三毛猫マリーの窓辺革命 〜ひとりの王国から、ふたりの王国へ〜
私の名前はマリー。この家の女王にして、窓辺の支配者。
毛並みは三毛色で、特に胸元の白い部分が太陽に映えると、まるで高級な真珠のネックレスをつけているようだと、人間たちは言う。もちろん、それは事実。私は生まれながらの貴族なのだから。
3年前、雨の夜に迷い込んだこの家で、優しい女性——今の「母親」に拾われた。正確には、私が彼女を選んだのだけれど。彼女の傘の下に入り込み、濡れた毛を彼女のスカートで拭いたら、すっかり虜になったみたい。まあ、私の魅力は抗えないものよ。
ずっと野良だった私にとって、屋根のある場所、決まった食事時間、そして何より——あの窓辺は天国そのものだった。午後2時から4時にかけて差し込む陽光は、この世のものとは思えないほど完璧な温度。ガラス越しに見える鳥たちは私を楽しませるショーの出演者みたいなもの。
「マリーったら、また同じ場所でごろごろしてるわね」
母親はいつもそう言って微笑む。もちろんよ。ここは私の王座なのだから。王国の中で最も神聖な場所。柔らかいクッションと、ちょうど良い高さのサイドテーブル。ここからは庭全体が見渡せて、しかも家族の動きも把握できる戦略的要所。
私の一日は完璧なスケジュールで動いていた。朝の食事、午前中の探検、お昼寝、そして私のハイライト——王座での日向ぼっこ。その後は夕食、夜の遊び時間、そして母親の腕の中で眠る。これ以上何が必要?
だけど、ある日のこと。母親が何やら大きな荷物を抱えて帰ってきた。いつもより顔が明るく、興奮したように見える。
「マリー、今日からお友達よ。仲良くしてね」
その「荷物」がモゾモゾと動き、次の瞬間——あたしの瞳孔は針のように細くなった。
部屋に入ってきたのは、あたしの3倍はあろうかという大きさの...犬。
「ポチって言うの。保護センターで出会ったのよ。もう処分される寸前だったの。可哀想でしょう?」
可哀想?あんたの言ってること、わかってる?これはあたしの家よ!侵略者を連れてきたってこと?
背中の毛が逆立ち、尻尾はブラシのように膨らんだ。威嚇の姿勢を取る私に、そのデカブツは何を思ったか、バカみたいに舌を出して笑っている。
「ワン!」
この無礼者!あたしの王国に足を踏み入れておきながら、挨拶もなく吠えるなんて。これが犬というものの本性なのね。粗野で無教養な生き物。
「マリー、怖がらないで。ポチはとても優しいのよ」
母親の声が遠くに聞こえる。怖がってなんかいないわ!怒ってるの!
その時、最悪の光景を目にした。あの大きな毛むくじゃらが、のっそりと私の聖域、窓辺の特等席に向かって歩き始めた。
「や、やめなさい!そこは私の...」
言葉が終わる前に、ポチはあたしの王座に大きな体を沈め、満足げにため息をついた。日差しが彼の茶色い毛を金色に染める。あたしのお気に入りの光景が、見知らぬ獣によって汚されていく。
その日から、あたしの平和な生活は終わった。いや、終わったと思った——。戦いはここから始まるのよ。
マリー、三毛猫の女王の座は、簡単には明け渡さない。
あの日から私の生活はまるで宮廷内クーデターに見舞われたような混乱状態になった。
平穏だった食事の時間も、ポチのドタバタと無作法な音で台無し。彼の食事マナーときたら、まるで砂漠で一週間過ごした後のような貪りよう。見ているこっちが恥ずかしくなるわ。
「ポチったら、もう少しゆっくり食べなさいよ」
母親は優しく諭すけれど、彼の頭にそんな言葉が入るはずもない。彼の脳みそはきっと、食べ物と散歩と撫でられることだけでいっぱいなのよ。単純な生き物ね。
私は高みの見物を決め込み、キッチンカウンターの上から冷ややかな視線を送った。でも彼は気にする様子もなく、食べ終わるとバカみたいに尻尾を振ってこちらを見上げる。
「友達になろうよ!」
その瞳が語りかけてくる意図は明らかだった。
「冗談じゃないわ。あなたみたいな下等生物と交わるつもりはないの」
高飛びして逃げる私の後ろで、ポチが悲しそうに鳴いた。少しだけ胸が痛んだけれど、プライドが邪魔をして振り返れなかった。
それから一週間、私は家中の高い場所を利用して彼を避け続けた。本棚の上、冷蔵庫の上、カーテンレールの上——彼の届かない場所なら何でも私の避難所になった。
でも、母親は何を思ったか、私たちを同じ部屋に閉じ込めるようなことまでし始めた。「仲良くなるためよ」だって。
そんなある夜、外では稲妻が空を引き裂き、雷鳴が家を揺るがした。
