいて、底の石まで「クリスタル級」に見えた。まるで「天然のガラス水槽」だった。
川の中には梅花藻が揺れていた。冷たい水の流れの中で、小さな白い花が風に乗るように揺れながら咲いている。
「これが梅花藻、醒井の『アイドル』やねん」
舞が指差して言う。梅の花に似た小さな白い花は、まるで「夏の雪」のようだった。
「きれいやなあ。ほんまに『天然アート』みたい」
「でしょ? 水が冷たいから咲くねん。この水、年中15度くらいで『天然エアコン』してるんやって」
川沿いには昔ながらの家並みが続いていた。まるで「時代劇のセット」の中を歩いているようだった。
そのときだった。ぽつ、ぽつ、と何かが肩に落ちた。
「……雨? 『サプライズゲリラ豪雨』?」
空を見上げると、いつのまにか雲が厚く垂れ込めていた。さっきまで青空が見えていたのに、山の天気は本当に「変わり身早すぎ」。
傘を持っていなかったふたりは、川沿いの道を急いだが、雨脚は「本気モード」ですぐに強くなった。
「こっち、こっち!『緊急避難』や!」
舞が僕の腕をつかんで、鉄道の高架下へと走った。東海道線の高架橋の下は、ちょうど「天然の屋根」になっていて、雨宿りには「パーフェクト」だった。
屋根の下で、しばらく息を整えながら、ふたりで雨を見ていた。雨は激しく降っていて、地蔵川の水面に「無数のリング」を作っていた。
「『ずぶ濡れ選手権』で優勝やな、うちら」
彼女の前髪から雫が「ポタポタ」落ちた。僕も同じようにシャツが身体に張りついて、靴の中まで「ジュクジュク状態」だった。
「でも、なんか……『青春ドラマ』みたいで楽しいな」
舞が笑った。彼女の笑顔に釣られて、僕もつられて笑ってしまう。ずぶ濡れなのに、どうしてか、心は妙に「ウキウキ」だった。
「子どもの頃、よくここで雨宿りしたなあ」
「一人で?」
「お母さんと。買い物の帰りに急に雨が来て」
「お母さんはな、雨に濡れるのを『死ぬほど』嫌がる人やねん。だから、ちょっとでも雨が降りそうやったら、すぐに『避難場所サーチ』するんよ」
雨足が少し弱まるのを待っていると、舞がどこか寂しげな顔で、ぽつりとつぶやいた。
「お父さん、小さい頃に交通事故で亡くなってん…そのとき、車の中にキャラクターの絵が入ったガムが置いてあったんやって。きっと、舞に買ってくれてたんやろうなって――お母さんが言うてた」
ふいに語られたその言葉に、僕は、一瞬、涙が出そうになるのをこらえた。舞がそんな「重い過去」を抱えているとは知らなかった。いつも明るくて、屈託のない笑顔を見せてくれる舞だったが、その裏にはこんな「切ない記憶」があったのだ。
「そうやったんや…」
「うん。だから、お母さんと『二人三脚』で育ってん。お母さん、めっちゃ『スーパーウーマン』やってん」
「お母さん、『一人二役』で大変やったやろうなあ」
「うん。でも、愚痴とか『一ミリも』言わんかった。いつも明るくて、私のことを『世界一』に考えてくれた」
「だから、お母さんを大切にしたいねん。そして、お母さんに『心配かけたくない』」
その言葉に、舞の優しさの「原点」があるような気がした。
雨が少し弱まった頃、ふたりは実家に向かって再び歩き出した。
醒井の町は、小ぢんまりとしていて、うっかりすると通り過ぎてしまいそうな静かな町だ。だけど真ん中を流れる地蔵川はやけにキラキラしていて、道沿いには旧中山道の醒井宿がこっそり歴史の重みをアピールしてくる。風情? あるある。だけど、気取らずのんびりしてて、どこか「おかえり」って言ってくれるような町だった。
舞の実家は、地蔵川から少し離れた住宅街にあった。瓦屋根の2階建ての家で、庭には小さな「ファミリー農園」があった。
着くと、玄関の扉が開き、優しそうなお母さんが出迎えてくれた。舞によく似た目元で、穏やかな笑顔だった。
「まぁまぁ、よう来てくれはったね。『ずぶ濡れ大賞』やん。風邪ひいたら『大変』やで。お風呂、沸かしてるから、先に『温泉タイム』して、今日は泊まっていくんやろ!」
舞も「ほら、着替えもあるし」と押し込むように背中を押してきた。