私は普段寝ない押し入れの奥、古いセーターの山に潜り込んでいた。雷は嫌いじゃないけれど、あの轟音だけは少し苦手。
そんな時、クンクンと鼻を鳴らす音と共に、押し入れの戸が少し開いた。
「誰?」
ポチだった。彼の大きな体が、まるで子犬のように震えている。強がりの表情の下に隠された恐怖が、月明かりに照らされていた。
「あ、あなたまさか...雷が怖いの?」
答える代わりに、彼はさらに奥へと進み、私の隣にぴったりと寄り添った。温かい。そして意外と...心地よい。
「ちょっと!勝手に入ってこないでよ!」
抗議したものの、次の雷鳴で彼が震えると、私は思わず彼の耳元で小さくゴロゴロと喉を鳴らしていた。「大丈夫よ、ここにいれば」
その夜、私たちは押し入れの中で、互いの温もりを感じながら朝を迎えた。
王国の女王である私が、侵略者に心を開くなんて思ってもみなかった。でも、弱さを見せるポチの姿に、私も少し素直になれたのかもしれない。
あの雷の夜以来、なんだか少しずつ空気が変わってきた。
まだ完全に心を許したわけではないけれど、ポチの存在を「絶対に許せない侵略者」から「まあ、同居人としては我慢できないこともない」くらいにはランクアップさせてあげたわ。これでも大きな譲歩よ。
ある日の午後、私がいつもの王座で日向ぼっこをしていると、ポチがそっと近づいてきた。身構える私に、彼は床に何かを落とした。
「…これは?」
見れば小さなネズミのおもちゃ。母親が買ってきたものだけど、私がすっかり飽きて放置していたやつ。
ポチは少し離れた場所でお座りをし、期待に満ちた目で私を見つめている。挑戦状?いいえ、どうやら「一緒に遊ぼう」という申し出らしい。
「あなた、こんな幼稚な遊びが好きなの?まったく…」
そう言いながらも、私の爪はおもちゃに伸びていた。久しぶりの遊びは、思いのほか楽しかった。ポチは意外と繊細に私のペースに合わせ、強引に奪うこともなく、キャッチボールのように交互に追いかけるゲームに発展した。
それからというもの、時々ではあるけれど、私たちは一緒に過ごす時間を持つようになった。もちろん、条件付き。
「私の昼寝の時間は絶対に邪魔しないこと。そして窓辺には必ず私が先に座る権利があるの。いい?」
ポチは嬉しそうに尻尾を振るだけで、私の条件をすべて飲んだようだった。単純な生き物ね。でも、そのシンプルさが時に羨ましくもあった。
ある午後、珍しく私が窓辺に行くのが遅れると、ポチはすでにそこに陣取っていた。むっとして背中を丸めかけた私だったけど、彼は不思議そうに首を傾げると、さっと立ち上がり、場所を譲ってくれたの。
「まあ…そこまでしなくても…」
狭い窓辺だけど、二匹なら入れない訳じゃない。そう思った瞬間、自分でも驚くほど素直な言葉が口から出た。
「一緒に座ってもいいわよ」
ポチの嬉しそうな顔といったら!あんなに単純に喜ぶ姿を見ると、なんだか私まで嬉しくなってくる。変な感覚だわ。
母親は私たちが並んで日向ぼっこする姿を見て、とても喜んでいた。スマホで写真を撮るほどに。ちょっと恥ずかしいけれど、悪くない気分。
それでも時々、ポチの大きな体が私のスペースを侵食してくることもある。そんな時は容赦なく猫パンチをお見舞いするの。女王の威厳は守らなくては。
でも正直なところ、この大きくてポンコツな犬の存在が、少しずつ私の日常に溶け込んできているのを感じていた。
春の午後、窓辺に差し込む陽光がいつもより眩しく感じる日だった。
私とポチは今では当たり前のように窓辺スペースをシェアしている。彼の大きな体が私のクッションになることもあれば、私の毛づくろいの音が彼を眠りに誘うこともある。不思議なバランスが生まれていたわ。
「マリー、ポチ、おやつの時間よ」
母親の声に、ポチがバネのように立ち上がった。昔なら「行儀悪い!」と思ったろうけど、今の私はその無邪気な喜びようにクスリと笑ってしまう。私の方は優雅に伸びをして、ゆっくりと歩み寄った。女王の威厳は保ったままでね。
キッチンでは、母親がいつもと違う表情をしていた。なにか悩みがあるようで、携帯電話を握りしめている。
「明日から数日、実家に戻らなきゃならないの。おばあちゃんが入院したから...」
心配そうな母親を、ポチが心配そうに見上げている。そして私もそっと彼女の足元に寄り添った。
「二人とも留守番できるかな?ペットホテルは予約がいっぱいで...」
私たちだけで留守番?以前なら考えられなかったシナリオ。でも今は...
母親が出発した夜、家はいつもより静かだった。ポチは玄関で母親の帰りを待ち続け、いつもの元気がない。私も少し寂しかったけど、それ以上にポチの様子が気になった。
「ねえ、そんなところで待っていても彼女は今夜は帰ってこないわよ」
ポチは悲しげな目で私を見つめた。私はため息をついて、彼の隣に座った。
「昔、私も待っていたことがあるの。野良だった頃、優しくしてくれた老夫婦がいたわ。でも、ある日突然いなくなって...」
初めて誰かに話す過去。ポチは静かに耳を傾けていた。
「だから、帰ってくる人を信じることは大切だけど、待つだけじゃなくて...私たちにできることをするの」
その夜、私たちは母親のベッドで一緒に眠った。互いの温もりが、不思議と安心感をもたらした。
翌日、窓の外で不審な物音がした。私の耳がピンと立つ。それは確かに、窓を開けようとする音。泥棒?!
ポチも気づいたようで、低く唸り始めた。私は彼の耳元で囁いた。
「私に任せて。あなたは裏口から回り込んで、あの大きな声を出すのよ」
かつての女王の指令に、ポチは従順に従った。私は高いところから飛び降り、窓辺のカーテンレールを揺らして大きな音を立てた。そして合図通り、ポチが庭から激しく吠え始めた。
「くそっ、犬がいるのか」
男の声と共に、足音が遠ざかった。作戦成功!私たちは見事にコンビネーションを決めたのだ。
三日後、母親が帰ってきた時、私たちは玄関で揃って出迎えた。疲れた表情の母親が、私たちを見て涙ぐんでいる。
「ただいま、二人とも。おばあちゃん、もう大丈夫よ。心配かけてごめんね」
母親は私たちを抱きしめた。そして、何かに気づいたように家の中を見回した。
「あら、いつもより家がきれいね。二人でちゃんとしていたのね」
もちろんよ。私とポチはこの三日間、それぞれの得意分野で家を守ったのだから。彼はドアや窓を見張り、私は家の中の小さな変化に目を光らせた。完璧なパートナーシップ。
その夜、いつもの窓辺で日が沈むのを眺めながら、私は考えた。
この窓辺はもはや「私だけの王座」ではない。でも、それでいい。共有することで、むしろ王国は広がったのだから。
「ねえポチ」
彼が優しい目で私を見る。
「この家は...私たちの王国よ」
そう言って私は、初めて自分から彼の大きな体に寄り添った。居場所は独り占めするものじゃなく、分かち合うものだったのね。そして時に、思いがけない相手と分かち合うことで、新しい幸せが見つかるもの。
女王様だって、たまには譲歩することを学ぶものよ。でも次に母親がお友達を連れてきたら...それはまた別のお話。
<終わり>
あとがき:『三毛猫マリーの窓辺革命』を書き終えて
皆さん、「三毛猫マリーの窓辺革命」をお読みいただき、ありがとうございました!
実は、この物語は我が家の三毛猫「モモ」と保護犬「チャコ」の実際の関係性からインスピレーションを受けています。モモは本当にプライドが高く、チャコが来た当初は全く受け入れる気配がなくて...。でも今では窓辺で仲良く日向ぼっこする姿が見られるようになりました。その変化の過程があまりにも劇的で、ぜひ皆さんと共有したいと思ったんです。
マリーのキャラクターを書くのは、実はとても楽しかったです。猫の「私が一番よ!」という自尊心と、内に秘めた繊細さを表現することで、人間の複雑な感情との共通点を描きたかったんです。私たち人間も、自分の居場所や立ち位置にこだわりすぎて、新しい可能性を見逃していることがあるのではないでしょうか?
最も苦労したのは、動物たちの感情を人間のように表現しつつも、猫らしさ・犬らしさを失わないバランス取りでした。マリーの高慢さとポチの無邪気さ、そして二匹が互いを理解していく過程を、擬人化しすぎずに書くのは本当に難しかった!でも、ペットと暮らす方なら、彼らの表情や仕草から感情が伝わってくる経験があると思います。その言葉にならないコミュニケーションを文章に落とし込むのが執筆の醍醐味でした。
実は当初、この物語はもっとシリアスな展開を考えていたんです。でも書いているうちに、日常の小さな出来事こそが一番の魅力だと気づきました。窓辺の日向ぼっこ、雷の夜の共同避難、留守番での協力...。日々の積み重ねこそが、関係性を変えていくのだと。
この物語を通して、「違い」を認め合うことの大切さを感じていただけたら嬉しいです。時に衝突しながらも、お互いの存在を受け入れていく過程は、人間社会の縮図でもありますよね。
皆さんのお家のペットたちの様子もぜひコメント欄で教えてください!実は続編も構想中なので、皆さんのペットエピソードがヒントになるかも...?次回作では、マリーとポチが新たな家族を迎える話を考えています。果たして女王様は新しい変化を受け入れられるのか...?乞うご期待です!
それでは、また次の物語でお会いしましょう。皆さんのペットたちにも、こっそりこの物語を読み聞かせてあげてくださいね。きっと「まさにそうよ!」と思うはず...?