泊まるつもりなんてなかった。というか「泊めてもらえる」とは思ってもみなかった。でも、舞もお母さんも「当然泊まるコースやろ」と笑って言ったので、気づけばそのまま泊まる流れになっていた。でも何か認めてもらえたみたいで、ちょっと嬉しかった。
「遠慮せんでええから。舞がよう話してくれるから、優くんのことはもう『家族認定』や」
お母さんのその言葉に、僕は胸が「ポカポカ」になった。
お風呂に入ると、疲れが「一気にリセット」された。湯船に浸かりながら、窓から見える醒井の夕景を眺めた。山に囲まれた静かな町で、「自然のBGM」しか聞こえない。
風呂上がりに借りた浴衣を着て居間に行くと、舞とお母さんが夕食の「豪華セット」を準備していた。
晩ごはんは、近江の野菜をふんだんに使った煮物や、舞が手伝ったという「プロ級」だし巻き卵が並び、田舎の優しさがそのまま「テーブルアート」として広がっていた。
「この野菜、全部うちの『自家製農園』で採れたもんやで」
「すごく美味しいです。『レストランレベル』ですね」
「そうやろ? 醒井の水が『天然ミネラル』やから、野菜も『特級品』やねん」
お母さんの料理は、どれも「愛情たっぷり」な味だった。舞の料理上手も、きっと「お母さん譲りの遺伝子」なのだろう。
食事中、お母さんは僕のことを色々と聞いてくれた。「面接モード」ではなく、本当に関心を持って聞いてくれているのが分かった。
「高知から大阪まで、一人で出てきて『勇者』やなあ」
「いえ、そんな『レベル高く』ないです」
「舞も大阪で一人暮らししてるけど、やっぱり『ハラハラドキドキ』やねん。優くんがいてくれて『安心MAX』やわ」
食後、お茶を飲みながら、舞はどこか「リラックスMAX」の顔をしていた。普段の大阪での生活とは違う、本当に「素の舞」だった。
お母さんから聞く舞の子どもの頃の話は、とても「興味深々」だった。活発で好奇心旺盛だったこと、でも人の気持ちを思いやる優しい子だったこと。今の舞の性格の「プロトタイプ」がそこにあった。
「舞はな、小さい頃から人を『ハッピー』にするのが好きやってん。お菓子作りに興味を持ったのも、みんなに美味しいもの食べてもらいたいからって言うてた」
「でも、たまに『無理しすぎモード』になることがあるから、優くんも気をつけて見ててや」
その夜は、僕は客間に布団を敷いてもらい、舞とは別の部屋で「お泊り会」した。
客間は八畳ほどの和室で、床の間には季節の花が活けられていた。窓からは庭の木々が見えて、とても「癒やし空間」だった。
夜の静けさの中で、雨音が遠くから微かに聞こえていた。ふたりで雨宿りした高架下の景色と、梅花藻が水に揺れる姿が、目を閉じても「リプレイ」されてきた。
翌朝、早起きして一人で地蔵川を「朝の散歩」しに行った。朝の川は昨日よりもさらに美しく、朝日に照らされた梅花藻が「ファンタジー」だった。
朝の澄んだ空気の中で、川のせせらぎを聞いているだけで心が「洗濯機状態」で洗われるようだった。
朝食後、僕たちは醒井を後にした。お母さんは「また『遊びに来て大歓迎』やで」と言って見送ってくれた。舞も「お母さんに会ってもらえて『大成功』」と嬉しそうだった。
帰りの電車で、舞が言った。
「お母さん、優くんのこと、すごく『お気に入り』やって」
「俺も、お母さんのこと『大好き』になったよ。舞がええ子に育ったのが『納得』やわ」
舞は照れたように笑った。
「今度は、優くんの実家にも『探検』しに行ってみたいな」
「ほんまに? 高知は『遠征レベル』やで」
「遠くても『冒険』したい。優くんの故郷、見てみたい」
そんな会話をしながら、僕たちは大阪に戻った。
あの日見た醒井の川は、今でも僕の胸のどこかに「清流」として流れ続けている。そして、舞の優しい家族の記憶も。
舞の母親に会って、僕は舞のことをさらに「理解度MAX」になった。そして、舞への愛情も「レベルアップ」した気がした。雨の中で起こった小さな「ハプニング」も、今思えば美しい思い出の「ベストシーン」になっている。
(この「ほのぼの田舎編」の後に、どんな展開が待っているのか…)